第264話 提督復活?
「さぁカークライト提督の番ですニャ」
「だ、大丈夫かなぁ」
復活処置に着いてきたドンファン・ブバイの高僧トクシンが、デュークが引っ張っているカークライト提督が入った棺桶――司令要員用対Gポッドでもあるそれを指差しました。
「デューク、いちいち気にかけてないで、さっさとその棺桶を引き渡せ」
「わ、わかりました――――!」
躊躇いをみせるデュークに対して「どのみち彼らにしか処置はできんのだ」とお尻を叩いたラスカー大佐は医師たちに向かって「カークライト提督です」と告げます。
「カークライト提督、50代、ニンゲン族、男性。サイキック能力持ちか。蘇生処置は始めてのようだな」
「カルテではそうなっている。電脳化以外のサイボーグ化手術の経験なしか」
「停滞処置のため、死後5分だな」
「ふむ……宗派は……ほぉ……いあいあ……」
これまでの情報を引き渡された医師達は「停滞効果、機能確認、ポッド開放」と言いながら棺桶の口を開きます。
「ほぉ、綺麗な顔をしてるな。割に状態は良い――」
「つまらん、もっとこう、グログロの死体のほうがやりがいがあるのだが」
「確かに外見はまともだが、サイキック能力の使いすぎで心臓が破裂している上に、脳髄断裂、神経系破断、ついでに主要な内蔵も爆裂しとる」
「いあいあ……」
カークライト提督の遺骸を観察した復活医師たちは「死亡、確認!」と全会一致で、客観的な評価を下しました。邪神の神官のような不定形の生物は小さな声で祝詞なのか呪いなのかよくわからない言葉を発しています。
「うわぁ………………」
医者たちの言葉を「外部装甲に損傷は少ないものの内部で龍骨が断裂して縮退炉は吹き飛び、光ファイバは全面的に断たれて、肋殻内の主要器官が爆発――かなり無惨なスプラッタ状態」と感覚的に翻訳したデュークはドン引きしてしまいます。
「こ、これって助かるんですかぁ……?」
「う、うむ……わからん」
「艦載母艦の復活医師は戦場医療のエキスパート。デューク君、こういったことは専門家に任せる他ないのですぞ」
その辺はラスカー大佐も心配げな様子で「た、多分なんとか……」としか応えることができません。傍らに控えるトクシン和尚は「あの僧伽どこかで見たことがあるニャァ……ああ、宇宙宗教会議の時に居られた空飛ぶなんとか教の――」とうなずきました。
デューク達がそのようにしている中、提督の身体の観察を終えた医師たちはそれぞれの専門分野における処置を始めます。
「本来なら完全義体化が望ましいがこれは本人の希望でアウトだな。ま、提督のようなサイキックと機械の体の相性は最悪だから仕方あるまいか。とりあえず、肉体をナノマシンで補強しよう。既に相当量が投薬されているが――その10倍、いや20倍量ほど行ってみよう」
ナノマシンが詰まった大きな瓶を持った小柄な医師は「なぁに、その更に倍でも、コントロールできれば問題ない。ナノマシン制限法がどうかしたって? 知らん知らん」と嘯きながら作業を開始しました。
「心臓の補強はナノマシンだけでは不足だぞ。炭素繊維ベースの強化心臓ならサイキックとも親和性が高いから、完全換装してしまおう。たしかエネルギー炉内蔵型のが一個残ってたな」
ロボット医師は「おや、これは本物の縮退炉が内蔵されたタイプだぞ? ……まぁいいか、パワーがあるに越したことはないからね!」などと笑みを漏らしました。彼の手にある人工心臓はズゴォッォン! と重力波の波動を放っています。
「さぁて、ズタズタの脳梁と神経系だが――とりあえず脳みそはニューラル接着材で接着して、脊椎は電装系ナノマシンで補強して、下部神経系も入念に……」
医者にしては無駄に大きな体と肥大した筋肉を持つ神経系の医師が「アロン・ダイン社の接着剤は使い勝手がいいなぁ――あ、いけね。脳みそこぼしちゃった」などと言いながら、コマコマとした手作業を続けます。
「対象の霊魂を探索…………おお、直ぐそこにおるな。ははぁこの魂、星界の深淵とリンクしてずいぶんと安定しておるが……」
不定形な身体を持つ神官医師は「こ、この深淵は大いなる宇宙意志パスタールの波動ではないか!? イア・イア・パスタァ!」などと意味不明のセリフを吐き出しました。
「あ、あの……なんていうか…………怖いんですけれど。特にあの不定形な方の言動が全くよくわかりません」
「それ以上何も言うなデューク。実のところ、俺も同じ気持ちなんだ」
「プロフェッショナルの行動というものは、プロにしかわからないものじゃニヤァ」
