第259話 軌道プラントにて

「わぁ推進剤だ! 推進剤がたくさんありますよ!」


 ガス惑星の軌道上に設置されていた軌道プラントは、ゴルモア星系の疎開が始まったときから稼働を停止していましたが、貯蔵庫には無尽蔵とも思える推進剤ジュースが残っていました。


「戦時徴用ぉ――――! ここにある推進剤はゴルモア星府の資産だが遠慮はなしだ! たらふく、しこたま、浴びるほど飲め!」


「はい!」


 勢い勇んで巨大な燃料パイプを口に咥えたデュークはゴキュゴキュゴキュ! と燃料補給を開始します。脇では装甲艦クロガネも「俺もご相伴に預かるかな……おお、冷え冷え新鮮で、こいつはうまい!」とジュースを飲み干しました。


「燃料補給完了まで2時間か、敵さんも気づいてはいるだろう逃げ切れそうだ」


 ラスカー大佐は敵の追撃が予想される時間を読み切り、デュークの腹が完全に満ちるまでプラントに留まる腹積もりでした。そして燃料補給は七割程が終わったところで、デュークのセンサが通信波を捉えます。


「あ、味方艦が来ます!」


 ピンピン! とした通信波に乗った共生宇宙軍の基本的な通信コードは、味方艦からの映像データでした。それをデュークが副脳に打ち込んでエンコードをかけると――


「キシャァァァァァァァァァァァ!」


 という化け物じみた鳴き声を上げる、どうみても完全に化け物な姿を見せる生物が大きな口を開いてヨダレをダラダラ垂らす光景が映りました。


「うぉ、いきなりドアップはやめてください。心臓に悪いです」


「おっとすまんな。カメラの位置が悪かったもんで」


 ひさしに共生宇宙軍のマークがペインティングがされた共生宇宙軍の将校用帽子をかぶったバケモノ、もとい農耕民族ヒャクショウのザクラー大佐がカメラの位置を調整します。ゴルモア最終防衛ラインの右翼を担当していたザクラー大佐以下、戦艦ミカーサと戦艦サルボウがガス惑星の衛星軌道目掛けて歩を進め、通信を送って来たのでした。


「ザクラー大佐、ご無事でしたか」


「無事だべが、燃料が足らんでな。オラ達にも推進剤を分けてくんろ」


「それは良いですが、送り狼は付いてはおりますまいな?」


「残った機動爆雷マキビシをありったけ置いてきたから、大丈夫だんべ――お、引っかったみたいだでな。ほれ、爆発しとる」


 共生宇宙軍のセンシングユニットはかなり遠方で爆発的な赤外線反応が発生するのを捉えています。ザクラー大佐が設置した機動爆雷――敵艦が近づくと対消滅ブス―スターを用いた大加速の後、強力な爆発によって大量の弾片を撒き散らす兵器が炸裂しているのです。


「焦っておるんかな? ではなければ、ドアホじゃのぉ」


 ザクラー大佐は醜悪な口元からブジュリとヨダレを垂らしながら「キシャァァァァァッ!」と高笑いします。ラスカー大佐は「傍から見ているとバケモノにしか見えんが、この人優秀だなぁ」などと思いました。


「それでは、プラントに接舷されますか?」


「いや、戦闘でかなりダメージをうけとるんでな。足を止めると、推進機関が止まる恐れがあるんよ」


 ザクラー大佐の座乗する戦艦ミ・カーサは5倍になる敵艦それも精鋭を相手にして中破程度のダメージ受け、無視できない被害が推進機関に生じていたのです。


「プラントの大質量電磁加速器マスドライバで、燃料タンクを射出してくんろ。磁場ネットで回収して補給するべ」


「わかりました。しかしあれですな。5倍の敵を相手に、その程度の損害でよく抑えられましたなぁ」


「なにいっとるべ、そっちの旗艦に比べれば簡単なお仕事だったでよ。ただ、流石にあんたらの手助けまではできんかったけども」


 そう言ったザクラー大佐は「手助けできんで、申し訳ない」と黒光りする頭部をペコリと下げました。外見は極めて醜悪なバケモノな彼ですが、中身は気のいい田舎の叔父さんのような性格でした。


