第262話 艦母にて

艦載母艦GSQSゴッド・セイブ・ザ・クイーンズとの軌道要素をシンクロします。あっ、重力場ネット来ました!」


「よし、そのまま係留位置につけ」


 向かって来た艦載母艦との速度を同調させたデュークは、自分のカラダが引き寄せられるのを感じながら接舷コースに入ります。


「ん? 先客がいるな……」


 彼が艦母の下部に接舷しようとすると、そこには二隻の大型艦の姿があることに気づきました。デュークの姿を認めたフネからは特徴的な電波の声が届きます。


「あ、デュークだわ!」


「お~い、お~い!」


「ふぇ、ふたりとも、こんなところいたのか」


 アーナンケ推進組に残置されたはずの生きている宇宙船ナワリンとペトラが艦載母艦の下甲板でフリフリしているものですから、デューク「君たちはアーナンケにいたはずじゃ?」と尋ねます。


「あの石っころなら十分な速度が乗って今頃はスターライン航法で隣の星系に進んでいるはずよ。まだ戦えるフネは分艦隊の残留部隊に合流したのよ」


「そんでもって、絶賛補給中なのだよぉ~~!」


 そう言った二隻はモグモグ! ズゴゴゴッ! と艦載母艦から供給される補給物資をかっこんでいます。ゴルモア疎開作戦、そしてアーナンケ救援作戦が終わったとしてもまだ機械帝国を撃退したわけではなく、分艦隊は戦力を維持する必要があるのでした。


「援軍が来るまで星系外縁部に足がかりを維持する必要があるって、ゼータクト准将閣下が言ってたわ」


 疎開船団を送り出したゼータクト准将は、戦力となる艦艇を手元に集めて再編成を行っていました。アーナンケの推力となるためオーバーブーストを繰り返しナワリンもペトラは他の艦艇に比べれば状態は安定してるため残置されていたのです。


「フネ使いが荒いわよねぇ。でも、補給さえ受ければ私達ってほとんどメンテフリーだしぃ。艦母おかんから補給を貰えばまだまだやれるわ! モグモグ――」


「龍骨の民はご飯さえあれば無限に戦えるのだぁ~~! というわけで、英気を養っておるのですよ~~! ズゴゴゴ、冷え冷えの推進剤がおいちぃ~~!」


 彼女達は連戦続きでかなり酷使されていますが、「ご飯あげるから、もうちょっと戦って頂戴」と言われれば「ご飯! はいよろこんで!」というのが生きているバトルシップなのです。


「あ、そんなことよりも! カークライト提督が死んだってホントなのっ?!」


「うん、ボクの艦外障壁代わりに盾になってくれたのだけれど。無理し過ぎちゃったみたいなんだ……」


 デュークはアーナンケを離れてからの経緯を端的に説明しました。


「ほぉ~~数秒とは言え戦艦の大出力熱線砲に耐えるって、カークライトのおっちゃんって、すっごいちょ~の~りょく者サイキックだったんだ~~」


「優れた船乗りの上に優秀なサイキックだったのね。とはいっても死んだら元も子もないわ」


「うん、だから艦母にある賦活装置で蘇生するんだって」


 ラスカー大佐に聞いた復活の手順についてデュークは「ナノマシンとか、電気ショックとか、復活の呪文を唱えたりするそうだよ」と言いました。


「へぇ、私たちは龍骨が折れたらただのスクラップだけどヒューマノイドってそういうことができるのね」


「あっ、カークライトのおっちゃんってば、それも計算に入れて無理したのかな? あの人の計算ってすっごくレベル高いし~~」


「そうだね。カークライト提督は時に必要であれば大胆にリスクを取ることも辞さない人だものね。ペトラの言う通りかもしれないな」


 などと三隻が電波の声でいつも通りおしゃべりをしていると――


「おいデューク、艦載母艦の艦載艇が到着したぞ。提督の棺桶を移送するから手伝え。フネのミニチュアに乗ってついてこい!」


「あ、わかりました。本体は母艦に固定してもらいますね」


 デュークは艦載母艦ゴッド・セイブ・ザ・クイーンズから伸びる重力場に身を任せて艦体を固定すると活動体に移って艦載艇の発進作業を手伝いました。準備はすぐに整い、カークライト提督の入った棺桶と共に彼は艦母に向かうこととなります。


