第255話 撤退の 烽火(のろし)

「右舷ケルベロスが敵巨大ロボと戦闘中! 10名懸かりで当たっていますっ!」

「左舷、司令部要員による応急対処部隊によりなんとか持ちこたていますっ!」

「上方、デュークがクレーンを振るって敵をペシペシと叩いて排除中ですっ!」

「下方、艦載AIの操作する修理ドローンが、敵戦闘艇と高機動戦闘中ですっ!」


 デュークの周囲では、激しい接舷戦闘が続いています。


「あの巨大ロボ――――ケルベロス10名で、やっと互角だと?! 化け物か!」


 接舷戦闘の切り札である特務武装憲兵隊は、ズババ――! ギュン! ドカカカカ! とした華麗なる空間戦闘が繰り広げているのですが、10人懸かりでぶつかってもデュランダルを仕留めることができません。


「くそっ、当てが外れた……」


 投入し得るなかでも最精鋭の部隊が完全に足止めされている様相に、ラスカー大佐は大きなため息を漏らしました。


「おい、上の方はどうだデューク。なんとかならんか?」


「叩いても叩いても湧いて出てきますぅ~~~~! ふぇぇぇ~~~~! 当たらない~~~~!」


 デュークは巨大な腕をフリフリさせて敵兵を殴りつけようとしていますが、的が小さい上にちょこまかと動くものですから、なかなか上手くあたりません。敵を近寄らせないだけでも上出来という所でしょう。


「左舷は陸戦隊で食い止めるのが精一杯かっ!」


 共生宇宙軍は軍艦の乗組員であっても陸戦経験が豊富ですが、なんといっても敵の数が多くてどうにもなりません。


「下方は――――しゅ、修理ドローンって、あんな高機動できたんだなぁ……」


 修理ドローンは非戦闘用ではありますが、艦載AIはそれらを縦横無尽に機動させることで敵の戦闘艇を撹乱していました。でも、さすがに撃墜するのは難しそうです。


「上下左右、どこもかしこも完全な膠着状態か。どうしたものか……」

  

 お互いの戦力が拮抗した状況ですが、ラスカー大佐にはもはや予備戦力は残っていないのです。そのようにして接舷戦闘が10分を経過した頃、遠方の友軍からレーザー通信がもたらされます。


「トクシン和尚の部隊が後退を始めただと?! 敵艦隊主力が戦域に入ったか!?」


 機械帝国の大群を押し留めていたドンファン・ブバイの高僧トクシンの部隊が後退を始めていました。圧倒的な数の敵軍を、優れた作戦能力と限界まで戦闘力を振り絞ることで食い止めていたトクシン部隊には、新しく現れた敵主力に対する力が残っておらす、避退するだけで精一杯だと告げてきたのです。


「くっ――――こちらも撤退するほかない!」


「で、でも、推進剤がないんですよぉぉぉぉっ!」


 デュークには撤退のための推進剤がほとんど残っていませんでした。彼の体内にある液体水素を捻出すれば、僅かな距離であれば星系内航行が加能ですが、星系外への避退など不可能な状態なのです。


「それにこの敵戦艦をどうにかしないと!」


「わかっている!」


 艦首をめり込ませていからこそ、敵艦プロメシオンの攻撃を掣肘できていますが、少しでも距離をおいたら、またぞろレーザー攻撃を受けることになるのです。ラスカー大佐もその事はよくわかっているので「どうにか敵の目をそらして、とにかく離脱だけでもせんと――」とない知恵を振り絞って考えます。


「……よし、デューク。無事な多目的格納庫はいくつある?」


「え、弾薬なんてこれっぽちも残っていませんけど」


「中身はどうでもいい! 稼働する格納庫はいくつだっ?!」


「ふぇ? えっと……」


 デュークが「随分壊されたけれど、500くらいは無事ですよ。中身は空っぽだけど」と答えると、ラスカー大佐は「よぉし、それで十分だ! 十分すぎる!」と喜色を浮かべると、「総員に伝達――60秒後に司令部を放棄する!」と叫んだのです。


 同時刻、デュークの甲板上では――


「ヌォォォォォォォォォッ!」


「くそっ、こいつデカブツのくせに動きがいいっ!」


 ノラ少佐率いる特務武装憲兵隊の精鋭と巨大ロボと化したデュランダル男爵の激闘が続いています。


「ええい、こいつを喰らえ!」


「むっ…………!」


 ノラ少佐は装甲服の腰部に装着した手榴弾をデュランダルの頭部めがけて投じると、電光石火の早業でマシンピストルを引き抜き、タタン! と射抜きました。それを予想していたデュランダル男爵は「小癪な!」とハンマーを掲げて爆発を防ぎます。


