第110話 戦闘開始
「諸君、出撃だ!」
人類史上主義連盟軍遠方派遣艦隊――リーグフリートのとある艦内に若い女性の声が響きます。それは大変に通る声で、ズラリと居並ぶパイロットスーツに身を包んだ搭乗員の耳朶をビリリと震わせました。
端正な顔立ちを持った女性は、その眼は細目ながら軽やかで華やかな笑みを浮かべます。その風貌はどことなくラーズハイムを思わせるものであり、薄く開かれた瞼の奥からは、ギラギラとした強い意志を感じる光が覗いていました。
「今日の相手は辺境の弱小種族どもとは違う!」
彼女は装甲化されたパイロットスーツの胸をそらしながら、きつく締まった腰部に両手を置いて搭乗員たちを睥睨しながら「海賊じみた辺境の小競り合いとは違うのだ!」と断言し、艶やかな金髪を結い上げた頭部を揺らしながら快活に続けます。
「我らの父母の大いなる歩みを押しとどめ、辺境へと追いやった――」
薄ら笑いを絶やさず、糸杉のような眼を更に細めたその女性は、整った唇の端を高く持ち上げ歪ませ、笑みと共に、憎しみに満ちた思いを吐き出します。
「あの憎っくき共生知性体連合……我らの敵! 人類の敵だっ!」
居並ぶ搭乗員たちは、「敵だ!」と叫びを上げ、「よしっ、やってやる!」と声を漏らすのです。中には「人類の敵! 人類の敵!」と雄たけびを上げているものものいました。
「囮と思われるフネは3隻、全て生きている宇宙船なんていうヘンテコな動物らしい。その先頭には1キロを超えている白い戦艦がいる」
女性は軽やかに「デカくて白いから、的にするには丁度良いなっ!」などというセリフを吐きました。その調子は実に余裕たっぷりでしたから、搭乗員たちは「ハハハ!」と笑いを漏らすのです。
「まずは、生きている戦艦を血祭りに上げるぞ! この銀河を統べるものが人類であると徹底的に教育してやるのだ! 人類万歳ぃ! 宇宙を我が手にぃ!」
朗らかな笑みを湛えながら人類至上主義者のスローガンを叫ぶ彼女に、搭乗員たちも「人類万歳!」「宇宙を我が手に!」と口々にするのです。彼らはニンゲンの残党――いまだ確たる戦力を残し、辺境で勢力を伸ばしつつある人類至上主義者の中でも新世代と呼ばれる若者でした。
「ふははは!」
高らかに笑う女性の名はハンナ・ラーズハイム――クローン技術で産み出されたラーズハイム准将の遺伝子を受け継ぐ10代の少女です。登場者達も彼女と同じく10代でありニンゲン達の中では第3世代クローンと呼ばれていました。
ニンゲン達は故郷から遠く離れた銀河の片隅で新たな世代を重ね、人類至上主義――ニンゲンが一番優れているのだから宇宙を支配すべきという理念――を実現しようと、しぶとく生き残っているのです。
さて、ニンゲン達が戦意を高らかにご機嫌な様子なことなど露知らぬデューク達が「宇宙の海は僕の海、だったっけ?」とか「キラリン☆彡」やら「ボクはペトラ~~巡洋艦~~♪ ほげほげぇ~~♪」などと歌いながらプラズマを吹かしていると――――
「ふぇ? 進路前方に熱源反応だ。こちらに向けて加速してくる?!」
デュークたちの視覚素子が虚空に突然浮かび上がった複数の光点を捉えました。プラズマ噴射の赤外線パターンは明らかに人工物ですが、それが何かは全くわかりません。
「ふぇ…………この赤外線反応って、もしかして対艦ミサイルってやつだわ?!」
「わ、わ、わ~~後続艦に支援を要請ぃ~~ッ!」
ペトラは続航してくる味方艦に支援要請を放ちました。その間にもミサイルを示す光点の数は「100……150……! ふぇぇ、どんどん増えてゆく……」と増加してゆきます。
「すごい数だわ――っ!?」
「はわわわわわ~~?!」
前方から数えるのを諦めないといけないほどのミサイルが飛んでくる上に、そしてそのほとんどは巡回戦隊の先頭であるデューク達を狙っているのです。
「あ、戦隊司令部発令きたよ~~
やや後方で隠蔽していた戦隊の他艦艇が状況を読み取って、ステルスを解除するとデュークたちの両翼に展開してきました。位置についた艦から迎撃のためのミサイルがシュパっと放たれ、高出力の長距離レーザーが発射され始め、一瞬の後バッバッ! という発光とともにミサイルがはじけ飛び始めます。
「うわぉ、助かる~~~~!」
「でも、捌ききれてないわ!」
迎撃行動により多数のミサイルが撃破されましたが、無数に放たれたミサイルはまだまだ迫ってくるのです。
「僕らも撃つんだ! ミサイル1発につき、迎撃ミサイル2発! 重ガンマ線レーザーをスイープモードにして――」
デュークは外殻にある多目的格納庫をパカリと開き、彼ら自身の体が作りだした生体ミサイルをウォームアップすると同時に、縮退炉を全開にして広域射撃モードおいた砲塔にエネルギーを供給します。
「ええと、機動を読んで予想位置を割り出してからマークをつけて、弾頭をウォームアップしたら推進剤の準備をして、あと、あと……や、やることがいっぱいだわ!?」
