第53話 セルヴィーレの白き姫 後編


 カツカツカツ! 黒いフネの甲板に硬質の足音が連続して響きます。何者かがデューク達に近づいてきたのです。


「なんかヤバイのが来る~~!」


「デューク、わ、私の楯になりなさい!」


「ちょ、僕のカラダを盾にしないでよ――」


 ダイガンを吹き飛ばしたらしい何かがツカツカと近づいてくるので、ナワリンとペーテルはデュークを盾にして隠れました。


 そして、カツン! と足音が止まりました。


「ふぇぇぇっ!?」


 デュークは近づくソレを直視するのが怖くて、「ひぃ」とクレーンで視覚素子を覆いました。


「お、おい、何をやっとる! 皆、礼だ! 敬礼!」


 フユツキが「ダイガンどのが、主と言っていただろう、上位者だぞ!」と号令を掛けます。仕方ないので、デュークたちはクレーンを上げて敬礼をしました。すると、当然、足音を立てて近づいて来た者の姿が明らかになるのです。


 そこにいたのは”真っ白な”セルヴィーレでした。


 周囲の者どもよりも小さなシルエットを持ち、その外殻は真白で薄らと輝いています。仮面のような相貌は他と同じですが、口元は緩やかな曲線を描き、嫣然とした笑みを浮かべているのがわかります。


 額には紅い宝玉がキラリと輝く小さな前立てが輝き、艶やかな輝きを見せる黄金の髪が豊かに流れ、複雑な文様と金色装飾を持った胸部外殻は盛り上がっています。丸みを帯びた細い二の腕が伸びる外殻の先には、硬さを持ちながらもしなやかな印象のある手が現れ、指先はスラリとしてまるで白磁を練り込んだような軽やかさでした。


 腰はキュウとくびれて、白い装甲板がまるでスカートのようにハラリと広がり、隙間から伸びる二本の脚は流麗に伸びて、つま先はピタリと決っています。身体を構成するパーツの一つ一つがあまりにも美しく、それらが絶妙のバランスで組み合わされていました。


「な、なんて綺麗なんだ。はわわ……フネじゃないけど、凄い美しさだ!」


「純白のドレスを纏う一輪の華――って、何よこのコードっ⁈」


「うわぁ、素敵なセルヴィーレだね~~!」


 デューク達は自然が作りだした生き物です。だからこそ、彼らは自然が作り出した造形美というものに直感的な感情を引き起されるのです。


「だ、ダイガンさんを吹き飛ばしたのは、この人なのか!?」


「え、そんな……そんなはずないでしょ!」


 デュークたちは「そんなはずはないよねぇ。こんな綺麗な人が」と、思うのですが――フユツキがヒッソリとした声で、呟きます。

 

「美しい華にはトゲがあるのだ。時にして、な」


 冷静さを取り戻して、なんだか大人らしいセリフを吐くフユツキ中佐の様子に、デュークは安心感を覚えるのですが、「トゲって……ゴクリッ」と液体水素の唾奇を飲み込みました。


 そんなデュークたちの様子を面白そうに眺めていた白いセルヴィーレが口を開き、ました。独特の訛りがありながらも、透き通るような柔らかなアルトの音色で、こう尋ねます。


「お前たちガ、生きている宇宙船か?」


 フユツキは「こいつは只者ではないぞ……かなり上の者だ」と直感的に感じ、ダイガンに向けたものより丁寧な言葉を選んで回答します。


「いかにも。龍骨の民が駆逐艦フユツキ中佐がご挨拶いたします。傍らに控えるは、龍骨の民の少年少女――デューク、ナワリン、ペーテルとなります」


 龍骨の民はあまり上下関係とか、位というものに頓着しない生き物ですが、長年の軍での経験があるフユツキは、貴賓の別についてそれなりの感覚を持っています。


 白いセルヴィーレは、かしこまった口調で話しかける駆逐艦のミニチュアを一瞥し、フッと呼気を漏らしてからこう告げます。


わらわはキョウカ・ドロッセル・トラースト。セルヴィーレの皇女デある」


「皇女様であられましたか。これはこれは」


 キョウカと名を告げたセルヴィーレが顎を引いて胸をはりました。その立ち姿は実に堂々たるものです。フユツキは「これは種族代表に近い人物か」と自分の予想が正しかったことを確信しました。


