第20話 生命への感謝

「では料理を出していただこうか」


 ゴルゴンがそう言うと、最初の料理が到着します。ベッカリアの手によりデュークの前にもお皿が置かれました。


前菜アンティパストとしてカプレッセ。真ん中にあるのはアムレタという野菜ですぞ」


 丸くて紅いアムレータ星系第4番惑星産の野菜が、しっとりとしたチーズの上に座っていました。赤色巨星である恒星アムレータを象徴するような色から、アムレタと呼ばれているのです。


 アムレタの表面には「マジノ・デリッチェ美味しく食べてね!」という白い文字が描かれています。遺伝子工学に優れた農家作り手は、自分たちの作物をチョイといじって、野菜の表面に文字を刻んでいるのです。

 

「どう食べるの?」


「こうするんじゃよ」


 オライオがクレーンでフォークを掴み、アムレタの頭をトントントンと三回押します。するとアムレタはバラリと細かく分かれて、白いチーズの台に広がりました。


「これも遺伝子操作によるものじゃ。さぁて、デュークはそのスプーンを使ってみるとよいかの」


「これを使うんだね」


 デュークはこうかな~~? とスプーンを握りしめスプーンを使って、トントントンと叩きます。すると丸い野菜が弾けて散って、お皿にお上に広がりました。


「植物から作ったオイルを掛けるのですぞ」


 ベッカリアが手元の容器から植物油をすくい上げ、デュークのお皿に適量を振りかけました。


「さぁて、いただくとしよう!」


 オライオはフォークでアムレタと白いチーズを一緒に突き刺して、ガっと口に入れるのです。


「アムレタの甘味、オイルの旨み、チーズの酸味―———くはっ!」


「う~ま~い~ぞ~!」と吠えるオライオを真似て、じゃぁ僕もとデュークもアムレタとチーズを頬張ります。


「わ!」


 デュークの口の中に、甘味と旨味と酸味が織り成すハーモニーが広がりました。


「美味しい! なんていうか……すごい美味しい!」


 初めて食する異種族の料理に、デュークはシンプルな感想を漏らします。


「ははは、それはよかったな。では、次の皿にいこう」


 続くお皿は小麦を練り上げた麺――パスタを使った料理でした。虹色に輝く魚の切り身と葉野菜を混ぜ込んだソースが絡むシンプルなものです。


「チュルチュルチュル、はふはふっ! んぐっ――!」


「おっと、慌ててはいけませんぞ」


 あまりの美味しさに、デュークは龍骨を震わせながら夢中で吸い込み、麺がのどに詰まってゲフンゲフンとしてしまいます。ベッカリアは慌てて水の入ったコップを差しだしました。


「最後はメイン――――肉じゃぁ!」


 デュークの前に大きなボウルが被さったお皿が置かれます。ベッカリアが、シュパンと覆いを取り外すと、中からジュウジュウと音を立てる茶色の塊が現れました。


「これはっ、なんだか凄くいい匂いがする――!」


「挽肉と野菜のみじん切り、卵と小麦をつなぎにこね上げて、焼いたもの――いわゆるハンバーグですぞ」


 デュークの鼻――口腔内にある分析器官に、香ばしい匂いが伝わります。ベッカリアがハンバーグと言うと、なぜかオライオが「大きくなれよぉ」と野太い声で応えました。


「美味しいよぅ~~~中に汁がたくさん詰まってる!」


「肉汁たっぷりで良かったのぉ」


 お肉の旨味と、野菜の優しい甘さが交わり、ピリリとしたスパイスがアクセントを加えるのです。デュークは目を輝かせながら、ハンバーグをあっという間に平らげていきました。


「最後はデザートですぞ」


「すんすん――なんだろう、懐かしい香りがする」


 コトリと置かれたカップの中には、薄黄色の物体が半球状に盛り込まれ、透明な蜜が掛かったものが入っています。デュークがスプーンを使って口に含むと、龍骨にとろける甘味が広がりました。


「冷やっこくて、あま~い! あ、これって龍骨ミルクだよね!」


「そう、龍骨ミルクにトリの卵を混ぜて、練り込んで冷やし、その上に蜜を掛けたのですよ」


「ほぉ、異種族の料理に我らの食材を取り込んだものか。タターリアの創作料理というわけだな。面白い趣向だ」


「懐かしい味じゃな」


 アイスを口にしたゴルゴンとオライオも満足そうに目を細めました。


「はぁ、美味しかった……」


 駆け抜けるように味わった初めての料理に、デュークは「はふぅ」と満足げな排気を漏らしました。


「ふむ、これらの料理には様々な命が由来しているからな。それは当然のことだろう……」


「えっ、命が使われているの? それって大切なものじゃないの?」


 ゴルゴンが、「命」という言葉を口にしたので、デュークはびっくりしてしまいました。命とは大切なもので、食べ物にしてはいけないような気がするのです。


「うむ、サン種のぶどう、アムレタとチーズに植物油、龍麦と魚と葉野菜、動物の肉、鳥類の卵と蜂蜜か。龍骨ミルク以外は全てそうだ」


 ゴルゴンは指を折りながら食材の由来を挙げ、こう続けます。


「命あるものを食べる――それは命の連鎖という世の理なのだよ」


 ゴルゴンは、デュークに「食物連鎖」というコードを調べるように言いました。するとデュークのなかで、コードが輝きを見せ始めます。


「ああ、食べるって、そういうことなんだ……」


「それはとても大事なものを奪う事であるから、おろそかにしてはならないのだ」


 ゴルゴンはデュークに物を食べるという事のもう一つの意味を与えたのです。


「はん! わかったような難しいことを言っとるのォ。おい、デューク! 難しく考える必要はないぞい! 生き物由来のメシを食ったらな、ありがとさんって思っとけばいいのじゃ」


 オライオの言うこともある意味真実でした。ゴルゴンもそれに反論することもありません。そして彼らは「ごちそうさまでした」と素晴らしい料理の元となった命に対して、感謝の言葉を告げるのです。


 デュークも同じようにして、「ごちそうさまでした!」と口にします。そのようにして、彼は生命を口にすることへの感謝を覚えたのです。

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