第52話 セルヴィーレの白き姫 前編

「異種族の方々に失礼があれば龍骨の民の品位が問われる! 気合を入れておけ!」


 ピシャリとした言葉を放つフユツキに先導されて、デュークたちは黒いフネに近づきます。


 甲板の上を一航過して船上を眺めると、ズラリと並ぶ異種族が首を上げるのがわかりました。彼らは整然と動き出し、艦首から艦橋の方に続く甲板の上に一筋の道を造り始めます。


「あそこを通れということですね」


「うむ、しかし、なかなか練度の高い部隊だな」


 重力スラスタをヒュルリと吹かしながら、黒いフネの舳先に上にデュークたちが降りてゆきます。


「よいしょっと」

 

 ストンと着陸すると、視覚素子には身の丈2メートルほどの異種族が映ります。彼らは、黒いフネの装飾と同じ紋様を浮かべた黒い鎧衣を纏っていました。手にはギラリとした槍を構え、腰に二本の棒のような武具を吊るしています。頭部を見ると皆一様に仮面をはめ、そのスリットからは蒼い光が灯り、口元から呼気が漏れているのがわかりました。


「これが異種族ね。二足歩行なのね!」


「手になにか武器をもってるよぉ、うわぁなんだか強そうだ~~!」


「へぇ、着ているのは”鎧”って言うものかな?」


 デューク達は視覚素子に映る異種族をマジマジと見つめて、そのような分析を行いました。


「ふぅむ、確かにアレは鎧かもしらんが、ちょっと違うな。赤外線で見てみなさい」


 フユツキが言う通り、デューク達は視覚素子を赤外線モードにします。すると、鎧全体が赤みを帯びているのがわかりました。


「あ、鎧自体が発熱しているぞ……ってことは、あの鎧自体が僕らで言うところの外殻なんだ」


「ああ、セルヴィーレは、進化の途中でカラダの表皮を厚い鎧の様に変容させた種族のようだな」


「生きている”鎧”なんだねぇ~!」


「仮面の部分まで鎧なのねぇ」


 デュークは「リクトルヒにも似ているけれど、ちょっと違うなぁ」と感想を漏らしてから、異種族とのコミュニケーションの基本を思い出します。


「ええと、まずは挨拶だ! こんにちわ!」


 デュークが軽く光を発して挨拶をするのですが、セルヴィーレ達はなんの反応もみせません。それは電波の声やエーテルを通した音波でも全く同じでした。


「あれれ、彼らは言葉を持たないのかな?」


「ふむ、艦のあちこちで、無線が飛び交っているから、そうではないな。プロトコル外交儀礼に則ったこの列の並びから考えると、彼らは儀仗兵……仕事中だから、無言なのだ」


「儀仗兵かぁ……ふぅん、黙って並ぶのがお仕事かぁ」


「君たちも軍に入るとやらされる。おしゃべりは禁止で不動の姿勢で何時間も立たされるのだ。結構辛いものでな、目の前に何が来ても命令なしでは動いてはならんのだが………って……お、お前、なにをしている⁈」


 フユツキが目を離したすきに、勝手にペーテルがセルヴィーレに近づき、クレーンを伸ばしてツンツンっと突いていたのです。


「ツンツン……おお硬い! すっごく硬いよぉ~~! これが異種族の手触り! 意外にスベスベしているよぉ~~!」


「やめんか!」


 フユツキは慌てて駆け寄り、ペーテルの艦首をペシリとはたきました。


「申し訳ない――まだ子どもなもので」


 フユツキがセルヴィーレに向けてすまなそうに艦首を下げると、ちょっかいを掛けられていたセルヴィーレは、「お気になさるな」と言う風にほんの僅かに首を縦に振りました。


 彼は特にどうということもないという風情のまま、周囲の儀仗兵も特に何かをするということもなく、直立不動の姿勢を崩しません。


「なるほど。儀仗兵ってこういうものなんだ」


「彼らは儀仗兵として一級品だ。相当に訓練されているぞ」


 おとなしく儀仗兵を見つめるデュークに、フユツキがそう教えていたのですが、視界の端で次なる異変をキャッチします。


「へぇ……この武器はなに? 槍っていうのかしら?」


 フユツキの目を盗んだナワリンが、セルヴィーレの腰に付いたモノに触れようとしていました。異種族の武器というものを始めて見にして、好奇心が勝ってしまったのです。


 すると、ガシャリと儀仗兵が動きます。そっして、のっぺりとしたマスクの奥の光が紅く輝かせ、彼女に向けて頭を突き出しました。


「な、なによっ⁈」


 セルヴィーレは、マスクの隙間からブシュルと呼気を漏らして、ナワリンの鼻づらに盛大に吹き付けるのです。


「きゃぁっ⁈」


 ナワリンは「きゃぁ」と叫んで跳ね退きます。


「も、申し訳ない!」


 フユツキがナワリンを鷲掴みにして、艦首をペコン! と、はたきます。獲物に手を掛けられそうになったセルヴィーレは、すっと元の位置に戻り、眼の色を元の蒼い光に戻しました。