「もらった――!」


 手榴弾が爆裂した瞬間、成形炸薬弾頭を仕込んだ吸着地雷を抱えた特務武装憲兵が抉るような角度で脇から走り込み、男爵の横腹に叩き込もうとするのですが――


「馬鹿め!」


 それを読んでいたか、男爵はハンマーを振るい脇から突っ込んできた武装憲兵を弾き飛ばしました。彼の視界は360度全てに渡り、すべての視覚情報を的確に処理するだけの優れた電子頭脳を持ち合わせているのです。


「ぬるいわ……」


 デュランダルは、ブシュッ! と軽い呼気を漏らしながら「どうしたどうした10名かかりでも、その程度か!」と嘲笑しました。


 男爵は空間戦闘技術にかけては連合内でも有数の手管を持つケルベロス達を相手に闘いながら笑みを漏らし「さて、暖気も終わったことだ……ここからは本気で相手をしてやる!」などと余裕たっぷりの構えを見せつけました。


「こいつ……」


 精鋭達総掛かりで10分間も攻めあぐねているノラ少佐は、男爵の余裕に僅かな焦燥感を得てしましまいます。彼は「かくなる上は――」と覚悟を決め、「全員、装甲をパージしろ!」と指示しました。


 すると、ケルベロス達はササッとカラダの各所に装着されている外付けのアーマーをバシュッ! と投棄しました。10キロ以上はある超硬合金製のパーツは銃撃戦では比類なき防御力を発揮しますが、パワーアシストを使っていてもカラダの動きを制限する重量があるのです。


「ほぉ、身軽になって勝負ということか……面白い」


 男爵は「グワッハッハッハ!」と哄笑しながら「受けて立とうぞ!」と得物を構えます。するとケルベロスたちはササッと布陣を変更し、男爵に向かって一列横隊を敷きました。


「小隊――ッ!」


 ハンマーを掲げた男爵が「ぐわっはっはっは、横一列で何か必殺の技でも使うのかぁ?」と余裕綽々と身構える前で、ノラ少佐は指揮棒を振り下ろし――


「地面に潜れ!」


 と命じました。


「ああん? ここは戦艦の甲板だぞ。どうやって潜ると――――」


 訝しがる男爵を他所に、装甲をパージして身軽になったケルベロス達は脱兎の如く駆け出して、デュークの各所に備わった多目的格納庫に飛び込んで行ったのです。


「な――――穴蔵に逃げ込みおったかっ?!」


 ノラ少佐は「いつまでも相手をしておられんのでな」と格納庫の中にヒョイッと飛び込みます。扉が自動的にパタリと閉まれば、最早手の出しようがありません。


「こらっ、出てこいっ!」


 男爵は怒りを顕にしながら、手にしたハンマーやらドリルやらを用いて格納庫の扉を破壊しようとするのですが、壊すには時間がかかりそうでした。そもそも、多目的格納庫はデュークの一部なのですから、強固な強度を持っているのです。


「ええい! ならば……司令部を蹂躙してくれるわっ!」


 目標司令部に変更したデュランダルが、司令部ユニットの方を眺めると――


「なにっ、他の乗員も格納庫に潜り込んでおる…………?」


 ユニットから飛び出た敵艦のクルー達は、ケルベロスと同じようにしてデュークの内部に潜り込んでいました。


「自ら袋の鼠になるとは、愚かなり!」


 そしてデュランダルが「爆薬を持って来い! 穴蔵ごと爆砕してくれるわっ!」と工兵を呼びつけたタイミングで、甲板上に固定されていた円形のユニットが分離を始めたのです。


「むっ、なにをする気だ…………?! まさか、あれで脱出する気か?」


 長大なクレーンがググッと伸びて、分離したユニットを上方へ押し出す様子に、男爵は共生宇宙軍が脱出を開始したと思いました。


「しかし、やつらは、このフネの格納庫に逃げておる――――はっ!?」


 そこで男爵は、デュークに残された最後の主砲塔がググッと回転するのに気づき、その砲口の向きを確かめてハッとします。長大な砲身は、プロメシオンを狙うのではなく、艦体から離れてゆく司令部ユニットに指向していたのです。


「ま、まさかっ!?」


 ギュバッ! と重ガンマ線レーザーが放たれた寸前、男爵は「まずい、全員船体の影に避退しろ!」と叫び、開放していた手足をガキョンと収納すると、全力で後退していったのです。

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