第73話 新兵訓練所

 デュークとスイキーが看板の横を通り抜け、小高い丘を進み抜けると開けた土地が見えてきます。


「あれが新兵訓練所かな?」


「ああ、そのようだな」


 デューク達の眼下には、大小さまざまな建造物が30棟ほど立ち並び、中心には高い尖塔のようなモノが一本立ち、周囲を高いコンクリートの壁に覆われた施設がありました。


「なにか地面に伸びているものがあるけれど」


「簡易舗装されただけの道路だが――ったく、駅から作っておいてくれよ」


 これまでただの地面だけだったところに、ちょっとした道路ができています。スイキーは短い脚をヒョコヒョコさせながら「こいつを使おう。自然のままの大地をあるくのはたりぃや」と言いました。

 

 これまで明々に歩いていた新兵たちは、施設に向かって伸びている道に集まり始めます。


「あ、デュークがトリと歩いてる~~!」


「そのトリ、誰かしら?」


 しばらく別の所へフワフワと飛んでいったナワリン達もデュークと合流します。彼らはペタペタと歩いているスイキーをジロジロと眺めながら「飛べないトリだ~~!」とか「ペンギンって言うのかしら?」などと口にするのです。


「お、デュークのお仲間か。俺はスイキー。よろしくな」


 スイキーは気さくな口調でナワリンたちに話し掛けます。


「君は、お仲間いないの~~?」


「いないぜ――俺が志願したタイミングは、ちっとばかし季節外れでな」


 スイキーが言うには、ペンギン族が軍に入るタイミングは大体同じだそうですが、このときの彼はやむを得ない事情で飛び込み参加したと説明し「ま、俺の場合、同族がいても煩わしいだけだから、丁度良いが」とも言いました。


 彼らは訓練所と思われる施設を眺めながら、このような会話を続けます。


「あの訓練所――あれって地面の上にあるわね。あそこで訓練するってことは、地べたで訓練するのかしら?」


「でもさぁ~~、なんで”宇宙”軍なのに地面で訓練するんだろ~~?」


「あ、それは僕も疑問に感じてたよ。訓練なら宇宙でやればいいじゃないって思ってたんだ」


 デューク達がなんとも素朴な疑問を口にすると、クワッ! と一鳴きしたスイキーがこのような説明をします。


「宇宙って言ったら、空気も重力もない虚空だけじゃないんだぜ――」


 スイキーがフリッパーをバタバタとさせながら、こう続けます。


「惑星の地表だって宇宙の一部さ。おたくらのネグラの小天体も地べたがあるだろ?」


「うーん、たしかにそうかも」


「恒星間戦争ってのは、結局のところ地べたの取り合いなんだ」


「取り合い~~?」


「オメェの星、寄越せ! ってことだな。皆が欲しがる資源とか食いもんや工場なんかも、やっぱ地面の上にあることが多いからなぁ」


 恒星間戦争では資源衛星やコロニーの奪い合いもあるのですが、銀河に住んでいる生き物の多くはおおよそが岩石をコアとした惑星上で進化したものですから、その最大の財産といえば、惑星そのものなのです。


「戦争って土地を取ったり、取られたりするのが基本なんだよ。だから宇宙軍では、こういった重力下環境で訓練を重視しているんだ。艦隊戦だけじゃ、カタがつかないこともおおいんでな」


「なるほど、そういうことなのか」


 デュークが艦首を縦に振って理解を示しました。


「それによ、おたくらみたい真空適正バッチリの種族と違って、俺らみたいなのがマジモンの宇宙空間で訓練なんてしてみろ、怪我しましたイコール死亡だぜ。あそこには危険な宇宙放射線だってバンバン飛んでんだ」


「あぁ、異種族は真空に耐えられないって本当なのね。宇宙放射線も駄目かぁ」


「窒息するって、ご飯食べられないみたいなぁ~~? そんな感じぃ~~?」


 スイキーの説明を受けたナワリンは訓練所が惑星の地表にある理由がなんとなくわかったようです。ペーテルは「ご飯食べられないと、龍骨が折れるからねぇ~~!」と別方向で納得したのです。


「地べたで訓練する理由が分かったみたいだな。なら、さっさと行こうぜ」


 「このままじゃ日が暮れちまう」とスイキーに促されたデュークたちは訓練所に歩を進めました。今まで高い角度にあったカムランの太陽であるカインホアが段々と下がり、時刻は白昼から夕刻に向けて動き始めていたのです。


