第75話 訓練前訓示 後編

「さて、その敵はどこにいるのだろうか? それを知るために、まずこれを見てもらおう」


 大佐はそう言ってからポン! と手を叩きました。すると、彼の背後に設置されたスクリーンには無数の丸が散らばり、それらの間には線が伸びて互いに繋がっているものが写ります。


「そこにいる生きている宇宙船の少年――この図はなんだろう?」


 大佐は壇上から指を向けてデュークを指さし「ヘーイボーイ、カモナ・アンサー!」と質問に答えるように言いました。


「ええと、これは恒星間概略図です。丸いのは恒星で、それを結んでいるのは超空間とかの航路――全部、共生知性体連合のものです」


「正解! さすがは龍骨の民」


 スクリーンに浮かんでいるのは恒星と航路――超空間を飛ぶ生き物であるデュークが知っていて当然のものです。


「我々共生知性体連合の勢力図ともいえるが、ちょっとズームアウトしてみよう」


 大佐が再びポン! と手を叩くと、連合の星間ネットワークがズームアウトして、ズイッと小さくなり、その動きが加速すると、星々は煌めく塊――長い腕のような形になりました。


「これは銀河を構成するパーシアス腕――我々の勢力圏は結構大きいけれど、この腕の10パーセント位しかないね。近傍には別のネットワークが複数存在している」


 共生知性体連合の星々はパーシアス腕の相当部分を締めていますが、その全てであるわけではなく、周囲には別のネットワークが見えるのです。


「連合外部のそれも恒星間勢力だが、これを色分けしてみよう」


 彼がピシリと指を鳴らすと、共生知性体連合のネットワーク以外のそれが青、黄、赤と色分けされました。


「青が連合の同盟勢力、黄色が比較的友好的な他勢力。そして赤は――敵だ」 


 連合の周囲は青と黄色が3割ほどで、赤が7割の割合で示されています。スイキーは「うっへ、知ってたけど随分と多いぜ……」と呟き、デュークは「へぇ、そういうものなんだ」と艦首を傾げました。


「敵対勢力の有力なものをあげるとすれば――銀河の支配を狙う狂信者たちの神聖同盟アライアンス。支配下においた種族を経済的に搾取する商業協約組合アグリーメント。優れた存在はメカだけだと宣い、他種族を強引に機械化する機械帝国インペリアル。知性はないが銀河中に胞子をまき散したがら拡大するキノコたちプレベイル。エトセトラエトセトラ――」


 大佐が共生知性体連合の周囲にはたくさんの敵対勢力があると説明すると、新兵たちは「やべぇ状況だよな」とか、「くそ、俺の種族はメカに追われて逃げてきたんだ」とか、「宇宙の地上げ屋とかもいるんだぜ」などと言った声を上げるのです。


 恒星間勢力というものはお互いに経済的文化的な繋がりを持つこともあるのですが、争いの関係にあることの方が多いもの――つまりは敵とは敵態勢恒星間勢力なのです。


「共生宇宙軍はその勢力から共生知性体連合を護るのが仕事! でもこれが、かなり大変な仕事でね。敵と戦えば、怪我したり、死ぬこともあるんだ。実のところ、私はとある戦いでカラダを壊してね――」


 膝に矢を受けてしまってね的な発言をした大佐が、こう続けます。


「アレは第一艦隊に所属してたころ――相手は人類至上主義者連盟ヒューマン・リーグだったよ。その構成員であるニンゲン族という生き物は、ひどく好戦的でね」


 人類至上主義とは、ニンゲンだけが銀河の支配者であると言う思想です。独占的排他的なその考えをもつ連盟は、手当たり次第に拡大を続けています。大佐は「そしてすっごく強かったんだ。いやぁ思い出したら、手が震えちゃうほどだ」と言い、実際に手をフルフルさせながら恐怖を示しました。


「とにかくニンゲン族というものは、悪鬼のごとく辛辣で、救いようがないほど残虐物で、神すら殺せると思うほど傲慢――」


「ちょっと待ってください!」


 大佐の思い出ばなしが続いていると、突然ある女性が進み出てそう告げました。


 それを眺めていたスイキーは「おい、あれはそのニンゲン族ってやつだぞ」と言いました。デュークが「え、もしかして敵なの?」と怯えを見せるなか、大佐は小首を傾げて女性を見つめます。


「ああ、君は数百年前に亡命してきたニンゲン族の子孫か」


「私達の祖先は共生の理念に賛同して連合にきたのです。人類至上主義者たちと一括りにされたら困ります!」


 女性はキンキンとした声で罵るのですが、クエスチョン大佐はそれを怒るでもなく「そうだね、確かに君の言う通りだね」と首肯しました。


「連合にいるニンゲンは主義者じゃない――共生の理念をもっている。君のご先祖様はこの数百年間それを示し続けている」


 大佐は亡命してきたニンゲン達は、共生知性体連合に定着し、様々な貢献をおこなってきたと説明しました。


「では、その君に聞くけど――あそこに居るのは何者?」


 大佐は人類史上主義連盟の勢力図を示しながら尋ねると、答えを求められた女性は即座にこう答えます。


「敵です! 連合の敵!」


「では、そんな彼らが攻めてきたら――君はどうする? 相手は一応同族だけど、戦えるかな?」


「たとえ同族であっても、共生の理念と連合を護るためなら、戦えます! 人の心を持たない他人のものを奪うことばかり考えている奴らは、連合の敵です!」


 女性は頬を紅潮させ興奮した感じで断言しました。


「大変に頼もしいよ、それでこそ共生宇宙軍が求める人材だ。歓迎するぞ、マナカ二等兵!」


 大佐は小さな手を固めて敬礼を行います。するとマナカと呼ばれた女性も拳を固めて共生宇宙軍式の敬礼を返したのです。


 そしてクエスチョン大佐は「この訓練所には様々な種族がいるが、皆、共生の理念を護るために集まった知性体同士だ。この訓練所で共に訓練を行い、生き延びる力と仲間を作って欲しい――以上だ」と訓示を終えたのです。


 大佐が退室すると「10分の小休止、休め!」と号令が掛かりました。


「わからないなぁ…………」


 小休止中、デュークがなにやら艦首を傾げて考え込んでいます。それを見咎めたスイキーが「なにか疑問があるのか?」と尋ねると、デュークはこんな疑問を口にするのです。


「ええとね、僕らは普通に共生してるし、あのニンゲンの女の子もそれができてる。でも、なんで敵と呼ばれる人たちはそれができないんだろ?」


「そいつは難しい質問だなぁ。理由はいろいろあるが――」


 スイキーは恒星間勢力の間にある争いの理由について、経済とか主義主張とか文化などとあれこれ説明するのですが、デュークはいまいちピンと来ませんでした。

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