第265話 提督の決断、不味いメシ

 巨大な艦載母艦ゴッド・セイブ・ザ・クイーンズGSTQsには複数の指揮所が設置されています。第一から第三までの戦闘指揮所、第一から第四発着指揮所、統制電子戦指揮所、中央応急指揮所および10数箇所の支援指揮所など、戦闘に関わるものだけを取り上げるだけでも枚挙にいとまがありません。


 また、軍艦の母艦たるGSTQsには工廠や補給などの機能の他、多数の軍艦を指揮統制する艦隊運用戦術指揮所が備わっています。そして共生宇宙軍の戦略兵器であるこの艦には――その名の通り戦略に関わる指揮所も存在していました。


「敵艦隊の位置情報――」


「かなり浸透しているわ。後24時間以内に星系の主要部は完全に制圧されるわ。動ける残存艦を回して足止めを図っているけれど限界ね」


「味方援軍――ペンギン達の星系軍はどうか?」


「そろそろ先遣隊が到着するけれど、その後で防衛線を維持できるかどうか微妙ね」


「戦力の逐次投入の形になるか……となればプランBもやむなしだが――」


 艦載母艦の中央に位置する戦略指揮所では、艦載母艦集団を率いるリュビエル・ゼータクト准将と、GSTQs艦長兼ゼータクトの副官リュビエッタ・フォーマルハウト大佐が敵艦隊の動向を予想し、今後の戦略的な情報を集約していました。


「でも、それには司令部の承認が必要だけど……量子通信はまだ駄目なの?」


「常にアンテナを貼ってはいるが――」


 准将は耳に手を当て何か遠くの方を音を聞くようにし、また頭髪の一部をヒュンヒュンと動かして何かを探ります。司令部から伸びているはずの思念波リンク――量子通信の枝をサーチしているのです。


「見当たらん、そもそも私は専属のサイキックではないんだ。ちょっとだけ適正があるにすぎない」


「そうねぇ、量子通信ができる能力者ってかなり希少だわ。それがダウンしちゃったらどうにもならないわ」


 超光速通信を可能とするのが思念波を用いた量子通信は二人以上の思念波能力者の間に思念波リンクを構築することが絶対条件でしたが、適正の問題から量子通信を可能とするサイキックは数が極めて少ないうえ、本来の担当者は稼働限界を超えて寝込んでいたのです。


「まぁ、繋がらんものは仕方がない――ところで、提督の復活処置はどうなった?」


「ええと――あら、メッセージが届いているわ」


 GSTQsの戦略指揮所はその重要性と機密性の高さが故に、共生知性体連合の執政官達が使用するシークレットルームに準ずるほどの強固なセキュリティがかかっているため、電子的にクローズな構造となっています。そのため艦内の他部署との通信波は、やはり執政官達と同じようにして物理メモリのやり取りで行われていました。


「メッセージによると……こちらに向かっているとのことよ」


「なにっ、もう動ける、というのか?」


 首を傾げた准将は「復活処置後は少なくとも数日は入院が必要なはずだぞ?」と尋ねます。


「それがその、入院は必要ないみたい……ね」


「なんだそれは、お前にしては――」


 そして准将が「歯切れが悪いな」と言いかける前に、エアシュータ――真空圧を利用した輸送管から、シュコーン! と物理メモリが飛び出します。


「サイキック小隊から連絡。電子システムに何者かが侵入した形跡ありとのこと」


「またぞろ機械帝国の電子使いどもが潜り込んできたか?」


 機械帝国のサイキック能力者は電子的なハッキング能力に優れ、ゴルモア星系の複数の地点に特殊偵察チームとして投入されたことが確認されています。星系外縁部にはステルス性能の高い艦艇に載ったハッキングチームが存在しているらしく、この十数時間でGSTQsは数度の電子的襲撃を受けていました。


「ははは、とは言え、ここは艦載母艦だぞ。そう安安と入り込めるわけが――」


 共生宇宙軍はESPに対応するため各艦ごとに一定の能力者を配置しており、戦艦載母艦クラスとものなると、かなりグレードの高い電子戦に特化した能力者が部隊単位で常時警戒をしているのです。