 訓練所に近づいてみると、厚みのある強化コンクリート製の壁の中央にゲートが置かれ、”共生宇宙軍第五艦隊第101新兵訓練所”というプレートが掲げられた入口があるのがわかります。


「あれが入り口かな?」


「営門ってやつだぜ」


「なんか、変な棒を持ってる人がいるよぉ~~!」


「ありゃあ、訓練所の警衛隊だな。ガチの軍人さん達だ」


 ゲートには守衛所が設置されており、軍人たちがライフルを手にして警護に当たる姿が見えていました。さらに近づくと、デュークたちの姿を認めた軍人が顔を上げ、このようなことを言ってきます。


「101新兵訓練所にようこそ。私は衛兵将校のバルンガ大尉だ。ここから先は軍法が厳しく適用される軍事拠点であるから、大人しく行動するように」


 バルンガと名乗った将校は、きっちりと軍服を着込み、見るからにして「カタブツの軍人」という印象を受ける二足歩行の恐竜型種族でした。


「持ち込み規制品のチェックだ。私物を全部、ここに置くこと。まずは、そこのペンギンからだ」


「えっ、全部……」


 バルンガ大尉から守衛所にある黒い金属の机の前に私物を全部置けと命じられたスイキーは、お腹の上についた袋を抑えました。袋ペンギは自分のお腹の上にある袋に私物を溜め込んでいるのです。


「早くしろ。後がつっかえているのだぞ」

 

 バルンガ大尉が「袋の中に手を突っ込まれたいか?」と、ギロっとした怖い目で睨みつけるので、スイキーは仕方なく私物を机の上にバラマキました。


「はい、これは駄目、これも駄目、こいつはアウト! ん、これは…………随分といかがわしい本じゃないか。ほぉ……お前、若いのに、随分と趣味がアレだな」


「へへっ、手に入れるのに苦労したんだぜ。一応、合法だから、これはセーフですかね」


「バカモン! 異種族✕異種族の○○○○放送禁止用語物なんて、持ち込めるわけないだろ! この変態紳士め、こいつも没収だ!」


「ま、まじかよ!?」


 スイキーが持っていた本は実にいかがわしく、レアな方向性を持った、大変にアブノーマルなブツだったのです。


 それを端から見ていたデューク達が「異種族かける異種族ってなんだろ?」とか「耽美な香りがする~~?」とか「もしかして、ベッドに下に隠すヤツ?」などと言って覗こうとするので、バルンガ大尉は「子供は見ちゃ駄目!」と叫びました。


「次、龍骨の民――」


「えっと、僕はおやつを持っているのですけれど」


 デュークは格納庫を開いて、キラキラとした金属――彼のおやつを机に置きました。するとバルンガ大尉が「これは……?」と、首をかしげます。


「純金の粒が入った石英です!」


「ちょっとこれはアレだな……」


 バルンガ大尉は「規則ではおやつは300円までオーケィなんだが……外為法的にアレだから、駄目だ」とどこかで聞いたような規則を口にしました。たぶん、時価総額的なアレが問題なのでしょう。


「ふぇぇっ、駄目なんですか?! ナワリンに貰った最後の欠片なんですけれど!」


「あら、あんたそれまだ持ってたのねぇ」


「甘くて美味しいんだよね~~!」


 デュークは「こ、これは。大事に取って置こうと思ってたのに……」と、大変口惜しそうに言い、目に涙を浮かばせました。


「ぬぅ……し、しかし規則がな……」


「規則か……仕方がないなぁ……」


 と規則と言われたら従うのが龍骨の民というものなので、泣く泣くデュークがそれを手放そうとした時です。


「大尉殿ぉ――――! 自分がみたところ、それはバナナであります! バナナはおやつには入りません!」


 端から見ていたスイキーが、共生宇宙軍式の敬礼をしながら「バナナにしか見えないのであります!」と叫びました。


「なにぃ…………?! ああそうか、これはバナナだったか! そうだバナナはおやつじゃない! 300円を越えても問題ない……のか? まぁいいか――」


 するとバルンガ大尉はグッと親指を上げて「バナナ、大事にしろよ」と言いました。いかにもカタブツな軍人の大尉ですが、茶目っ気のあるスイキーの言葉に感じ入り、合わせることにしたのです。