「生きている宇宙船とやらは、随分と小さいものダ、な?」


 キョウカが小首をかしげながら尋ねてきます。その仕草は実に自然で、カラダの可動部はカシャリとも音を立てない滑らかさでした。


「この活動体は、龍骨の民のミニチュアでございます。あちらに漂っているのが、我らが本体となるのです」


「デ、あるか」


 フユツキが指し示す先に、デュークたちの本体が遊弋しています。キョウカはスラリと踵を返して、超空間に浮かぶ生きている宇宙船の本体をじっと眺めました。


 そして彼女は駆逐艦、巡洋艦、戦艦の順番で眺め、ひとつひとつを確かめるように観察し――


「あの随分と大きな白いフネの持ち主は――ダれなのジゃ?」


 一番大きなフネに目をつけて、そう尋ねます。


「デューク、君のことだ、君のことだ」


「ふぇぇぇぇ?!」


 フユツキがデュークの横腹をつついて返答するように促しました。デュークは少し気後れしながらも異種族の姫に応えます。


「あれは、僕のカラダです……」


「デ、あるか」


 その言葉を聞いたキョウカはクルリと振り向くと、デュークの活動体にツカツカと近寄りました。その歩みは重さを感じない軽やかなもので、彼女はスルリとデュークの懐に入ると――ガシリ! と彼を掴むのです。


「ふぇぇぇっ⁈」


「おや、艶々として柔らかジゃな――本体もこのような感ジなのか?」


 キョウカはデュークの白くて艶々な活動体の肌を遠慮なく確かめながら尋ねます。


「ええと、僕の本体はもう少し特殊で――」


「ほほぉ……これは良い手触りジゃな」


 デュークの言葉を聞いていないかのように、キョウカは彼の肌をまるでヌイグルミを扱うかの様に揉みしだき始めます。


「わ、くすぐったいです!」


 デュークは「やめて――!」と抵抗するのですが、キョウカはなおもデュークの活動体をナデナデと触り続けます。


「ほぉ、ここガこうなっているのか?」


「そ、そこは――」


 キョウカは、デュークのミニチュアについているクレーンやら、推進器官やら、お腹の当たりを確かめるのです。


「なんという良い手触りジゃ……はぁはぁ」


「はふん」


 キョウカの手つきは優し気でしたが、眼が赤く輝いて、息も何故か荒いものになっていました。


「あ、眼が赤くなってるわ……怒ってはいないようだけれど」


「鼻息が荒いな。興奮しているぅ~~?」


 デュークを無心に撫でさすり揉みしだくキョウカの姿に、ナワリン達は本能的に「このセルヴィーレ……興奮してる」と思いました。


「良いのぉ、ジつに良いのぉ、ハァハァ」


「はひぃ――」


 デュークにとって、異種族の女性にカラダをまさぐられるのは初めての経験でした。さすがに、なすがままに成るのもアレなので、彼は重力スラスタを使って逃れようとしますが――グワシ! と、キョウカの手で掴まれた彼のカラダは、ピクリとも動きません。


「なっ、動けない――⁈」


「はぁはぁ、”逃す”と思うたか?」


 デュークはそこでキョウカの顔を改めて見つめます。


 すると彼女の口は三日月のように吊り上がり、中には随分と鋭い歯が並んで、そこから長い舌がチロチロ伸びているのがわかりました。その光景にデュークの龍骨がビクンと震え、記憶の奥底から適切なコードを引き出しました。


「まるで――獲物を前にした肉食獣? な、なんだこのコードはっ⁈」


「肉食獣? セルヴィーレは、肉食獣から進化した種族ジゃからのぉ。おお、確かに、お前はジつに”うまそう”ジャ!」


「ふぇ? ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」


 肉食獣の笑みがデュークの視覚素子を満たします。超空間にデュークの悲鳴が響きました。


「さぁて、喰らてやろうかのぉ――!」


「ひぃぃぃぃ」


 キョウカは食らいつかんばかりの勢いでデュークを締め上げます。バタバタとすくい上げられた魚のように暴れるデュークですが、まったくカラダが動きません。


「ああ、食べられちゃうわ!」


「助けて上げてフユツキ中佐~~!」


 捕食者のような表情を浮かべたキョウカが、両の手でデュークを掴みながら、口からはハァハァと危険な吐息を漏らしています。ナワリン達は、フユツキに「なんとかしてよ――!」と、助けを求めるのです。