「そうですか――――おい、ジョヴァンニ、そっちはどうだ?」


 ラスカー大佐は戦艦ミ・カーサに随伴する戦艦の主に尋ねます。すると別の通信映像がポップし、共生宇宙軍のジャケットを袖を通さずマントの様に羽織った牛から進化したヒューマノイド――ジョヴァンニ中佐が姿を現しました。


「こちらも機関を落とせません。ザクラー大佐の艦に同行します」


 中佐はモッチャモッチャと反芻しながら「手酷いことになっとりますから」と端的に応えました。


「ああん? 見たところ全くほとんどダメージを受けていないようだが」


 ジョヴァンニ中佐の戦艦のデータを確かめたラスカーは、その装甲にあまり傷がついていないことに首をかしげました。


「いえ、外見はともかく――」

 

 ジョヴァンニ中佐は朴訥とした口調で「むしろ状態は悪いです」と、五分刈りの頭をカリカリとかきました。


「どういうことだジョヴァンニ――というか他人行儀な口調をやめろよ」


「そうか?」


 士官学校の同期生であったラスカー大佐がタメ口で尋ねると、中佐は口調をあらため「縮退炉に悪影響が出とる。本艦装備の新型艦外障壁の影響で高負荷がかかったんだ。たぶん、縮退炉の火を落としたら、二度と臨界できんよ」と説明しました。


 ジョヴァンニ中佐が座乗する新鋭艦サルボウは新しい形式の艦外障壁を装備していたため、小破程度のダメージしか受けていなかったのですが縮退炉に不調を抱えているといたのです。


「新型障壁だと、第三種因果律干渉帯乱数調整シールドとうことか?!」


「ああ、性能は良いんだが改善点が多すぎる。かなり怪しげな機構をしているもんでなぁ。被弾率を10パーセントまで低下させるが、これほど縮退炉に悪影響が出るとはな。使わなければ、あの戦場でやられていたかもしれんが。とにかく、本艦はこのままの進路を取るぞ――」


 ジョヴァンニ中佐は「もさげねが、あめゆきとちてや悪いが、液体水素の補給を頼む」と彼の故郷の言葉で補給を要請しました。


「了解、進路上に残存する推進剤を詰めたコンテナを射出する。ザクラー大佐、こちらはあと少しで補給が完了しますので、先で合流しましょう」


「了解だべ」


 ザクラー大佐は肉を引き裂くような恐ろしげな爪――実のところ、畑を耕す為に進化した天然のすきを丸めてスパリと敬礼すると、スクリーンから消えてゆきました。


「よし、マスドライバを稼働させろ」


 ラスカー大佐はプラントに設置されている電磁加速装置を使い、燃料の詰まったコンテナを一航過してゆく二隻の進路上に放ちます。これにより二隻は星系外縁部への避退がかのうとなるでしょう。


「よし、これでこの星系にいる部隊は全部逃げられそうだな……うん?」


 艦載服――共生宇宙軍の正式硬質宇宙服の状態を確かめたラスカー大佐が「換気が悪いな」と呟きます。彼の艦載服にはコンパクトな上に相当な高性能な生命維持装置が装着されているのですが、二酸化炭素の割合がわずかに上がっていたのです。


「大丈夫ですか。二酸化炭素が多くなると大佐みたいな種族は大変なことになるのでしょう?」


 推進剤をゴキュゴキュ飲み干し続けるデュークが尋ね、大佐は「1日やそこらは保つはずだ――」と答えます。


「それより補給はどれくらいで終わりそうだデューク」


「あと30分貰えれば、満載になりますよ――あっ!?」 


 ジュルジュルと推進剤を飲み干していたデュークの視覚素子に大量の熱源反応が入ります。同時にラスカー大佐の携帯型指揮ユニットからもティコーン! としたアラームが鳴りました。


「大佐、敵です。1000隻位の敵がこちらに向かってます! 多分、メカロニア本隊の艦艇ですよ」


「むっ、本隊だと? 追撃ではなく、軌道プラントの確保が目的だな」


「プラントを守る為に、迎撃しますか?」


「おいおい、お前が万全な状態であっても一隻でやり会える数じゃない」


 大佐は「敵に追いつかれる前に逃げ出そう」と、デュークには即時加速可能状態へ移行せよと命じたのです。

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