「……あ、続報だわ」


 フォーマルハウト大佐はまたぞろシュコーンと飛び出してきた物理メモリを取り上げ中のメッセージを読み上げると――「あらいやだ、もう内部にいるのね」と呟きました。


「なっ?! 艦母の中枢に侵入されただと――」

 

 戦略兵器であるGSTQsはその重要度から共生宇宙軍の中でも最も高いセキュリティを持っており、何重にもなる電子障壁で守られているのですが、内部に侵入を許したと聞いた准将は驚愕の表情を見せます。


「ええい、艦載AIは何をしている!」


「確かめてみるわ」


 准将が騒ぐのを他所に、大佐は物理メモリをシューターに叩き込んで、艦内の様子を確かめようとしました。ほどなくして、シュコーンと返信が届きます。


「AIは、侵入者は正規のIDを持っていると言ってるわ」


「ええい、それは欺瞞だ! 押し留めろ!」


 艦載AIによると、システムに侵入したものは共生宇宙軍の正規コードを持っているということですが、准将は「騙されるな!」と叫びました。


「あ、もう無理ね。扉のすぐそこに着てるわ……強力な思念を感じるわ」


「なっ、なんだと?! ええいなにをしてもかまわん。どのような手段を使ってでも、ここに入れるな――」

 

 と、准将が扉の駆動装置を物理的に破壊しろと言いかけた時、戦略指揮所に通じる最後の扉がスルリと開きます。ゼータクト准将は無意識に腰に吊るしたハンドガンを抜き放って侵入するものに対して構えました。


 すると――


「ここが指揮所だな。准将はおるか?」


「か、カークライト提督…………」


 扉の外に姿を現したカークライト提督がスルスルと戦略指揮所に入ってくるのです。その後ろには、ラスカー大佐とデュークの姿もありました。


「こ、これは一体、何事ですか……?」


「いやはや、ここの警備主任が頑固でね。電子的なIDはあるのに、生体コードが無いから確認するだのなんだの煩くてかなわんので、押し通らせて貰ったのだよ」


 提督は「ははは、確かに生体コードは持ってはおらんな」と言いながら自分の足元を示してそのように笑います。そんな彼の足元は――


「あ、足がッ!?」


「なるほど、そういうことなのねぇ」


 ゼータクト准将は提督の足の先にあるべきものがないことに気づいて絶句します。


「ああ、ちょっと復活処置に失敗してね、はっはっは」


 提督は呵呵と笑うのですが、彼の足の先は薄っすらとした気体のようにぼやけており――


「霊魂状態のまま時空間に定着してしまったようなのだ」


 どうみてもオバケのようにしか見えませんでした。


「不確定系形而上存在とか、幽体族のようなものだが……便利だ、実に便利なのだ! なにせカラダが軽い――――」


 提督は「肩もこらないし、腰も張らん……実に気分爽快なのだ!」と満面の笑顔を浮かべて嘯きます。オバケのくせに軽やかに笑う提督を見たゼータクト准将は「そ、それは良かったですわね……」とした声を漏らすのが精一杯でした。


「では、分艦隊の置かれた戦略状況を報告してくれ」


 と、そこでカークライト提督は急に真顔になって報告を命じます。


「……はっ、現在の状況は以下のとおりです!」


 状況が状況ですが、優秀な軍人であることに間違いはないゼータクト准将は、すぐさま頭を切り替え焦点を絞った報告を行いました。


「フォーマルハウト大佐、艦載母艦の状況はどうだ? 残存する分艦隊艦知恵へ手当を行っているはずだ」


「現在、全力補給と整備を行っています。分艦隊は1000隻程度まで減少していますから、残った補給艦と合わせてあと二回は充足できます」


 艦載母艦は重装備の打撃戦隊を200隻も抱えて戦うことが可能です。その上これまで前線に出ることがなかったため、まだ余力を残しています。それを聞いたカークライト提督は「残存艦艇を有効利用しつつ星系軍の到着を待って防衛戦を継続することは可能ということ……か」と呟きました。