医者が手慣れた感じでヒトの身体を弄くりまわすのを傍から見る機会というものはなかなかあることではありませんし、医者というより邪教の神官のような生き物が「パスタール! パスタール!」とインサニティな狂気を漏らす光景は少しばかり怖いかもしれません。
「よし、肉体の補強は完了した」
「心臓の電源定着したぞ」
「脳殻内の復元終了」
ほどなくすると、ナノマシン医療の専門家らしきが「いつでも行ける」と真面目な表情になり、ロボット医師が「よし、OKだ」と吐息を漏らし、脳神経系医師が「ふっ、完璧だ」と親指をぐっとあげます。
「わぁ、なんだか、うまく行きそうですね」
「うむ、さすがは艦載母艦の医療士官達だ」
実のところ、この復活医師達は共生宇宙軍の中でも指折りの技術を持っており、
「肉体の方は準備出来たか。それでは霊魂の定着化をやってみよう……カークライト提督の霊魂よ、提督の霊魂よ――今こそ元のカダラに帰るがよい」
そういった言った不定形な神官医師が触手をブンブンと振り回して「
「………………むぅ」
ついで「霊魂が定着せんな……」と触手を力なくショゴショゴと揺らしたのです。提督のカラダは全くと行ってもいいほど動きませんでした。
「ふぇぇっ、失敗ですか?」
「おいおい、今の流れなら復活するところでしょうが! すぐそこに霊魂があるのになんとかならんのですか――!」
ラスカー大佐が詰問すると不定形の神官医師は「ならんな。ほれ、そこを見よ」と傍らスッと指さします。そこには豊かなひげを蓄えた人物が薄らぼんやりとした姿を晒して立っていました。
「「て、提督っ?!」」
「やぁ」
それは足が無いことを除くとどう見てもカークライト提督です。その彼がニコヤカな笑みを浮かべて「どれだけ時間が経った?」と一言尋ねるものですから、デュークは「ええと1日も経っていません」と応えるほかありません。
「そんなことより、提督のカラダはこっちにあるのに、こっちにも提督がいるだなんて、一体全体どういうことですか? こっちの提督、ぼんやり光ってますけど?」
「多分、私は今、
「なんですと?! ゆ、幽体……そいつは、つまり、オバケってやつなのですかっ!?」
ラスカー大佐は顔を真っ青にさせ、両手をスリスリさせながら「なんまんだなんまんだ」と言うものですから、提督の霊は「おいおい、成仏させようとするな」と苦笑いを浮かべました。
「しかし、これはこれでなかなか快適だ」
霊的存在となってしまった提督は「カラダが軽い、腰も痛くない」などと呑気なことを言いました。
「ほっほっほ、サイキックパワーの薄いデューク君達にも姿が見える上に、会話まで出来ていますな、カークライト殿。これほどはっきりしたゴーストを見るのは拙僧も数少ないことですニャ!」
「おお、これはトクシン和尚、ご無事で」
福々しい笑みを浮かべるネコの和尚様は「しばしお待ちを」と提督のゴーストに頭を下げてから、「星神官殿、提督の霊的状態はいかがかな? 拙僧はこちらの方面があまり得意ではなくてな」と不定形種族たる
「いあいあ、大いなる宇宙の深淵たる神的存在が提督の魂を時空に定着させておる。提督のサイキック能力のせいもあるが、これだけ霊的に安定していると身体に戻ることもできん。一応安定化したものを解きほぐすことはできるが、それはつまり現世的には消失することになる。このままにするのが吉であろう」
「ふぇ……それじゃぁ、提督は元通りにならないのですか?」
「ま、ある意味すでに復活しとるようなものだからな。知性が残っていればそれは知性体なのだ――そもそも幽体がカラダの種族もおるしニャ」
共生宇宙軍の長い歴史の中でも複数の先例があることをトクシン和尚が説明しました。そして共生知性体連合では、知性があればオバケでも妖怪でも知性体なのです。
「ま、こうなっては無理に復活処置を進めなくとも良いであろう。医者としては残念な結果じゃが、大いなる宇宙意志の介在があってこその結果だろうて。そのパスタールの神官としてはこれはこれで何ら問題ない」
パスタール教は一般的な形而上学的で神的な存在――神ではなく、空飛ぶパスタを宗教的シンボルとして崇めつつ、それに対して無神論に近い解釈を行うといういささか面倒くさい宗教です。その上、霊的存在の実在は否定していないどころか積極的に擁護するというやはり面倒くさい側面を多分に持っていました。
「私も納得です。実は私はパスタールの信者なのです」
ゴーストとなった提督と、邪神の神官もとい空飛ぶパスタ教の神官は「これも大いなる宇宙意志の思召し――
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