第260話 補給終了
「よし、補給終了して出発の準備をしろ」
「でも80パーセントですよ。満タンにしたかったんなぁ」
軌道プラントから推進剤を供給――傍から見ていると強奪にも等しい勢いでゴキュゴキュしたデュークは、その巨大な燃料タンクの80パーセントまでを満たしています。これは通常であれば、10の星系を渡り歩くに十分な量でした。
「何言っとる。並の戦艦ならば数隻分、いや10隻分は飲んでおいて……腹八分の方が美容と健康にはちょうどいいんだぞ」
「腹八分かぁ……」
そう言われたデュークですが、まだ口に咥えたパイプを離さず、出発ギリギリまで推進剤を飲み続けるつもりでした。食に対する意地汚さはすべてに龍骨の民共通するところがあります。
「いい加減にしろ、そろそろ出るぞ!」
「ふぇ……仕方ないなぁ……」
デュークは名残惜しそうにパイプを離すと、軌道プラントの側面をクレーンでポンと押して距離を取りました。
「じゃ、加速を開始しますけど、格納庫内は大丈夫ですか? 一応できるだけ慣性制御しますけど、あまり期待しないでください」
司令部ユニットを喪失し、優秀な慣性制御装置がない今、デューク自体に備わる重力制御装置で格納庫に居るクルー達を守らなければなりません。
「艦載AIにサポートさせるから心配するな。それに艦載服にもある程度の対G装備が付いているから、戦闘出力で大加速してかまわん」
そう言ったラスカー大佐は、デュークの推進方向とは反対側の壁面にカラダを押し付けます。他のクルー達も同様にして耐高重力態勢を取りながら「さぁ、ぶん回せ!」と言ったり、「くくく、私の故郷は平均的な惑星の3倍の重力があるんだ」とうそぶいたり、「お、お手やわらかに」と耐加速用戦闘薬を飲んだりと準備万端な様子です。
「始めます――縮退炉定格出力、推進器官予熱順調、プラズマ生成開始しますっ! 艦載AIさん、慣性制御おまかせします」
デュークは推進器官に力を入れると、縮退炉から供給される大電力を用いて冷え冷えの複合燃料を温め、量子力学的な力を持つQプラズマを発生させ始めます。同時にデュークの副脳に潜り込んだ機械知性が「OK」と端的に応え、デュークのアシストを始めました。
「噴射開始まで10秒!」
「総員耐G態勢を確認しろっ!」
点火までのカウントダウンが始まり、クルーたちは思い思いの態勢で耐G加速の姿勢を取っています。その多くは壁面を床代わりにするという一般的なものですが、一部の高重力耐性のあるクルーなどは「ヘイヘイ、カモ――ン!」ななど、腕組みをしながら仁王立ちという余裕をぶちかましていました。
「5、4、3、2、1――行きます!」
「おうっ、行け!」
デュークは「
「|発進――――っ!!」
と吐き出し、ガツンとした5Gほどの加速を開始します。
「戦闘加速だ、3秒間隔で0.1Gずつ上げろ!」
「了解!」
それは1分後ごとに2Gの加速がつくという、星系内航行の手順としてはかなり荒っぽいものですが、デュークは軍艦であり客船ではりませんから当然とも言える行動でした。そして2分ほども経過すれば「現在、10G加速中!」という状況に入ります。
「うわぁ、格納庫内の重力が3Gまで上昇してる……艦載AIさん、慣性制御を強化してください!」
デュークは「艦内の重力勾配を緩やかなものに」と艦載AIにお願いしました。龍骨の民である彼は慣性制御を使わずとも100G加速に耐えうる強靭なカラダを持っていますが、中にいるクルー達はそうでもないのです。
デュークの加速が50Gを超えた頃には、艦内の見かけ上の重力は10Gほどまで上昇しています。クルーたちは「うおお、いつにも増してキツイ!」と奥歯を噛み締めて耐え、「しおしおのぱ~~バタンキュゥ~~」などと気絶して医療用ナノマシンのお世話になったりしています。「フハハハハ!」と仁王立ちを継続しているクルーの膝はガクガクと震えていますから、そのうち限界がくるでしょう。
「くっ……艦内各員、艦載服の耐Gジェルを確認しろっ! 重巡バーンの乗員は大丈夫か?! クロガネはちゃんと固定されているな?」
「こちら重巡バーン、慣性制御順調」
「こちらクロガネ。ぬるま湯みたいな加速だ。接合部の強度も問題なし」
ラスカー大佐は各艦の情況を確認し「まだいけそうだな――よしっデューク、あと20Gまでなら加速していい!」と命じました。これはかなり危険な行為ではありましたが、敵の主力が迫りつつある今、大加速を継続することが必要だったのです。
「アイアイサー!」
そのようにしてデューク達はゴルモア星系外縁部へ向けてスタコラサッサと逃走を始めました。
