第72話 飛べないトリもトリはトリ

「たくさんの異種族がいるよぉ~~!」


「ねぇねぇ、あなた、なんの種族かしら?」


 訓練所に向かう道すがら、遠慮というコードを龍骨の何処かに置き忘れているナワリンとペーテルは手近な異種族のところにフワフワと近づいては「あなたはだぁれ?」とばかりに話しかけています。龍骨の民というものは基本的に好奇心が旺盛で、おしゃべり好きな生き物でした。


 それはデュークも同じで「さて、話相手はいないかな」などと考えていると、目の前で、短い脚をペッタペッタとさせながら歩いている生き物に気づきます。


「あ、あの、あなたも新兵ですか?」


「ん? フネのミニチュア――――ああ、そうだぜ」


 それは体長1.2メートルほどの大きなトリ型種族で、ピョコリピョコリと首を振りながら、フリッパーをフリフリさせ、長いくちばしをカリカリとさせています。大きなカラダについた脚は大変短いものですが、ノシノシと大地を踏みしめて歩く姿はなかなか立派なものでした。


「僕は龍骨の民のデューク、君は――?」


「俺はスイカード・JE・アイスウォーカーってもんだ。スイキーって呼んでくれ」


 黒地に白の美しい体毛と胸に乗る鮮やかな黄色の装飾を持ったペンギンは、大変気さくな感じで名乗り返してきました。


「スイキーはどこの出身? なんの種族かな?」


「フリッパード・エンペラ帝国だぜ。種族はエンペラ・ペンギン族――飛べないトリって呼ぶやつもいる」


 スイキーはお腹をポンポンと叩きながら説明しました。彼の種族はお腹の上にいろいろなものを持っておける袋を持っているのです。


「ペンギン……飛べないトリ……トリって、空を飛ぶ生き物じゃないの?」


 飛べないトリと言われたデュークは「トリは飛ぶものだ!」などというコードを龍骨に浮かばせ、艦首を捻ります。


 するとスイキーは翼をパタパタとさせて、プカプカ浮かんでいるデュークの背中を叩きながらそう言いました。


「飛んでる生き物が全部トリなら、あんたもトリになっちまうぞ」


「あ、確かにそれもそうだね」


 そのようにしてデュークはスイキーと身の上話などをしながら、訓練所に歩き続けます。


「新兵訓練所に入るってことは、君も志願をしたんだね」

 

「いやまぁ、たしかに志願したけど。ホントのところは、親父に無理やり行けって命令されたんだ」


 スイキーが言うには、よんどころのない事情により共生宇宙軍に入らざるを得なかったというのです。


「わぁ、お父さんがいるタイプの種族か。じゃぁ、お母さんもいる? ペンギンは、どうやって産まれるの?」


 デュークは異種族がどのようにして産まれるか――彼が幼生体の頃からよくよく尋ねる定番の質問をしてみます。


「おうよ、俺たちは母親が産む卵から孵る種族さ。ちょいと長くなるけど、詳しい話を聞くかい?」


「うん、教えて!」

 

 そういうことに大変興味があるデュークは「卵ってなんだろ?」と艦首をかしげながら、話を続けてほしいと言い撒いた。


「寒空の下、氷原の上で――」


 クワッオーケイ! と一鳴きしたスイキーはこのような話を始めます。


「俺のおやじとおふくろは、零下数十度の環境で繁殖を始めるんだ。細けぇことは省くが、親父と母親があれこれするとな、おふくろは一個だけ卵を産むんだ。そしたら卵をおやじに預けるんだが、この時まごまごしていると卵の中身がすぐ死んじまうんだ。俺が産まれたところはそのくらい寒いんだ」


 スイキーは「”世界でもっとも過酷な子育て”って言われるんだぜ」と説明しました。


「へぇ、とにかく厳しい環境なんだねぇ」


「ほんでもってな、おふくろは餌を取りに離れてゆくんだ。残ったおやじは卵を腹の上にある袋の中で温めてただ待つ――仲間たちとカラダを寄せ合って、ヒナが孵るのを待つんだぜ。餌も取らずに、立ったまま何十日もな」


「ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」


 デュークは「何十日もご飯食べないの?!」と大変ビックリするのです。龍骨の民は多少の期間であればご飯を食べなくても大丈夫ですが、何十日もご飯を食べなければ龍骨がおかしなことになってしまいます。


「溜め込んだ脂肪と、腹ん中に溜め込んだ餌で生き延びるんだよ。で、その卵な。しばらくすると、その中から俺は顔を出したんだ。そんときゃまだほとんど毛が生えていなくってよ、俺をおやじは腹袋の中で温めながらミルクをくれるんだ。ああ、ミルクっつーか、おやじが飲み込んでいたエサだけどな」


「へぇ、そのあたりは僕らも同じかも。エサ――それはなにが材料なの?」


 龍骨の民のミルクは、重金属や軽金属、重合高分子や縮退物質など、カラダの構成要素の混合材を液体水素に溶かし込んだものです。


「オキアミとか魚だな。だけど、おやじの腹の中にあるエサも無限じゃねーから、しばらくするとそれも無くなっちまうんだ。俺は「お腹減った――!」って鳴くのだけど、おやじはただクキュゥと悲しそうな鳴き声を上げるしかないんだ」


「うわぁ、大変だねぇ」


 母星にいたころ一度も途切れることなくご飯を与えられていたデュークは、そのような環境が全く想像できませんでした。


「で、空腹で死にそうになったときにな、オフクロが海から帰って来て、海で飲み込んできたエサを与えてくれるんだ。俺は夢中でそれをパクついいたもんだぜ」


 スイキーは「エサくってりゃ、カラダもできてくる」と言い、こう続けます。

 

「羽毛が生えてきて、寒い外でも動けるようになった。そして今度は子どもたちだけで旅に出されるんだ。先導役の若い兄貴たちがいたけど、海に着くまでは大変だったぜ――」


「へぇ、最期のところは、なんだか生きている宇宙船に似ているねぇ。僕もそんな感じで、今、ここに来たばかりなんだ」


 デュークは、星から産まれた子供たち一緒に、先導艦に導かれてここに着いたばかりだと伝えました。


「ん、子供だけで旅に――」


 スイキーはデュークの話を聴いて、ハッと気づきます。


「それじゃデュークは、まだ毛が生えたばかりのヒナってことか?」


「うーん、そうかもしれないね。少年期というんだ」


「龍骨の民の成長は早いと聞いたが、子供のときから軍に入るもんなのか……学校とかには行かないのか?」


 共生知性体連合加盟種族の多くでは、種族的な特徴による例外を除き少年兵というものは認められていません。だからスイキーは、普通は成人してから軍に入るものだと思っていました。


「龍骨の民に学校はない。旅立ち、航海し、カラダで覚えるんだっ! って、おじいちゃんが言ってたね」


「おおう、学校が無いなんて羨ましいような気もするが……いきなり軍に放りこまれるのかぁ……そいつは、ハードだな」


「でも、宇宙を飛ぶことはしっかり教えてもらったよ。それだけは自信があるんだ」


 デュークは、軌道上に有る本当の自分はとても大きな軍艦であり、星系内航行もできるし、恒星間をジャンプすることもできると説明しました。


「そうか、子供の頃からデッカイ軍艦だったら、軍に入るのが自然かもしらんな」


 スイキーは「軍隊アリ――産まれたときから完全な兵士として戦い始める種族ってヤツもいるからなぁ。似たようなもんか」と、種族的な違いについて納得したのです。


 そのような会話をしながら歩いていると――


「おっと、あそこの看板見てみろよ」


 スイキーが大きなフリッパーを上げて、前方の大きな看板を示しました。その中央には「共生宇宙軍第101新兵訓練所、共生する知性体たちよ、連合は君たちを待っていた!」などという文字が書かれています。


 文字の周りには、兵士が一列になって大地を突進し、手を取り合い、あるいは肩を並べて笑みを浮かべるような様子が描かれていました。兵士達は形状の異なる種族達で構成されており、中には龍骨の民の姿もあります。 


「多種族が共生する共生知性体連合のお手本みたいな看板だな。ちっとプロパガンダに過ぎるが…………そういやオヤジが言ってたな。訓練所の看板を見たら裏を見てみろって――――」


 スイキーはそう言いながら、ピョコピョコと歩いて、看板の裏に移動します。デュークがそれについてゆくと――


「……おや、たくさんの言葉が書かれているね、なになに?」


 ”同じ釜の飯を食った戦士たち! 共生する戦友たちよ――戦場であおう!”