「ふむ? まぁ、大丈夫だろう」


「「なんで⁈ あの人、肉食獣から進化したって――!」」


 ダイガンが吹き飛ばされるという想定外の出来事には驚きを見せていたフユツキでしたが、目の前の状況については、ほとんど動揺していないのです。


「連合に加盟する種族は、お互いを捕食するようには出来ていないのだ。そのような種族は加盟できないし、あったとしても矯正される」


 連合加盟種族同士では、共食いが出来ないのです。それは遺伝子操作や、薬物の力、マインドコントロールによる強力な制約でした。


「じゃぁ、あの人なにしてるの~~?」


「ああ、あれは単に揶揄からかっているのではないか?」


「な……なによそれ!」


 ちょっとばかり憤ったナワリンの横で、ドスン! と足を踏みしめる音が聞こえました。


 気絶から回復したダイガンが、のっそりと現れたのです。彼の眼には、キョウカがデュークの活動体をギュっと抱きしめながらクネクネとしている姿が映っています。


「ダイガン、これを見よ。抱き心地ガとても良いのジゃ!」


「良いのジゃ、デはありませぬ姫様。お客人が困っておられますゾ……」


「はぁはぁ、わらわがこういう白くて可愛いものガ、大好きなのダ」


「姫様、龍骨の民はおもちゃデはありませんゾ……」


「別に減るものデなし――可愛いものを愛でてなにガ悪い?」


 デュークの活動体はとてもツヤツヤとしていて、縫ぐるみのような抱き心地なのです。抱き枕のようにもみくちゃにされたデュークはもうぐったりでした。


 そんな様子を見かねたダイガンが口を開きます。


「龍骨の民――知性体をそのように拘束しては、いけませんゾ。軍の訓練所デ覚えたデしょうに……」


 共生知性体連合憲章の第18条にはこう記されています。


『知性体は、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪による処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない』


 知性体をモノか愛玩動物のように扱うことは認められません。憲章違反なのです。まぁ、キョウカの行動はどちらかというとセクハラなので、セクハラ防止法違反なのですが。


「やダ」


「やダ、ではありません! 放されるのデす!」


「やダ!」


「ええい是非もなし仕方ガない! 皆の者かかれ――――!」


 ダイガンが手下の兵たちの投入を決定しました。


 ――そして数分後。


 相当の被害を出しながら、デュークが救出されます。繰り返しますが、相当の被害でした。


「大丈夫ですかな? ダイガン殿」


「いダダダダダ、姫様はセルヴィーレ武術の達人デしてな……あダダダ……お見苦しいところ、誠にあいすまぬ……」


 逆らう姫様をやっとのことで簀巻きにしたダイガンが、頭にできタンコブを押さえながら謝罪しました。


「ふぇぇぇぇ~~怖かったよぉ。シクシク……」


 解き放たれたデュークが、バタバタとナワリンとペーテルの元に戻ってきます。


「たはっ、随分とえらい目にあったわねぇ」


「飴ちゃんあげるから泣かないで~~!」


 デュークが幼児退行しているような気がして保護欲をそそられたナワリンがデュークの背中をポンポンと叩いて励まします。ペーテルは小さな金属飴を懐から取り出し、デュークの口に放り込みました。


 そんな若いフネ達の姿を横目に、フユツキが話を進めます。


「生きている宇宙船を堪能されましたかな、セルヴィーレの皇女様」


 彼の足元には簀巻きになった白いセルヴィーレが横たわっていました。彼の龍骨には「姫の簀巻きって、歴史の時間で習ったような、習ってないような」などと言うどうでもいい感想が、呆れと共に乗っています。


「うむ、良い手触りデあった。次は、お前たちの本体を近くデ眺めてみたいゾ。特にあの白い戦艦を――」


「ダまらっしゃい‼」


 す巻きにされたキョウカが懲りずにそんな事を言うので、ダイガンが一喝しました。そして彼はその巨体を折り曲げに折り曲げ、ほぼ土下座状態になり、「本当に申し訳ない」とフユツキに頭を下げるのです。


「まぁ、デューク達もそちらの兵をペタペタの触っていたから、お互い様としますか。しかし、若い者の始末には苦労しますなぁ」


「まさしく」


「さて、そろそろお暇いたします。これにて失礼。皆、戻るぞ!」


 フユツキはピタリとした共生宇宙軍式敬礼を掲げ、本体に戻ると言いました。


「戻る、戻れる、僕には帰れる本体ところがあるんだ……」


「ああ、こいつ本格的に壊れちゃった……ほら、早く動きなさいよ」


「じゃぁね、異種族さん~~バイバイ~~!」


 ナワリンが生暖かい眼でデュークを見ながら、彼を抱えるように高度を上げました。ペーテルがクレーンをグルグルと振って挨拶しながら続きます。


 しばらくすると、ヴォン! と汽笛がなります。それは良い航海を――と伝える龍骨の民からの挨拶でした。生きている宇宙船はエーテルをかき分け少しずつ遠ざかる姿に、セルヴィーレ達は手を振って見送ります。


「さ、姫様。こんなことは、これっきりにしてもらいますゾ」


「フネのミニチュア……ドこかデ買えないかしら?」


 黒いフネの上で、ダイガンがキョウカを叱っています。でも、当の本人はそれを聞き流し、視線は白い戦艦を捉えて離さず、美しい唇をすぼませて、そんなことを呟いたのです。


 反省の色のない言葉を聞いたダイガンは、額を抑えながら「はぁぁぁぁぁ」と、深いため息を漏らすのでした。

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