第261話 星系外縁部、集結

「あ、スターライン航法の光が見えますよ!」


「おおゴルモアの疎開コロニーか。民間人の脱出は一区切りついたようだな」


 星系外縁部に到達したデュークの視覚素子に光の筋が星系外に向けて伸びてゆく光景がいくつも映ります。民間人を詰め込んだコロニーを多数の共生宇宙軍艦艇が牽引している様子にラスカー大佐は「よし、一番面倒な作戦が成功したようだ」と呟きました。


「一番ってことは、僕たちの作戦よりも面倒だったんですね?」


「それはそうだ。ゴルモアの人口はかなり少ないとは言え億を超える民間人だぞ。それを脱出させるなんて相当な大事だ」


 ラスカー大佐は「あちらの方が本命の作戦だしな」と言う通り、分艦隊の主目的の一つはメカロニアの襲来に対してゴルモア人を疎開させる事であり、アーナンケの救援は副次目標に過ぎないのだとラスカー大佐は説明します。


「とはいえ、政治的には俺たちの仕事も相当に重要だったがな」


「政治的に……ええと、な、なるほど……?」


 ゴルモア人を一人残さず救援するという結果は、連合勢力圏にありつつ機械帝国との戦の矢面に立っている形の各星系に対して大きな影響を及ぼすのです。


「最高なのは、疎開などせずに済むってことだったがなぁ」


「ええっと……僕ら共生宇宙軍――第三艦隊が最初からここにいれば、そうしなくても良かったのでは?」


「お? いいところに気が付いたなお前」


 デュークが素朴な疑問を口にしたので、大佐は感心した様子でこう続けます。


「艦隊を全部展開してたらいくら金があっても足らんのだ。だから少数の駐留部隊を置いて、宙域を警戒することで一朝事あれば防衛線をはり時間稼ぎをする。敵を食い止めている間に、主力が展開する――そういう戦略なんだよ」


 第三艦隊主力が偶発事故で二進も三進もいかなくなっていますが、身軽な別動部隊である分艦隊は先行できており、あと少しすれば有力星系の星系軍が到着するという状況です。


「ま、やはりここは距離があるからな。いざって時は全住民を疎開する他無いって準備していたのさ」


 大佐曰く「共生宇宙軍は機械帝国の動向を長期間に渡り、何度もシミュレーションすることで、戦略縦深を活かした防衛策を整えていた」とのことでした。


「戦略縦深……シミュレーション………………」


 なんだかいろいろなことを教わったデュークは考えを整理しようとして、龍骨あたまの中のコードを整理するのですが、なかなかまとまらない上に、龍骨の中にあるご先祖さまは「準加盟星系を縦深として――それに変わる経済支援と緊急時の権利じゃったかな? ようわからんのじゃが」とか「難しいことは考えるな、感じるのだデューク!」などと無責任なことを言っているような気がします。


「ふぇ……ふぇ……ふぇ……」


 小難しい話を言い聞かされたデュークがふぇぇぇと言いながら、なんとなく分かったような気持ちになろうともしようとしている時でした。ピーン! と強力なレーザーが彼の受信機に到達します。


「あっ! 味方艦からの通信が入ってます」


「ん? 疎開船団について行った部隊の残りか」


「これ艦載母艦のシグナルですよ。ええと、発リュヴィエル・ゼータクト准将、宛分艦隊司令官カークライト少将って……」


「ああ、提督は棺桶に入ってるってのが伝わっとらんな。なんと説明するかな。ううむ、気が滅入るなぁ」


 そう言ったラスカー大佐は「俺がでるから、映像通信を繋いでくれ」と言いデュークに通信レーザーを放つように命令します。この手の電子的通信手段というものは、デュークの得意とするところで、距離的にもかなり接近してきたため、すぐさま映像通信体制が構築されました。


「ゼータクト准将、こちらはラスカー大佐です。現在旗艦デューク・オブ・スノーの指揮は私が執っています」


「む、参謀が指揮だと? 提督はどうした」


 映像通信に現れたゼータクト准将――美形の多いことで知られるルルマニアンの中でも一等地抜けた美貌を持つ彼女がビシリとした口調で詰るように訪ねてくるものですから、ラスカー大佐は「きっつい人だなぁ」と思いつつこう答えるのです。


