第74話 訓練前訓示 前編
検査を終えたデュークとスイキーは訓練所内にある大講堂に入りました。
「おい、デューク。地べたにケツを擦りつけてるじゃないか。どうしんたんだ?」
「抑制器ってのを付けられてね……」
デュークが斯々然々と説明すると、スイキーは「フネが歩くってか、クワッカッカ!」と面白げに翼をパタパタさせました。
「歩くっていうのはこんなこんな感じなんだなぁ」
「俺たちゃ皆歩兵から始めるんだから。それでいいのかもな」
デュークはカラダに付けられた抑制器に慣れたようで、床から50センチくらいのところでフワフワと浮かびながら、ゾリゾリと歩きます。
「ん? 皆集まってきたね」
すこしばかり講堂で待機していると、検査を終えた新兵達が集合してきます。デュークが気合を入れて背を伸ばしてクルリと後ろを向くと、あまりにも多くの知性体がいるので、講堂の後ろの方は誰がどこにいるのか分からない位でした。
「すごい数だなぁ」
「連合加盟種族の数は1000を超えるんだ! その新兵どもがあつまってわけよ。まさに有象無象って感じだぜ!」
「へぇ、共生知性体連合って、そんなに種族がいるのかぁ。あ、そうだ、そういうのってどこで調べるのかな?」
「ん? 共生知性体連合ネットワークに入って、ゴッゴル先生に検索を頼んで――う、WEBインプラントが制限されてやがる」
スイキーはこめかみのところをトントンと叩きます。彼のそこには通信デバイスである素子が埋められており、いつもはネットワークに接続されているのですが、訓練所内では大幅な通信制限がされていたのです。
「ふぅむ、となるとこれの出番かな」
そう言ったスイキーはお腹の袋から、共生知性体連合のマークが記された手帳――講堂に入った際、各自に渡されたものを取り出します。
「これってなんなのかな? 共生宇宙軍軍隊手帳って書いてあるけれど」
「そのままズバリ軍隊手帳ってやつだぜ、中身はローテクなスマートデバイスになってるぜ」
スイキーがペロリと表紙を開けると、デュラスチール製のディスプレイが光って、文字が表示され、手帳の中身が通信端末だとわかります。
「デュークは登録をすませたか?」
「登録って?」
「ほれ、画面の真ん中に指を押し当てるんだ。そしたら勝手に生体認証されるぞ」
言われたとおりに、デュークが手帳の中に指を押し当てると、ピピピピピとした発信音が鳴り、しばらくすると「共生宇宙軍新兵、デューク二等兵」という文字が表示されました。
「あ、二等兵って、僕の階級だな」
「俺も同じだが、一番下っ端ってことだな。ああ、するとお前さん、二等兵の宇宙戦艦ってことになるのか、クワカカカカ!」
デュークは「そういうものなんだなぁ」などと言いながら、手帳をポチポチと触ります。すると、手帳の画面がフワリと動いてこのような文字が流れます。
初日:訓示、部屋決め、その他諸々
二日目:
0430 起床
0500 早朝訓練!
0600 朝食
0630 訓練!
1200 昼食
1230 お昼寝
1300 訓練!
1700 夕食
1730 講話!