それから10時間後――――いくらかの小惑星と星系中枢に比べて希薄な星間物質しか存在しない星系外縁部で、デュークは僚艦たちが合流を果たすことになります。
「ミ・カーサとサルボウも到着しているな……だが、おかしい。味方救援艦隊との邂逅予想ポイントに来たのに影も形もない」
「どこにもいませんねぇ……」
主力が足止めされて出遅れてしまった共生宇宙軍ですが、複数の星系軍を中心とした臨時編成の艦隊が救援に向かっているという情報は確かなものだったはずです。でも、その到達予想時刻になっても、味方の艦隊は姿を現しませんでした。
「ううむ……数時間後には星系外縁部に敵軍が来襲する、か。まずいな」
デュークの副脳に入った艦載AIは大幅な性能低下状態にありますが、ある程度の戦況予報であれば問題なくこなせています。それを確かめたラスカー大佐は渋い顔をして「これではゴルモアで抵抗線を張るという戦略が崩れる……」と呟きました。
「それって問題なんですか? ゴルモアの民間の人たちはみんな脱出したのだから、僕らも撤退すればいいんじゃないですか」
「それをやると、この後がキツくなるんだ」
ラスカー大佐は、携帯用指揮装置を介して、戦略概要図――ゴルモア星系近傍の星図を提示します。
「ここが、俺たちが今いるゴルモアだな。後方星系に向けての超空間航路が存在しないからスターライン航法が頼みとなるのだが、ゴルモアからはここと、ここ、それにここの三つの星系へスターライン航法が可能だ。わかるか?」
「はぁ、それはわかりますけど……………」
「どこも住民がほとんどおらん星系だが、その先が問題でな。三つの星系からは更に九つのスターライン先があるから、行き先の選択肢が増えるんだ。そうなると、敵の進路の予想が困難になる」
「困難に……」
「さらに二つばかりジャンプすれば、それなりの人口を有する連合加盟星系があるし、有力な超空間航路の口まで存在する。だからゴルモアで抵抗線を敷いて、その間に戦力を集め、決戦を仕掛けるというのが共生宇宙軍の戦略なんだ」
「戦略…………」
「状況が状況だから、ゴルモアの先にある三つの星系で防衛戦を敷くことも想定されているが、これは下策だな。戦力が三分割されてしまう上に、侵攻方向について自由度が高まり過ぎる。そもそも有効な防衛戦を敷くことができない。となれば――」
「あのぉ、つまりその……」
「つまりだな、ゴルモアに防衛線を張ることが一番の上策で、次善の策として後方三星系での防衛という線も考慮されとる。だが、それは戦略上の悪手――消耗戦に各個撃破の機会まで敵に与えてしまうのだ。そうなれば戦線が抜かれる可能性すらあるぞ。補給が続くかは別にして、連合内海――有力星系の勢力下にある恒星間ネットワークにダメージを与える可能性も無視できない」
「ふぇ……難しいなぁ……」
ラスカー大佐は軍大学で正規の参謀教育まで終えた士官ですから、共生知性体連合と共生宇宙軍が取りうる戦略について深い理解を持てっているのですが、デュークは航法云々のところしかわかりませんでした。そういうことについてはデュークは勉強していないし、龍骨の民という生き物の多くは、面倒な作戦とか策謀などが苦手なのです。
「いかんなデューク。お前は戦艦ではないか――戦艦といったら戦略兵器だぞ。それが戦略を知らんというのは、問題だぞ」
「で、でも教えてもらったことがないし……」
「ばぁか、今教えてやってるだろが、学べ学べ。戦場にいるだけで学べることは多いんだ。そんでもって何となくでいいから理解できたと思い込め、そうすりゃ多少は理解できるってもんだ」
よくよく考えて見れば今は亡きカークライト提督(蘇生待ち)や、ラスカー大佐(右手完全骨折)という高級軍人と一緒に戦うということは、お金を出しても得られるものではないほどの実践的な教育の場でした。
「なるほど――――わかったような気がします! そうすることにします!」
デュークが「理解完了です! 多分!」と元気な笑みを浮かべると、ラスカー大佐は「おうぅ、良かったな!」と苦笑いしながら応えました
「ところで、軌道プラントとの通信はどうなっている?」
「ええとレーザー通信は維持できてますけれど、そろそろガス惑星の影に入ります。それに敵艦艇が近づいてますよ」
「ふむ、どうしたものかな……」
軌道プラントに近づくメカロニア軍の概略位置を確かめたラスカー大佐は「決断せねばならんか」と呟いたのです。
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