 デュークは純金の粒が入った石英――――もとい、バナナを持ち込めることになり「わーい!」と大変な喜色を上げました。


 そんな声を聞きながら、笑みを浮かでたバルンガ大尉がスイキーに近づき、こう言います。


「おい、お前、早速仲間を助けるとは、感心だな」


「共生宇宙軍のモットーは仲間を見捨てないでしたよね」


「そうだ、その心がけを忘れるなよ。軍隊じゃ仲間が一番の財産なんだ」


「へへへ、どうも。じゃぁ中に入らせてもらいま~~す」


 とても良い満足げなスマイルを浮かべた大尉の脇を、スイキーはスイッと抜けようとして――笑みを浮かべたままの大尉にフリッパーをガシッと捕まえられました。


「やっぱ駄目……?」


「当たり前だっ!」


 どういう手管を使ったか、スイキーはブツを取り戻し、密かに持ち込もうとしていたのです。


【身体検査】

 そんなこんなで、デューク達はゲートの中に入りました。訓練所の敷地には、塗装も何もないザラリとした質感のある建物が一つあり、その中に入ると軍人さん達が、新兵たちに列を作るよう指示してきます。


「これから身体検査だ! 指示にしたがって並べ――!」


 列はいくつもあって、デューク達はそれぞれ列に並ばされます。列の先には小部屋が一つあり、そこで新兵の身体検査があるようです。


 最初にその小部屋に入ったのはスイキーです。彼が中にはいると、胸の上に軍医medical officerというプレートを付けた軍人がいるのがわかります。それは透明なガラス製で出来た機械種族のようでした。


「フリッパード・エンペラ族のオスか。ふむ、体格は立派だが、どれどれ――」


「おぅふ……」


 ガラスのロボット軍医がスイキーのお腹の上の袋をなでると、スイキーは何故か変な鳴き声を漏らしました。


「変な声を上げるな。袋は成熟しておるな、よし次はそこに腹ばいになれ」


「はっ、まさかアレをやるのか?」


 アレが何かを知っている様子のスイキーが「やらなきゃ駄目なのか?」とごねるのですが、軍医は「うむ、そういうものなのだ。早くしろ」と言いました。


「ええと、ちょっと心の準備が、まっ――――」


 すると、小部屋の外に「ぎょぇぇぇぇぇ――――っ!」という悲鳴が漏れ出します。


「あら、トリが鳴いてるわ」


「泣いてるみたいだけど~~?」


「ふぇっ……なにが起きているんだ……」


 スイキーは扉を適当に締めていたので、情けない悲鳴を聞かれることになったのです。多分彼は、翼の根本をコチョコチョされて、悶絶でもしたのでしょう。


「はい、次の人――――!」


 今度はデュークが呼ばれ、彼はちょっとビクビクしながら小部屋に入ります。


「えっと、身体検査ってなにをするのですか?」


「うん、カラダを眺めて色つやをみたり、トンカチのようなもので叩いてみたり、X線を用いて中を調べたりするんだが――君は龍骨の民だね。デューク、男の戦艦、テストベッツ出身か」


 デュークをチロリと眺めた軍医は「おおよそ検査は終わっている。成長がまだ続いているところ以外は、完全無欠に健康体だと報告を受けたぞ」と告げました。


「それは、つまり――?」


「技官が本体の検査を済ませていたのだ」


 軍衣は指を天に向けていいました。はるか上空、ステーションの浮きドックでデューク検査は済んでいるのです。


「さて、検査は終わりだが、これを付けもらうぞ」


「なんですか、これ?」


 軍医は何かの装置を取り出しデュークの背中に載せ、「スイッチを入れるぞ」と装置に着いたボタンを押しました。


「ふぇっ! お、重い――!」


 装置がヴンと音を発すると、デュークのカラダが重く沈みこむのです。


「こ、これは一体……?」


「重力スラスタ抑制器というものでな。君たちは空を飛べてしまうから、歩兵の訓練にならんのだから、必ずつけさせてもらっている物だよ。ちょっと、そこを”歩いて”みなさい」


 軍医は、その辺りを「歩いてみろ」と言うので、デュークは重たくなったカラダを引きずるように進めます。


「平地をよろめきながら歩くと言う感覚はどうかね?」


「う、浮かんではいられるけれど……すっごく気合いを入れないと動けないです」


 デュークはこれまで、今いる惑星の重力に軽々と対応していたのですが、抑制器の働きによって、グイグイと他の種族がするようにしてスラスタを押し込まないといけなくなりました。