1900 私用時間
2100 就寝
「これってなんだろ?」
「これからのスケジュールだろ。つーか、なんとも朝が早いな」
「わ、食事はちゃんと一日三食で、しかもお昼寝付きだ!」
「軍隊の飯は旨いって言うぜ。あと、マジでお昼寝がついてやがる……」
食事や睡眠そしてお昼寝というものは、頭やカラダの成長に不可欠だと共生宇宙軍の首脳部は考えているようです。
「しかし、ほとんど訓練だぜ。まぁ仕方ねぇか。ここは訓練所だからな――ん?」
「誰か出てきたね」
そのようにして、デュークたちが新兵に必要な最低限の情報を確かめていると、講堂の前の方に、グレーの制服を来た軍人達がゾロゾロと現れます。それはカラダのサイズも形状も全く違う種族達ですが、一様にギラギラギロギロとした鋭い眼光を放っていました。
丸くて平らな縁のないベレー帽を被った彼らはキビキビとした動作を見せながら、デュークたち新兵の前に整列しました。
「なにがはじまるのだろう?」
デュークが艦首を傾げていると、キリッと立ち並んだ軍人達は――
「「「きぃぃぃいぃっぃいっおぉぉぉつけぇぇぇぇぇぇぇぇえっ!!」」」
「ふぇぇぇっ!」
と、講堂の中が震えるような大音量の一喝を放ったのです。
それはとても厳しく、何物も抗えないような、有無を言わさぬ迫力があるものでしたから、講堂にいた新兵たちはビタッと、それぞれの種族のカラダに応じた”気を付け”の姿勢を反射的に取ってしまいます。
「す、すごい声だ⁉」
「あれが訓練教官ってやつか……怖ぇぇぇ……」
背筋を伸ばして硬くなったデュークとスイキーは「強面だね」「ああ、ヤバそうだな」などとガクガク震えました。それは他の新兵達も同じ様子で、それを確認した軍人の一人などは「フッ!」と鼻で笑うのです。
「訓練所長殿、入館――――! 一同右向け右ぃ!」
教官の一人が大音量で「右を向け」というので、デュークが器用に艦首をねじると――
「あれ、誰もいない……」
「いや、ちっこいのがいるぜ」
講堂の扉が開くと、50センチほどの小さな種族が白い軍服――礼服を纏っているのがわかりました。その服にはキラキラとした階級章やら勲章やらがゾロゾロと付いています。
「ありゃぁ、ネズミ型種族だ」
「それって害獣じゃないの?」
「おいおい、知性の有るネズミだっているんだ。それに、あの礼服は結構階級が上の人だぞ」
そのネズミは耳に掛けた小さなメガネをクイッとさせると、トコトコと講堂の中に入ってくるのですが、その歩みは大変に遅いものでした。多分、勲章などの重みでカラダが重いのでしょう「ふぅ……重い……」などと呟いてもいます。
「ああ、面倒だ。カッコつけるもんじゃないな」
そう言った白い軍服姿のネズミは「チゥ!」と一鳴きすると、ポン! と跳ね上がり――
「わ、浮いたぞ。重力スラスタでも付けてるのかな?」
「いや、アレは思念波能力だろう。連合主要種族の一つゲッシ族みたいだからな」
そのまま空中をスルル――! と素早く移動し始めたのです。その光景について「あの種族はハイレベルなサイキックばかりなんだぜ」とスイキーが説明しました。
ネズミの軍人は、ヒョイと壇上にある演台に「よいしょっと」と着地し、礼服の懐からメモ用紙を取り出しました。そして設置してあるマイクをトントンと叩いて「よし、音声入ってる」と言うと、おもむろに話をはじめます。
「はじめました、新兵の諸君。僕は当訓練所の所長を務めるカール・クエスチョン大佐だよ。これから君たちが訓練を始めるにあたって、少し話をすることにするね」
クエスチョン大佐と名乗ったそのネズミは随分と気軽な口調で、こう続けます。
「まず最初に、ある一つの言葉について話そうかな」
大佐は、小さな指を一つ上げてこのように続けます。
「それは『共生』という言葉だよ。それは異なる生物がお互いに足りないところを補い合いって生きてゆくという考え――共生知性体連合がそれをスローガンにしていることは、皆も知ってることよね」
それは連合憲章――共生知性体の憲法に書かれたもので、生きている宇宙船の龍骨にも刻まれているものですから、デュークは「うんうん」と頷きます。それは連合に住んでいる知性体の一般常識でした。
「この共生って考え方はとても大事な物だってことは、ここにいる誰もが分かっているはず」
異種族をも仲間とする共生の思想により、共生知性体連合では異種族間に起こる紛争や、各星系における経済格差などの厄介事が比較的少ないのです。
「
クエスチョン大佐は「共生って素晴らしいなぁ。幸せだなぁ!」と、小さな手を振りながらお話を続けます。
「だけど、我々が住むこの宇宙ってものは、とっても世知辛いものなんだ。実のところ、我々の共生というものはいつも脅かされているんだ――」
クエスチョン大佐は「ジゥ!」と鳴き声を上げてそこで言葉を区切ると、鼻先をフルフルとさせてから――
「敵性恒星間勢力――
と、明確な口調で「敵」と言ったのです。
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