第263話 復活処置見学

 デューク達が復活処置室の扉をくぐると、そこは50メートル程のドーム状の空間となっており巨大な円卓のようなものが設置されていました。その中心に据えられた椅子には拘束具で括られた男がぐったりと座っています。男の顔には全くと言っていいほどに血の気が無くその身体は糸が切れたように動きません。


 男の周囲では幾人かの集団が取り囲み、なにかの支度をしているようです。


「おっと、先客の復活処置がまだ終わっていなかったか」


「あそこにいるのはお医者さんですかね?」

 

ラスカー大佐は「そうだ、あそこにいるのは復活処置を行う専門医たちだ」と言うものですから、デュークが「へぇ」とその様子を見守ると――――


 頭にボルトのような物を多数埋め込んだ小男が、何かが詰まった大きな薬瓶の口を開けて中身を確かめながら「純度100パーセントのアンブロシアとトライオキシンの混合物――」とうっそり笑みを漏らしています。その脇では三角形の兜のような頭部を持った筋肉質の巨人が、手にした電気コードを接触させてバリバリと火花を飛ばしつつ「灰になるまで刺激してやろう」などと言っています。


 その横では頭蓋が繋がった背骨のような物を手にしたボロ錆びたロボット技官が「健全なる精神は、健全なる機械に宿るのです! さぁ、全てを捨ててこちら側に来るのです!」と目をギラギラさせています。脇には拘束された男を見下しながら「てけりりりりりり、贄贄贄――」となにやら不穏で怪しげな言葉を発している邪神の僧侶のような雰囲気を持つ不定形の種族もいます。


 ――――医者と言われた面々はなんとも実に怪しげで不気味な雰囲気を醸し出していて、傍から見ているとゾンビを作ろうとしたり、電気ショックで黒焦げにしようとしたり、勝手に機械の体に改造しようとしたり、邪神に贄を捧げようとしているようにも見えなくもありません。


「大佐ぁ……あの人達って本当にお医者さんなんですか? なんていうか、すごい怪しい雰囲気なんですけど…………」


 あたりは清潔で匂い一つない場所でしたが、デュークは嗅覚素子に胡散臭くて危険な何かが混ざりあった匂いがプンプンするのを感じたようです。


「賦活処置専門の医官だから普通の医者じゃないぞ。死人を生き返らせようっていうのだから技術の系統が通常のそれとは違うんだ。まぁ、職業柄ちょっと変人が多いって聞くけれどな」


 ラスカー大佐は「ナノマシンによる肉体の超再生や、俗に電気ショックと呼ばれる巧妙な生体電気模倣、それに再生不能な体組織のサイボーグ化、思念波による神秘の降霊術を行う、貴重な人材なのだ」と説明しました。


 医者たちは「ナノマシン治療します」とか「電気パルス回復します」とか「機械の身体は万全です」「サイキックで拙僧が魂を取り戻す」などと言っているのです。


「彼らは優秀だ、なんせこの艦の蘇生率は60パーセントを超えているのだ」


 共生宇宙軍には艦載母艦や巨大な医療船に復活担当の戦場医療チームが存在していますが、その復活成功率は平均して50パーセントほどですから、トップクラスの存在と言えるでしょう。


「でも、40パーセントは失敗の確率があるんですね。失敗しちゃったらどうなるんですか?」


「専門家が言うには天国か地獄に落ちるってことだ。まぁ、俺もよくは知らん」


「天国? 地獄? なんだかいい加減な感じですねぇ……」


「あまり気にするなよ? それより復活処置が本格化したようだぞ。ちゃんと見学しておけ」


 ラスカー大佐は「見ておけ、共生知性体連合が誇る復活技術を!」などと言うので、デュークは好奇心に任せて「どれどれ」と、それを見学することにしました。


「脳殻と背骨は疑似生体装置に換装済みだ」

「神経接続はナノマシンで可能な限り代替した」

「生体電気信号、平常時のパルスを模倣中。問題なし」


 処置は大詰めを向えたようで、それまで怪しげなセリフを吐いていた医師たちも真剣な眼差しで最後の詰めを行います。するとグッタリとしていた男がビクンと背筋を震わせるのですが――