ナワリンはこれまでの射撃訓練や、辺境宙域での経験に基づき副脳にコマンドを放っていますが、カラダの中にあるミサイルは沢山あるので、準備がちょっと面倒なのです。
「デュークがあれで、ナワリンがそっち、そんでもってこれはボクが受け持つのが効率良さげだねぇ~~~~! じゃぁ、おっ先ぃ~~!」
ペトラは龍骨をネジネジさせながら、リンクした僚艦との割り振りを考え「うちまぁ~~す!」とキレ良く生体ミサイルにポンポンポン! と放ち始めました。彼女はデュークたちのような戦艦と違ってカラダが小さい分、即応性に優れているのです。
「僕も準備できたぞ……
「こっちも撃つわっ!」
ペトラに続いて、デュークがカラダの中にあるミサイルをドカドカドカッ! と連続発射しました。ナワリンも四苦八苦しながら弾頭にデータを突っ込んでから、パシュパシュパシュッ! とミサイルを盛大に射出し始めます。
放たれた生体ミサイルたちは「行ってきまーす!」と言う風にロケットブースターを吹かしてすさまじい加速をはじめ、乱数加速する敵弾の動きを読んで「そこだぁ!」と突っ込んでゆきました。
「「「弾ちゃ――く、今!」」」
敵弾の至近に迫った生体ミサイルたちは「
「や、やったかな…………?」
「デューク、それってフラグなのよ……あ、撃ち漏らしがくるわっ!」
視覚素子を伸ばして迎撃の結果を眺めたデュークは思わず「やったか?!」という、言ってはいけないお約束を漏らすと、案の定弾幕をくぐり抜けた敵弾がスラスラと近づいてきます。仕方がないので、デューク達はギュバ――――――ッ! と、重ガンマ線レーザーを扇状に放射してこれを排除しました。
「よし、やったぞ!」
「だ~か~ら~、デュークってば一級フラグ建築士ぃ~~? 第二波が来てるよぉ~~! しかもさっきの倍くらいだぁ~~!」
第一波のミサイルを処理したと思ったら、隙を生じぬ二段がまえのミサイルが倍量になって飛んでくるのです。
「キリがないなぁ……とにかく撃ち続けるしかないか」
戦隊の最先頭に立った形のデュークには多くの敵弾が向かっています。彼は巨大なカラダのそこかしこにある収納庫から次々にミサイルを撃ち放ち、今度はこっち、今度はあっちと振り分けて、必死に防空戦闘を行いました。
ナワリンは「デューク、あなたの脇で援護するわ。密集隊形じゃないともたない!」とデュークの脇に入って密集隊形を組むと猛烈で濃密な火線を上げ始めます。
「ボクもちょい前にでる~~! 主砲、対空迎撃ぃ~~! 全力全開ぃ~~!」
ペトラも前進して主砲を用いた狙撃を始め、キュォォォォォというチャージ音のあとに、ギュガァァァァァ! と狙いを定めた重ガンマ線レーザを次々に放ちました。
「次!」「次よ!」「次ぃ~~!」
次々に襲い掛かってくるミサイルに対してデューク達は生体ミサイルを撃ちかけ、時には主砲で薙ぎ払い、それでも抜けてきたものには近接防御火器を向け必死に対応し――
「よし、今度こそ!」
「落としきったわね!」
「フラグが立っても、物量でヘシ折ってしまえばよかろうなのだぁ~~!」
デューク達はハリネズミのような対空火器を持ち、訓練によって十分に機能するようになっているそれを盛大にぶちまければ、対艦ミサイルを雨あられと撃ち掛けられても対処は全然可能なのです。
でも――
「あいたぁ! なんだこれ――――」
「ミサイルの破片が飛んできたのよっ!?」
ガキィン! とデュークの艦首に打撃が加わることになるのです。ミサイルそのものを迎撃できても、速度の乗った断片は散弾銃の弾丸のように襲いかかってくるものなのです。
「いだぁ――! 破片がバリアを抜けてるぞ?!」
「数が多すぎて抜かれてるんだわ?! いっ、痛いじゃないの!」
「ぴぇぇぇ~~ん!」
龍骨の民は、他の宇宙船と同じように艦外障壁――電磁波と重力波などで構成される多重のシールドを持っていますし、接近する破片に向けて対空レーザー砲が火を吹いていますが、彼らはそれの使い方にまだ慣れていないところがあり、ガキッ! ゴキャッ! ザクッ! と一定数を被弾していたのです。
デューク達が対艦弾道弾の攻撃を浴びせられている中、巡回戦隊旗艦パゴダ・パゴダのパオン准将は「遠距離からの飽和ミサイル攻撃か、デューク君達が爆散円に入ってしまっているゾウ」と嘆いていました。
「想定内とは言え……」
デューク達は戦隊の先頭に居るため最も多くの火力が集中しているのは想定の範囲内でしたが、パゴダ・パゴダの艦橋には「いだっ!?」「痛いわ!」「ぴぇん!」などと言う悲鳴が響き、それを聞いたパオン准将は大変申し訳なさそうに「可哀想なんだゾウ」と鼻をヘニョリとしぼませました。
「腹を括ってください。それに後少しで――――」
ミサイルの弾道を解析していたキ・マージメ中佐は「敵の概略位置が掴めそうです」と告げました。彼女は時間差で届いた二波のミサイル攻撃から、それを放った敵艦の位置をおおよそのところ掴み始めていたのです。
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