「それで、どこに運べばいいんですか?」


「従兵についていけばいいさ」


 艦載母艦の通路を進むデュークはあたりをキョロキョロしながら棺桶を引っ張ります。艦載母艦というものの居住区はその艦体に比例して相当に広大なものであり、その上始めて乗ったフネですから勝手がわかりませんが、艦母司令部差し回しの従兵一個小隊に付いてゆけば問題ありません。


「ん?」


 従兵の先導に従い、デュークに棺桶を担がせ艦母の通路の中を進むラスカー大佐は通路の先で妙な一団を発見します。


「あれはドンファン・ブバイの僧侶達だな」


「僕らと同じように棺桶を引いていますね」


 なにやら戦神教団の僧侶たちが、デューク達と同じようにして医務室に向かっているのです。そしてその戦闘には綺羅びやかな袈裟を纏ったネコの姿もあり、デューク達の姿を認めて足を止めました。


「和尚、いかがされました」


「ほっ、これは参謀殿……」


 いつもニヤッとした笑みを欠かさぬトクシン和尚ですが、このときの彼は大変に悲痛な面持ちでした。


「いやはや、こちらは相当の被害を出してしまってな。戦死者多数――これもすべて拙僧の不徳の致すところ……」


「戦術データを分析しましたが、いたしかたないと思います。それに無理な作戦を立てて指揮をお任せしたのは、分艦隊司令部の責任ですから。また我らは軍人、最悪の事態も覚悟しています」


 カークライト提督やラスカー大佐以下の艦隊司令部は、少数の戦力で多数を足止めという作戦を立案して和尚に任せたのですから、損害の責任は司令部にあるという言葉には間違いがありません。そして共生宇宙軍は紛うことなき戦争のための暴力装置であり、その構成員は負傷や戦死の覚悟を持っているのです。


「ふむ……そう言ってくれると、少しは気が紛れるニャァ」


 ラスカー大佐の言うことも最もだと思った和尚はニャゴニャゴと顔を撫でて、気分を変えようとしました。


「それで、和尚も賦活装置を使われるので? クイフォア・ホウデンには立派な医療装置が付いているはずですが?」


 戦神教団の所有物である巡洋艦は、教会艦としての機能のほか医療船としてのシステムも揃っているはずでした。


「装甲の隙間に敵弾を受けてな。かろうじて艦体と縮退炉は守ったのじゃが、医療装置やら賦活装置はユニットごと消しとんでしもうてな」


「ははぁ、それで艦母の医療装置を使うということですか」


 ラスカー大佐が「なるほど」と頷くと、和尚は「それで、そちらも相当にやられたようじゃな」と尋ね、デュークのミニチュアを眺めました。


「白い肌が煤けておる……」


 龍骨の民のミニチュアは本体の状態とある程度リンクします。このときのデュークの活動帯は白いモコモコとした肌に所々焦げたようなシミが浮き上がっていました。


「相当に頑張ったようだのぉ、龍骨の民の少年よ」


 和尚は再構築された分艦隊ネットワークを通して、アーナンケ最終防衛ラインでの戦術情報を得ています。デュークの勇戦について、戦の神の僧侶であるトクシンは満面の笑みを見せながら「偉いものじゃと」褒めました。


「でも、カークライト提督が……」


 デュークは引っ張ってきたカークライト提督入りの浮揚式棺桶を振り返り「見て下さい。こんな姿に」と言いました。


「それは聞いておるよ。肉体的なダメージもさることながら思念波能力を使いすぎたのじゃな?」


 数秒とはいえサイキックパワーを暴走させ、大出力熱線砲を受け止めた提督の命は完全なる沈黙状態にあるのです。


「乗艦と私達を守るためにとはいえ、あんな無茶をする人だとは全く思いませんでした。それにそのあとの指揮が大変でした」


「ふむ、カークライト殿のことだ。デューク君が無事ならば、参謀殿に任せれば後はなんとかなると踏んだのじゃろうよ」


 和尚は鼻面を撫で撫でしながら「それは間違いではなかったようじゃの。ほれ、皆、無事に撤退できたのじゃから」と諭すように言いました。


「死んで棺桶に入っている提督にしても、賦活処理がうまく行けば、ということですか?」


「そうじゃな」


 デューク達は敵の超巨大戦艦との交戦で相当なところまで追い詰められていたのです。下手をすればデュークは轟沈の上、乗組員は宇宙の藻屑と成り果てても不思議ではない状況だったのですから、御の字と言う所でしょう。


 そして和尚は「では早いところ処理を行うとしよう」と医務ユニットへ進むようにと皆を促したのです。

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