「むぅ、反応がないな。換装した部分は問題なく機能しているのだが…………」

「脳組織は99パーセントまで修復しているのに、何度増幅しても脳波が戻らん」

「むぅ、全身の神経系は正常だが、脳の意識が戻らなければ、どうにもならん」


 男の意識が戻ることはありませんでした。医師たちは「そういうことであれば、残る手段は――」と不定形種族スライミーの僧侶であるサイキック医師に視線を送ります。


「うむ、拙僧の出番であるな……」


 スライミーの僧医はウニョリと伸ばした触手を合わせると、身体をブルブルと震わせながら「喝ぁ――――ッ!」と言いながら、ヴン! と思念波を発振しました。


「……むぅ、この辺には対象の霊が存在しておらん。対象が死亡した位置はどこじゃったかな? おそらくそこに残留しておる」

「他の対象と同じくゴルモア星系内の小惑星帯から1000宇宙マイルほど恒星に近づいたところですな。戦闘中のログから、死亡時刻は特定できています」

「遠距離にも程があるので、思念波増幅支援を用いましょう。ゴッド・セイブ・ザ・クイーンズのサイキック中隊がスタンバっています」

「即時支援を要請――――それでは少しばかり意識を飛ばすとするか」

 

 そう言った不定形な僧医は無数の触手をショゴショゴと蠢かせて長距離思念波探査を行い始めます。しばらくすると彼は「戦域に霊魂が多数浮かんでいるわ……激戦だったのだな。ぬ、メカの霊までおる……ええい、すがるな、重い! お前たちの帰る所は反対側じゃ!」と叫びました。


「あれって何をやっているんですか? それに霊魂って?」


「死者の霊魂をサイキック能力を使って探しているんだよ。ああ、霊魂っていうのは――」


 ラスカー大佐は「精神的な実体とか、生命とか思念波の根源だったり、肉体から離れたり死後も残ったりする非物質的な存在で、生きている間は体の中にある永続的な存在――――って言われているお前は、ご先祖様の霊魂を感じたりするんだろ? そういうやつだ」と説明しました。


「ううん、ご先祖さまかぁ、それに船の魂という言葉を聞いたことがありますね。幽霊船とかかの霊それなのかな? うん、なるほど」


 などと、デューク達が霊魂についてなんとなくな理解をしていると、スライミーな僧医が「捕まえた!」と叫びます。


「よし、対象の霊魂と肉体に思念波をリンク形成――――あとは運命の女神に委ねるとしよう――ヒソヒソささやき――キトキト祈り――エイエイ詠唱――ムン念じろ――ッ!」


 気合が入った祝詞や念仏のような言葉が大音量で発せられると、椅子に座った男が目がグワリと見開きました。そしてカハッ! と息を吸い込み、驚愕の眼差しで周囲を見渡してから、両手を戦慄かせながら「お、俺は死んでいたの?!」と声を漏らします。


「おお、生き返ったぞ! すごく元気そうですね!」


「肉体は完璧に修復してあるからな」


 そのようにして復活の処置を終えた男性は「ありがとう、ありがとう先生!」と感謝の言葉をあげるのですが、医者達は「処置が終わったら、さっさと出てけ」というほどの言葉を返します。


「せっかく生き返ったのに、なんだかつっけんどんな反応ですねぇ……」


「ああ、彼らは死体にしか興味がないというマッドな部分を多分に持っている専門家――つまり変人なのさ」


 苦笑いしながらそう言ったラスカー大佐は「さぁ、次はカークライト提督の番だぞ。棺桶に入った提督を取り出せ」と言いました。

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