 ”俺はここで戦士になった、後から来るやつらも――がんばれよ!”

 ”胸にコスモガンを持つ立派な宇宙の戦士になれ――狙い定めて敵を撃て!”


「なんだこれ?」


「訓練が終わった新兵が、記念に裏書きしてゆくんだとよ。俺らみたいな訓練前の新兵に向けたメッセージだともいうぜ」


「ふぅん、凄く勇ましい言葉もあるね」


 ”ワンワンワン突撃突撃突撃! 猫には負けないワン!”

 ”ニャーニャーニャー突撃突撃突撃! 犬には負けないニャン!”


「イヌ型種族とネコ型種族のライバルってやつかもな。おっとこれは――」


 ”訓練でカッチコチのボディに! 僕は宇宙で一番硬い軟体生物スライムだよ!”

 ”教官殿ガーニーのおかげで、立派な一級射手になれました。微笑むデブより”

 ”コーチの熱い教えは絶対に忘れません。私は必ずトップになります!”

 

「訓練教官への感謝の言葉だな」


「なるほど……あれ、でも、これはなにか違うな」


 ”とても優しかった教官、ありがとう――なんて、言うかと思ったかぁ! いずれ、この恨みは晴らさせてもらう! せいぜい背中に気をつけろ!”


「うーむ、こいつは訓練教官への恨み節だな……こっちにもあるぞ」


 ”軍曹という種族は細胞分裂する生き物だと知った。そんなことは知りたくもなかった――だから今度出会ったときには、生息地ごと核の炎で焼き払うつもりだ。覚悟しとけアメーバ野郎!”


「軍曹って種族は、細胞分裂で増える種族なの?」


「ああ、訓練教官ってみんな同じようなツラしているってよ……お、これ見てみろよ、デュークの先輩の言葉だぜ」


 ”フネとして、第一艦隊所属のエリートになって、共生知性体連合の護り手として活躍してやる! そして二つ名持ちの英雄に、俺はなるっ! って、最初の頃はそんな風に思っていたけれど…………へへっ、燃え尽きちまったよ……”


「最初は威勢がいいけれど……灰になってる……訓練の厳しさに龍骨を折られたんだ……。だ、大丈夫かなぁ、僕やってけるだろうか?」


 デュークはフネの先輩が残したメッセージに大変な不安を感じて、龍骨を震わせるのです。


「大丈夫だろうよ、このメッセージを残したってことは、訓練自体は無事に終わったみたいだからな。クワカカカカッ!」


 フルフルと震えるデュークの怖じ気を眺めたスイキーが「クワカカ!」とそれを笑い飛ばすようにそう言ってから、こう続けます。


「共生宇宙軍のモットーは、来る者は拒まず、去る者はけして許さない、だしな!」


「そ、そうだったんだ」


 スイキーが冗談めいた口調でそう言うのですが、実のところ共生宇宙軍の訓練は振るい落とし式のものではありません。「出来るまで何度でも! 何度でも!」が標語なのです。


「それに仲間を絶対に見捨てるな! も、スローガンだったな。新兵同士助け合ってやればなんとかなるさ。何かあったら俺が助けてやるよ!」


「ふぇっ、お願いするね!」


「だけど、俺が落ちこぼれたら、助けてくれよな! クワカカカカッ!」


 スイキーは満面の笑みを浮かべながら、そう言いました。


「う、うん。わかったよ!」


 飛べないトリと初めて出会ったデュークですが、これから一緒に訓練する異種族の人となりが、実に明るいもので良かったなと思いました。

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