第21話 初めての外出

 マザーのとあるクレーターにそびえ立つ山が、龍骨星系の太陽光を受けて三角形の影を伸ばしています。上空から眺めると、時間が経つにつれて影が回転して、天然の日時計を作っているようにも見えるから――その山は日時計ひどけい山と呼ばれていました。


 プシュッ! っと、日時計山の麓から気体が漏れ出し、地面がゴゴゴと振動して開いてゆきました。スルスルと重力スラスタを吹かして、数隻の老骨船たちが浮かび上がってきます。そこは、テストベッツのネストは、日時計山の麓にあるのです。


「良い日よりじゃなぁ!」


 浮揚してきたオライオが上空を眺めると、日差しが柔らかい事を確認します。吹き付ける恒星風は、穏やかなレベルにありました。


 とはいえ、温度は摂氏にして100度以上という猛烈な陽気なものですから、大抵の生き物であれば数分でバーベキューになってしまう環境です。でも、生きている宇宙船たちにすれば本当に良い日和でした。


AIS自動船舶識別装置を作動」


 自動船舶識別装置、それは生きている宇宙船の名札のようなものです。それは艦名や艦種、位置、針路、速力を伝えるものでした。


「あれっ、オライオさん、名前が”オハイオ”になってますけれど?」


 スッとカラダを持ち上げたアーレイが、オライオから出る識別符号を確かめていぶかしがります。


「いかん、いかん、つい本名を晒してしまったぞい。ワシってな、特務艦じゃろ? いつもは船名を偽装しているのじゃ。だが、最近は、オライオなのか、オハイオなのか、わからなくなってきたのぉ……」


「ボケですな……龍骨がボケてきていますぞ」


 巡航客船ベッカリアがそう突っ込むと、オライオは「うるさい!」と吠えました。


「さて、肝心の主役はどうした?」

 

 オライオ達が見せるボケツッコミに意を介さず、工作艦ゴルゴンが尋ねます。


「あ、発着場のところで、止まってますよ。おーい、早く出てこーい!」


 あー映画、ネストの中にいるフネに電波を飛ばしました。開いた天板の端から、ちょこっとだけ顔を覗かせ、カラダを震わせているフネがいるのです。


「ああ、やはり怖がってますなぁ」


「ふむ、生で見る初めての宇宙だから仕方がない」


 プルプルと震えているのは幼生体デュークでした。彼はこれまでネストの厚い壁に守られて、直接触れることがありません。だから初めて巣の外に出てくるひな鳥のように怯えているのです。


「デューク! 落ち着いて、ゆっくり出てくればいい」


 そんな彼に向けて、アーレイが落ち着いた声で助言しました。


「う、うん!」


 デュークは縮退炉の熱をジワリと高め、カラダをフワリと浮かび上がらせようとします。


「よし、その調子だデューク」


「ほれほれ、どんどん進むのじゃ。前へ前へ!」


 老骨船たちの応援に包まれながら、ネストの穴から、ズゴゴゴゴ! と白い幼生体の姿が段々と現れてきました。


  50メートル――大きな艦首がズイと出てきます。

 100メートル――大きな口元がフルフルと震えていました。

 150メートル――側方では視覚素子がカシュンとバイザーを開閉させています。

 200メートル――ここまで来ると、体高は100メートルになります。

 250メートル――長大なクレーンが4対付いているのがわかります。

 300メートル――わき腹にあたるところからは、大きな放熱板が伸びていました。

 350メートル――縮退炉が備わる部分は、まるっとしたお腹です。

 400メートル――フネの足、推進器官の根元が見えてきます

 450メートル――ノズルが複数見えて、方向ベクトルを変化させています。

 

 そして500メートル――背中から伸びた尾がネストのハッチを過ぎ、ようやくデュークの全容が現れました。


 デュークがはじめてのレストランを経験してから、さらに一月が過ぎた生後二か月においてデュークは500メートル級の長大なカラダになっていたのです。


「デカァァァイ、デカイぞ! ビッグなフネじゃて!」


「実に堂々たるものだな」


「ははは、まだまだ大きくなりますぞ」


「縮退炉も順調のようだ」


 オライオは、デュークのカラダをクレーンでバンバンと叩いて騒ぎました。ベッカリアとアーレイはニマニマとし、ゴルゴンも大きな眼を細めて口元に笑みを浮かべています。


 カラダを宇宙に晒しきったデュークは、それまでこわごわと半開きにしていた視覚素子を開いて、生の宇宙に向けました。すると――


「ひゃぁ――――!」


 ――星たちが放つ光や電波、赤外線にX線といった様々な波長の電磁波が、デュークの感覚器官を満たすのです。


 原始星が赤外線を放って自分を知らせノティス

 熱いガスを照らす連星系トワイスは緑と桃のベールを纏い

 躍動ダンスする若い星は青白い姿

 7000度の白き面を持つ巨星がひっそりと恩寵グレースを歌い

 白色矮星を振り回すエンフォース黄白の星が星座の頂に

 全天の王子プリンスたる働き盛りの主系列星は黄色く燃え

 橙色の3つ子達が静かにサイレンス過ごして

 昔を振り返るトレース老年いた超巨星は赤い肌

 遠く離れた超新星は複雑なガスの放射を作りあげプロデュース

 自転する中性子星に物質リソースが降着するとジェットが放たれる

 伴星バイスのガスを呑み込む重力源はエクス線を発する


 そのような詩を詠んだ宇宙の詩人がいたかもしれません。大宇宙というものは、様々な星々の鼓動に満ち溢れているのです。


「これが本当の宇宙なのかぁ……」


 これまで天井越しに見ていた宇宙とは違う生(なま)の宇宙が、デュークの龍骨を刺激してブルリとさせました。彼はその感覚をゆっくりと受け入れ、あるがままに受け入れていきます。


「ああ、綺麗だな……クレーンを伸ばせば掴めるかな?」


 デュークは星々に手を伸ばします。それは龍骨の民の本能のようなものですが、いくら長いクレーンと言えども、遠く離れた星には届きません。


「そうか、星の世界が欲しければ、前に進むしかないんだね」


 デュークはカラダが大きく成っただけではなく、遠い星をその身で掴む――

恒星間を渡る宇宙船として、龍骨を伸ばし始めたのです。

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