「大人しくしていろ! あと、武器には絶対さわるな!」


 フユツキが大声で叱りました。


 叱責された二隻は、一応はかしこまるのですが――


「異種族ってあんな皮膚をしているんだねぇ~~」


「あの二本の棒って武器なのねぇ、中身が気になるわ」


 などと、初めての異種族経験に、なんだかあまり反省していない様子です。


 そうこうしていると、列を敷いたセルヴィーレ達が手にした武器をガシャリガシャリと掲げ始めます。槍の先端の刃がはすに並んでアーチを造り、道を飾るように煌めきました。


「これはどういうことでしょう?」


「ふむ、アーチの先へ進めということだろう」


 フユツキに促されたデューク達は、アーチの中をヒュルリと進みはじめました。でも、剣呑な刃が頭の上に有るというのは、ちょっと落ち着かないものです。


「これって、歓迎されているんですよね?」


「うむ、この武器は刃を潰してあるようだからな。こういった儀礼は軍でよくやるから、よく覚えておけ」


 そのようにしてデューク達が刃で出来たアーチの最後の門を潜り抜けると、随分と大きなセルヴィーレが待ち受けていました。


 デューク達らの姿を認めたセルヴィーレが、椅子らしきモノからゆっくりと立ち上がりました。その体長は全長は4メートルを軽く超えています。


「うわぁ~~デッカィ~~!」


 小山のような大きさの体躯、その胸は厚くたくましく、腕の太さは周囲の儀仗兵たちに数倍しています。黒光りする外皮には、儀仗兵よりもたくさんの紋様が浮かんでいました。


「他のセルヴィーレとは、全く違うぞ!」


「存在感があるわねぇ……」


「ラスボスって感じ~~!」


「ふむ、あれが彼らの指揮官だろう」


 指揮官は槍こそ持たぬもの、腰にはやはり二本の棒を吊るしています。その長さは数メートルもあり、儀仗兵の持つ槍よりも長いものでした。


 顔には兵たちと、似たようなつくりの生体装具が包んでいますが、隙間から覗く蒼い光は大変強く、フシュルと漏らす吐息は少し離れたデューク達のところまで届いてきます。デューク達は龍骨にドシっと、威圧感が加わるのを感じました。


「あの体躯と貫禄だ。相当な大物なのだろう」


 フユツキがそう呟くと同時に、立ち上がった指揮官が”電波”の声を発してきます。

 

「龍骨の民デすか?」


「いかにも我らは龍骨の民。私は、共生宇宙軍駆逐艦フユツキ中佐。貴殿は?」


 フユツキが皆を代表して返答しました。


「我ガ名は、グラン・デローチェ・ダイガンと申します。星系軍代将デす」


 セルヴィーレの濁音の発音は少しばかり特徴的な響きでした。フユツキは「ああ、まだ共生知性体連合共通語の発音に慣れていないのだな」と思います。


 なお、星系軍とは共生宇宙軍から独立した立場の種族独自の軍隊です。


「お初にお目にかかりますな。グラン・デローチェ・ダイガン代将殿」


 フユツキは、丁寧な発音で名前を全て読み上げます。彼は代将という位が共生宇宙軍における将軍のようなものだろうと当たりをつけていました。


「ダイガン、デ良ろしいデすゾ。そうかしこまらズに……フユツキ中佐殿」


 ダイガンはフユツキの丁寧な物言いに、恐縮したように巨大な体躯をすぼめました。その様子にフユツキは、「ほぉ、紳士だな」と好印象を持ちます。


「ダイガン殿たちは、どちらへ向かわれますか?」


「加盟後の訓練を終えて、母星に戻るところデす。われらは種族供出戦力なのデ」


 共生知性体連合の加盟種族は一定の軍事力を供出することが求められます。それは星系軍ごとの場合もあったり、龍骨の民のように個別に共生宇宙軍に入隊したりと、様々な形があるのですが、彼らは前者ようです。


「お帰りの途中のお出迎え、痛み入ります。ですが、わざわざ船足を止めてまでされなくとも?」


「我らガ、セルヴィーレは、共生知性体連合に加盟したバかり。生きている宇宙船というものに間近デ遭遇するのは始めてなものデして」


 巨大なセルヴィーレはマスクの隙間から光を漏らし、生きている宇宙船のミニチュアをマジマジと眺めました。


「訓練所デ、遠くから眺めたことガあるのデすガ、本当に生きている宇宙船の姿をされておられますね。それに皆さん、大変綺麗デす」


「おお、新たな加盟種族の指揮官殿にそう言っていただけるとは、恐縮ですな」


 場なれたフユツキが悠然と構えて、合点のいった様子で頷いたのですが――


「指揮官? ああ、違うのデす。我ガあるじは――」


 ダイガンが黒光りする外殻を揺すらせて、次の句を発しようとした時でした。彼の背後からツカツカとした足音が響いてきます。「ぬぅ⁈」と、ダイガンが少し慌てて振り返りました。


「どうしたんだろ?」


 デューク達からは彼の大きなカラダが邪魔して良く見えません。


「あ、主――今少し、おまちくダさいっ、儀礼の途中デすゾ――」


 ダイガンは大きな背中を小さく畳むようにしながら、何者かを止めようとしていました。


「そこを退きやれ!」


「おやめくダさい姫様――」


 ダイガンは平伏低頭しながら、目の前の人物をなんか制しようと叫びました。


「くドいっ!」


 ブオン! とエーテルが震えると、ドグァッ! という音が鳴り響きます。相当の重量があるはずのダイガンの巨体が舞い上がり、巌のようなカラダが宙に浮かんで、儀仗兵の列に突っ込んだのです。


 鎧の巨人がボールのように転がり、屈強な儀仗兵がピンのように吹き飛ばされました。ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ――ズテン! 黒いフネの甲板の端で辛うじて止まったダイガンは、カラダをピクピクと震わせます。


「ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」


「ボーリングというコードが流れてくるよぉ~~!」


「ふ、フユツキ先生! これも儀礼の一部なの?!」


 龍骨が混乱するような出来事を目にしたデューク達は、フユツキがいつものように「ふむ、これは……」と、的確な答えをしてくれると思ったのですが――


「はぁぁぁぁっ――――⁈」


 さしものフユツキ中佐も想定外の出来事に驚き、カクンと顎が外れ、目が点になっていたのです。

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