第54話 エーテルの流れ
セルヴィーレとの邂逅を経て、フユツキ率いる一行はエーテルを押し分けながら超空間航路を進んでいます。
「超空間って、似たような景色が続くんだなぁ」
「そうね、波の形は違うけれど」
「いや、ここは凪いだ海だから、そう感じるだけなのだ」
フユツキは、超空間を満たすエーテルの変化というものは、時にしてフネを沈めることも有るのだと警告しました。
「きちんと安全基準を守って姿勢制御しておけ。それから他のフネが近づいた時には手順に従って、ルールを守るように」
「ええと、右舷にフネが見えたら、こっちが舵を切らないといけないんですよね」
デュークは龍骨に入っている情報を引用しました。彼はこれまで、その情報を「そういうものかぁ」などと感覚的に使っています。
「共生知性体連合航宙法だな。君達の龍骨にも刻まれているそれは、代々我らが受け継いできた宇宙の掟を記したものだ」
デューク達の龍骨は、先祖達から様々な情報を受け継いでいます。その中には、そのような法律も入っているのです。
「でも、なんで僕らの頭に、そんな物が入っているのでしょうか?」
「龍骨が星に還ったとき、それまで蓄積された情報をマザーが取り込むためだと言われているな。本当のところは誰にもわからんが」
フユツキは艦首をかしげると「マザーは何も教えてくれない、ただ産み出すのみだ」と、龍骨の民に伝わる成句を呟きました。
「とにかく、プリセットされた共生知性体連合の法律は、我らの感覚――右舷や左舷と言ったものにも影響するほどなのだ」
連合法規がインプットされ、カラダの一部となるほど、龍骨の民は連合の一員として長い歴史を持っていたのです。
「そして我らは、連合の主要種族として、それらを完全に守らねばならない」
「主要種族?」
ナワリンが龍骨の中のコードを探索しましたが、あまり多くの情報を引き出せませんでした。龍骨に詰まった情報量には個体差があるのです。
「連合には沢山の種族が住んでいるのは知っているだろう?」
「デュークを食べてやる! とか言ってたヘンテコリンなお姫様とか~~!」
「と、トラウマを蘇らせないで……」
「ははは。まぁ、あれも含めて連合には1000以上の種族が住んでいる。主要種族はそのなかでも財力、科学力、生産力、軍事力などに長けた種族だ」
「へぇ、軍事力…………僕らは一体何の力に長けているんですね?」
「我らは生きている宇宙船――基本的に乗組員を必要としない。自己完結自律型のフネだからな。軍艦にせよ、船舶にせよ、他の種族のフネよりも性能が高い」
「それってつまり、強いってことかしら?」
「うむ、単純に比較することはできないが、龍骨三倍則という言葉がある」
フユツキが言うには、龍骨の民は普通のフネの三倍程度の力を持つと言うのです。そのようなフネが軍艦であれば、優に1万隻ほども存在しているというのです。
「生きている宇宙船である事自体が、我々を主要種族としているのだ」
「へぇ、知らなかったわぁ」
ナワリンは「私達龍骨の民って、結構いけてるのね!」などと、クレーンを振り上げました。
「ふむ、そして力有るものほどルールをしっかりと守らねばならん。その一つが、共生宇宙軍への戦力供出だな。艦は、原則として軍に入隊するのが決まりなのはその為だ」
「へぇ、なんとなく軍艦ってものは、軍に入る物だと思ってました。でも、そういう背景があったんですねぇ」
「けっこう面倒くさい話だわねぇ。私達、ただ宇宙を飛びたいだけなんだけどぉ」
龍骨の民は、歴史とか政治などが苦手な種族として知られています。面倒なことはあまり考えずに、宇宙を飛べればそれで良い生き物でした。
「それは私もそうだがな。だが、私は
航海を続けながらフユツキの講義の講義を受けること数日が経ち、デュークたちは超空間航路での航行にもかなりの慣れを見せ始めます。
「すぴ~~すぴ~~」
「へぇ、寝ながら飛べるようになったんだ。うまい具合にバランスを取ってるね」
