第258話 ガス惑星の軌道上へ

「ゴクゴクゴク……」


 デュークが重巡洋艦バーンに残った推進剤をごくごくと飲んでいます。現状まともな推進力を持っているのは彼だけなのです。


「う、もう終わりかぁ。足しにはなったけど、満タンには程遠いや」


 デュークとくらべて積載量の限られたバーンの余剰推進剤はあっという間に底をついてしまいます。


「お前の図体じゃ不足だろうな」


 随伴する装甲艦クロガネが「俺の血も使うか?」と液体水素の提供を申し出ます。龍骨の民は一時的であれば、献血のように液体水素を按分することも可能でした。


「だ、大丈夫です。お腹は足らないけれど、次の目的地までは十分ですよ」


「そうか、じゃぁこのまま牽引、よろしくな」


 装甲艦クロガネの手を引いたデュークはガス惑星に向かうコースを疾走します。デュークのカラダには、クロガネとバーンの質量が加わっていますが余剰の推進剤を受け取り余裕のできたデュークの推進力ならばどうというほどのものではありません。


「しかしお前、推進器官はともかく、他が随分ボロボロだな。どれだけこき使われたらそうなるんだ? 装甲板なんてあちこち融解したり、黒焦げになってるぞ」


「あれ? クロガネさん、僕が見えているんですね。視覚素子が回復したんだ!」


 アーナンケ初期防衛戦において視覚素子にダメージを受けて視界を潰されていたクロガネですが、今はデュークのことがはっきりと見えていたのです。


「ああ、視覚素子は基部が残っていたし、こいつの傷は治りが早いからな」


 龍骨の民の生体器官は、部位によって回復速度が違いました。常に高エネルギー放射線常に晒されている彼らの目は多少の傷を受けても速やかに修復が行われるように進化しているのです。


「完全に喪失しなければ治るんですよね」


「根こそぎぶっ飛んじまったら、治らんがな」


 テストベッツの老骨艦ベッカリアのように視覚素子の機能を完全に喪失することもあるのです。


「俺の足も完全に喪失しちまったから。もう治らんのだ」


「でも、サイボーグ化手術を受ければどうにかなるって聞きましたけど」


「それなぁ……成功率に相当な個体差があるんだ。カラダん中のナノマシンや、縮退炉に適合するように外部機器を調整するのは難しいんだと」


 龍骨の民は器官の多くを外部機器で補うことが可能でしたが、サイボーグ化技術といっても万全なものではなく、免疫機構であるナノマシンの具合によっては受け付けないこともあるのです。


「特に推進器官の総とっかえは、縮退炉の次に可能性が低いんだ」


「へぇ……」


 そう言ったクロガネは「十中八九飛べなくなるだろうな……飛べないフネ……ただのドンガラかァ」と悲しげに呟きました。


「ドンガラ……えっと、仮にそうなったら、どうなるんですか?」


「まぁ、宇宙要塞の砲兵とか、航宙管制官に配置換えだな」


 龍骨の民は飛べなくなったとしても、その武装や探知能力を活かした働き先があるのです。その強大な砲戦能力は要塞における対艦戦闘の要になるでしょうし、彼らの優れた探知能力や電波管制能力は、各地の管制ステーションで引く手数多となること間違いなしです。


「だが、そんな生き方は、俺みたいな重装甲艦にとっては、面白くないものだよ」


「クロガネさんの装甲はたしかに分厚いですからね」


 デュークと比較すればサイズの小さいクロガネですが、彼は500メートル級の重装甲艦であり、その正面装甲はデュークのそれ以上の厚みがあるのです。彼は「防御性能を活かして最前線を支えるというって、仕事を40年以上もやってきたんだ」と言いました。


「どんな攻撃でもガンガン跳ね返す宇宙軍の盾が俺なのさ。だが、足がなければそれも無理な話だ」


「他の艦と接合して戦ったらどうなんですか。特設砲艦アーナンケは、クロガネさんがいなければ動かなかったのでしょう?」


「おいおい、こんな無茶な運用は普通ではできないんだぞ」


 クロガネが言うには、今回の戦闘のように極めて限られたシチュエーションでなければ、他の艦と連結するということはあり得ないということなのです。


「まぁ、これで潮時なのかもしれん……手術がうまくいかなかったら、なにか別の仕事を探さんといかんな。それとも士官学校にでもはいるかな……いや、この年から勉強するのは面倒だなぁ」


「あれ、士官学校って士官になるための学校ですよね。でも、クロガネさん大尉の階級を持ってるじゃないですか」


 デュークがクロガネの階級コードを見ると、クロガネ大尉という表記が浮かんでくるのです。


「ああ、それは龍骨星系軍のもので本物の宇宙軍のそれとは違うんだ。宇宙軍だったら、曹長クラスになるんだ」


 軍艦型のフネの大凡が宇宙軍に入隊する龍骨の民は、全員が星系軍からの供出戦力扱いとなっています。そして艦齢に合わせて定期的に星系軍将校として昇進してゆくのですが、それは宇宙軍としてのそれとは別扱いでした。


「宇宙軍で上に行くには士官学校にいかなきゃならん。だが俺はテストってやつが苦手でな、これまで受験したこともないんだ」


「士官学校かぁ…………。ねぇ、クロガネさん、宇宙軍総司令とか宇宙艦隊司令官ってその学校にいかなきゃなれませんか?」


「宇宙軍総司令だって? 何だデューク、お前そんなもんになりたいのか」


「ええと、将来の夢みたいなもので」


「ははは、あんな面倒くさそうな仕事をやりたいなんて、珍しいやつだな」


 龍骨の民の多くのフネは「ご飯食べて、宇宙飛べればいいや」的な感覚があり、多くは宇宙軍を支える下士官のままという者が多いのです。


「なら、若いうちに行っておけよ。そしたら末はあの英雄スノーウインドみたいになれるかもしらん」


「やっぱりそうなんですね!」


 デュークが「テストがあるのか。でも、いかないと行けないんだよなぁ。士官学校かぁ……」などと将来のことを考えてポヤポヤ空想します。


「だが、とにかくそれもこれも根拠地まで戻ることができればの話だ」


「そうですね……あ、そろそろガス惑星への侵入軌道に入ります」


 デュークの視覚素子が巨大ガス惑星を捉えました。それはガス惑星アンゴルモア――質量が不足して恒星になれなかった星であり、由来はアン・ゴルモアゴルモアではないです。


「あそこには、軌道プラントがあるんですよね? 軍用の複合推進剤もあるかな」


「たんまり残っているだろうさ」


 ガス惑星の軌道上には、50年前ゴルモアが準加盟星系になった時に共生知性体連合が建築したプラントが今なお健在だったのです。

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