「意見具申――提督、ここは戦略的撤退が必要かと思われます。下手にゴルモアに拘泥して、イニシアチブを敵に取られ続けるのは愚策です」


 そこで理路整然と撤退の必要性を示した准将に、カークライト提督は「ふむ……」とうなずきます。


「ただ、現在、量子通信を構築できていません」


 准将は「司令部との連絡は出来ない状態」だと説明しました。傍らにいたラスカー大佐は「そ、それでは司令部の承認を得ることができません」と声を漏らしました。


「司令部との連絡が途絶しているということは、従前の命令が継続しているわけで……ゴルモア防衛を継続……するほかありません」


 歯切れ悪く大佐が言う通り、ゴルモアを固守するという以前からの命令はいまだ有効でありそれを無視することはできません。


「でも、ここの情報が入れば、司令部――宇宙軍の中央でも同じような判断を下すはずだわ。あなたも参謀なら、そのくらいわかるでしょうに」


「し、しかし准将、それをやっては現場指揮官による独断になります。軍法会議ものですぞ……」


 ラスカー大佐は普段はちょっと緩いところのある大砲屋ですが、法律的な部分ではかなり真面目な男でした。大砲屋というものはその字面から受け取るイメージに反して、緻密な計算規則に従う数学的技術者なのですから当然かもしれません。


「ふむ……」


 そしてカークライト提督はいつものごとく沈思黙考を始めます。オバケの身ではありますが知性はいまだ健在ですがこの問題はかなり難しい所があるようです。彼は少しの時を置いてスッと眼を開けてデュークをみやりました。


「すまんが……デューク君。ちょっと教えて欲しいことがある」


「ふぇ、な、何をですかぁ? というか、提督たちが何を話しているのか、なんだかさっぱりわからないんですぅ――――!」


 デュークは提督たちの会話についていこうとしてまったく理解出来ず目を白黒させていた上に、教えて欲しいと突然言われたものですから龍骨が爆発寸前までヒートするのです。


「仮に君が――――ご飯を手にしていていたらどうする?」


「ふぇ……ご飯!? えっと、手にしたご飯は食べます!」


 龍骨の民にとってご飯は命の次に大事なことであり、ご飯と聞いたデュークは一瞬の内に龍骨がシャンとなるのを感じました。それを確かめたカークライト提督はこう続けます。


「それがMREレーションであれば? ほら、龍骨の民が嫌いだっていうアレだ」


「MREレーションっ?! ふぇぇぇぇぇぇ……他に何もなければ、食べますけど……一応ご飯だし……でも、やっぱり、嫌です! 捨てていいですかぁ――!」


 MREレーションとはタダひたすら栄養価があるだけで、宇宙中のありとあらゆる呪いを固めたような地獄の味がする、龍骨の民用のレーションです。そんなMREレーションを食べたことのあるデュークは「捨てましょう! 捨てましょう! 捨てましょう!」と涙目で訴えました。


「なるほど、不味いメシは無理をして食べる必要もないな? ……よろしい、改めて確認するが、ゴルモアの民間船団は次の次の星系まで問題なく退避はできる状況だな?」


「長距離スターラインに乗せていますから、敵に追いつかれる可能性はありません」


 端的に答えながら、提督が何を言いたいかを察したゼータクト提督は「ですが、よろしいので?」と尋ねます。


「まぁ、仕方がないことだろう――分艦隊は艦載母艦を中心に再編成。長距離航行が怪しい艦は乗組員を全てGSTQsに移乗させよ」


「わかりました、準備を進めます。ですが一度始めたら後戻りはできませんわよ?」

 

 目に理解の色を浮かべたフォーマルハウト大佐の質問に提督は「ああ、頼む」とだけ告げ、続けてラスカー大佐に目を向けます。


「星系内の残存将兵は全員撤退できているな? ゴルモア人を含めてだ」


「小惑星アーナンケは既に民間疎開船団を追随中、星系内にある他のゴルモア小規基地の人員も含めて回収済み。これ以上誰も不味いメシを食らうことはありません」


 提督が何を考えているのか理解したラスカー大佐は淡々と事実を述べつつ、「ですが、提督は……」と少し表情を暗くしました。


「気にするな、不味いメシを食う責任をとることも指揮官の仕事の一つだ」


 そしてカークライト提督は「私の責任でゴルモア星系を放棄すすてるぞ」と朗らかな笑みとともに告げたのです。

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