「通常空間ならいざしらず、よく出来るわぁ」
ペーテルがお昼寝しながら、器用にバランスをとって超空間を進んでいます。背中についている生体レーダーはクルクルと回っているから、警戒態勢はしっかりしているようです。
「波間を切り裂く姿は、まさに巡洋艦という風情だな。この子はやはり宇宙を巡るための軍艦か――む? 潮目が変わったな」
波を無意識に切り上げてスルスルと進むペーテルの姿に、フユツキは満足そうな声を漏らしつつ、超空間の中を満たすエーテルの動きが変わった事に気づきました。
「ペーテルを起こせ」
「あんた、早く起きなさい!」
ナワリンが奮ったクレーンがペーテルの頭にペコンォン! とヒットしました。
「むにゃむにゃ、ご飯はまだ~~?」
「なによこいつ、寝ぼけてるわ……」
夢の世界から戻ってきたペーテルが、物欲しげにあたりを見回します。
「あそこを見てみろ!」
フユツキはクレーンを伸ばして、少し遠くの方を見るように指示します。デュークは白煌としたエーテルが激流となっているのを見つけました。
「あ、色の濃いエーテルが右から左に流れていますね!」
エーテルは実体が有るようで無いような不思議な物質ですが、はっきりとした質量を持っています。肉眼でハッキリと見えるほどのそれは、フネを押し流すだけの力を持っています。
「流量もそうだが、かなり速度があるな。さて、どうしたものか」
そこにはかなり強い流れがあるようですが、難所という程のものではありません。フユツキ一隻ならば何の問題もなく越えることができるのです。
でも、この場には若いフネたちもいるのです。彼はエーテルの流れを見つめながら「どうだ、いけそうか?」と尋ねます。
「かなり超空間に慣れてきましたから、多分行けそうな感じです。でも、多分って良くないんでしょう?」
「原則的にそうだが、時と場所による。自分の龍骨が行けると思ったら、行けるのだ。慎重すぎるのは良くないぞ」
デュークは何事にも前向きですが、そういうところもあるのです。
「ナワリンはどうだ?」
「あの程度の流れなら、何の問題もないわ」
ナワリンはきっぱりとそう言いました。直情的なところがある彼女ですが、元からスマートな機動を見せるフネなのです。
「でもさぁ、ナワリン――」
「何を気弱な事を言っているのよ! 行けるわ! 感覚的にわかるのよ!」
ナワリンが「女の勘を舐めないで!」とまで言ったので、デュークは押し黙る他ありませんでした。龍骨の民は航海をする際、龍骨の持つ本能的な感覚を活かしているところが大きく、実のところ彼も「まぁ大丈夫だろう」と思っていたのです。
「ふふん、あの程度の流れ如き、何の問題もないわ! あんたはせいぜい龍骨をガタガタ云わせて、
「それは酷いや。僕だって、あれくらいへっちゃらさ!」
ナワリンが煽って来たので、デュークは「自分だって行けるさ!」と声を上げ、おう宣言するのです。
「行きます、行かせてくださいフユツキさん!」
「はん、そう言うのを尻馬に乗るっていうのよぉ!」
「じゃぁ、僕が先に行けば良いんだね!」
「何言ってるの! 私が先よ!」
そんな二隻を眺めていたフユツキは「こらこら、喧嘩するな。まぁ、元気なのは認めるがね」と窘めました。
「ペーテルはどうかね?」
「大丈夫だよ、おっちゃん!」
ペーテルは「大丈夫だよぉ~~」と言いました。昼寝をしながら超空間を飛ぶほどに慣れているのです。
「ふっ、そうか……」
デューク達は異口同音に「いけます!」と言っています。彼らはフネとして、その気概を持ち合わせ始めているようです。
「よろしい、自分の龍骨を信じて、艦首を上げ、前へ進む――――それがフネというものだ。ならば行くとしよう。いつしか経験せねばならんことだしな」
若いフネ達の意気込みに満足した駆逐艦フユツキは「前進、目標三時の方向エーテル流」と、三隻を連れて船足を上げたのです。
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