「これも訓練ということだよ――ふむ、だが随分と上手く歩けてるじゃないか。それをつけたばかりでそれだけ動けるのは、滅多にいないのだぞ」


「そ、そうですか?」


 デュークはグッと思念波を高めて活動体を動かし、どうにかこうにか、ビッタンビッタンと”歩けて”います。その様子を眺めた軍医は「これなら準備期間は不要だな」と告げました。


 そのころ、別の小部屋に入ったナワリンが検査を受けていました。


「へぇ私たちの本体って、寝ている間に検査されているのねぇ」


「そうね、本体のデータを見ると――あなたはナワリン、女の戦艦、アームドフラウね。はい、これ付けて」


 ナワリンの検査をしているのは、どちらかと言えば女性型というほどの、ロボ軍医でした。彼女は抑制機を机の上から抑制器を取り上げると、ナワリンのカラダにペチッと張りました。


「おおお、重いわ……」


 抑制装置を付けられたなワリンは、カラダをジタバタとさせますが、陸に上がった魚のようにもがくことしか出来ませんでした。


「あら、適応できていないわね。少しそこで寝ていなさい――あら?」


「あはは~~床にゴロゴロみっともない~~!」


 ナワリンの検査が終わったと勘違いしたペーテルが、ノコノコと部屋に入ってきていました。抑制器を貼り付けられて、ジタバタともがくナワリンを見つめて、笑ってもいます。


「あんた、勝手に入って来て、何笑ってんの――――」


「でも~~笑えるんものぉ~~! なんだか陸に上がった魚みたいだぁ~~!」


「笑うなぁ――――くそっ、あんたもこれをつけてのたうつがいいわ!」


 ナワリンは机の上にあったふたつ目の抑制器を取り上げ、ペーテルに向けてベシっと投げつけました。クレーンの力は抑制器の力の影響を受けないようで、いい感じの速度で飛んで行きペーテルの艦首にペタッっとくっつきます。


「うがっ、重い~~~~~!」


「くふふ、怯えろ、竦め、艦体の性能を引き出せぬまま重力に引かれろっ!」


 ペーテルの体が、ズゥッンと沈み込みます。重力スラスタの制御を失い全く動けない状態に入ったのです。


「あらら……あなたも適応できないのねぇ。まぁ、仕方ないか、女の子のほうが影響受けやすいっていうしね」


 メカの女軍医が「重力スラスタの配置の関係かしら」とつぶやくのですが、それを聞いたナワリンが怪訝そうな顔をしてこう尋ねます。


「へ? ペーテルは、男の子でしょ?」


「男の子? その子は、重巡洋艦”ペトラ”、女の子だって記録されてるわ」


 女性医官は軌道ステーションの検査官が送ってきたデータを確かめて「間違いないわ!」と言いました。


「ペ・ト・ラ? 女の子だった⁈ そういやこいつ、やけに甲高い声してたけど――騙されたわ!」


「あーあ、バレちゃったかぁ~~」 


「な、なんで隠すのよ! そんな大事なこと」


「えっと~~ボクは商船になりたかったじゃない。それで艦籍のデータをいじっていたら、知らない内に男の子になってて、直らなくなっちゃって……ま、いいか~~って感じで~~」


 ペーテルもといペトラは、商船になりたいなどと考えていたころ、そのようなことをしでかしていたとのころです。


「あ、あんたAIS(艦識別符号)のデータいじったの!? それって、犯罪よ! というか、よくそんなこと出来たわね」


「龍骨の中のご先祖が教えてくれたんだ~~あと、バレなきゃ犯罪じゃないって言ってたよ~~!」


 悪いご先祖様もいたものですが、デュークのおじいちゃんであるオライオのように、そのような偽装手段――自らの龍骨を騙すことで識別符号を変化させることができるフネも例外的に存在するのです。

 

「あんたねぇ、そういうことは早く言いなさいよぉ!」


「だって~~ペーテルの名前使って演技してたら、ボク、ホントに男の子な感じがしてたんだもの~~! でも最近、艦籍が自然にペトラに戻ってきてね~~」


 ペトラはグテっと伸びながら「へへへ、やっぱりボクは女の子なんだなぁ~~」と意味深に笑いました。


「それって、どういうことよ?」


 魚市場のマグロのように並んでいるナワリンが、ペトラに切れ長の眼を向けて尋ねると―― 


「多分……男の子デュークと旅して、彼に惹かれたのかも、ね」


 と、彼女は軽く艦首を傾げ、いつもとは違った口調で呟きました。それを聞いたナワリンは、ペトラの言葉になぜかドキッとしたのです。

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