「提督は戦死されました。今は棺桶コフィンの中に入っておられます」


「なにっ、死んだだとっ?!」


 驚愕の事実に准将の目が丸くなり――ついで鋭いものに変わりました。


「何が起きたっ?!」


 そして彼女の目は紅い血のような光を放ち始めました。サイキックである彼女が感情を爆発させ、思念波能力が顕現しているのです。


「お、落ち着いてください……」


「馬鹿者、これが落ち着いていられるかっ!」


 ゼータクト准将が目をギラギラさせながら、どういう思念波効果なのかわかりませんが、軍帽がブワリと吹き飛ばしブワリと髪の毛を逆立せました。彼女の周囲はなにやら紅い炎のようなオーラが出ているものですから、大佐は「うわぁ……映像通信なのにすっごい威圧感を感じるんですけどぉ……」と身をすくませました。


「早く説明するのだ、このアライグマ!」


 ラスカー大佐は「そら、俺はアライグマだけどさぁ……」などと思いながら、そこは優秀な参謀将校として「要約するとこうなります」と、カクカクシカジカとメカロニアとの戦い――最終防衛ラインを構築し、10倍の敵を食い止めるために提督が何を行ったか経緯について、かいつまんで説明しました。


「幸いなことに、カラダの損傷は少ないので賦活装置に入れば復活できる余地は残されております。ニンゲン族は生命力が高い傾向にあるので――」


 共生知性体連合の医療技術は恒星間勢力の中でも相当に優れたものです。仮に死亡が確認されたとしても死亡時の状態が良く、また寿命が残っていれば医療用ナノマシンの大量投入とか、サイキックパワー全開の回復施術とか、サイボーグ化手術などを用いて復活できる可能性があるのです。


「ならば、何故すぐに実行しない!」


 賦活装置を用いた蘇生処置は早ければ早いほど可能性が高まります。肉体的には停滞状態に入っているのですが、思念波的な何かとか魂や霊的な問題が生じない内に、すみやかに施術を行うのが大原則でした。


「ですから先程もお伝えしたとおりこちらは司令部ユニットを失っております。残っていたとしても、そもそもそのような処置は無理です。そもそも、デュークの腹の中で耐え忍んでいる有様なのですよ」


 ラスカー大佐は「我々だって最低限の医療措置しか取れていません」と砕け折れた右手をプラプラさせながら説明しました。彼にしても右手を粉砕骨折し、高加速による肉離れを起こし、ついでに睡眠も取らずの長時間勤務と、相当に疲弊している状態なのです。


「むっ……そうか、すまんな」


 提督が死んだという知らせを聞いて動揺した准将でしたが、負傷したラスカー大佐の説明を聞いて納得したようで、どこぞの戦闘民族が放つようなオーラをスパッと止めて謝罪しました。


「他、負傷者多数です。そちらに移乗させてもよろしいでしょうか」


「こちらから行く――待機せよ」


 准将はそうとだけ告げると映像をバシャリと遮断しました。


「……なんです、あの准将」


「ん? んまぁ、いろいろあるんだ。大人の事情ってやつさ。ふぅ、あとはゴッド・セイブ・ザ・クイーンズがこちらに来るまでの辛抱だ」


 そう言った大佐は「まぁ、あとの面倒はあの准将に任せればいいか」と肩の荷が降りたという風を見せました。大佐は高級軍人として教育を受けた優れた将校でしたが相当に疲弊しており、今後について格上の上級指揮官に責任をいろいろと押し付けたいという気分だったのです。


「あの母艦で提督をナノマシン漬けにすれば復活できるんですね?」


「そうだな。艦載母艦の医療施設は首都星系の大病院なみのレベルなんだ」


 航宙戦闘機どころか駆逐艦や巡洋艦すら整備することのできる艦母には、大都市並みの設備が整っており、移動根拠地とも言える戦略兵器でした。


「提督もそこで――んっ?」


 艦載母艦からの通信に引き続き通信波が入電し、500隻余りの艦艇が発生させる複数の赤外線反応を検知したことを示すサインが現れました。


「おっと、これはクイフォア・ホウデン――トクシン和尚様の部隊からだな。あちらも避退してきたか」


「数は250隻か、かなりやられちゃいましたね。残った艦もボロボロだなぁ」


 戦神の僧侶――元共生宇宙軍大学教授トクシンに率いられていた400隻のトクシン部隊は、その戦力を半数近くまでに減らし、残存艦艇も相当の被害を受けています。


「だが数倍以上の敵を相手にあれだけ奮戦してその上困難な撤退戦をこなしてきたんのに、これだけの損害で済んだということは、あの猫の和尚様はやはり化け物じみた指揮能力を持っているんだよ」


 そのようにして、これまで散り散りに行動を続けてきた分艦隊の面々が星系外縁部で集結を始めたのです。

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