第256話 逃げの一手

「よし、最低限だが、指揮機能を確保できたぞ!」


 司令部ユニットを放棄したラスカー大佐はデュークの多目的格納庫――巨大な超長距離星間弾道弾のサイロに指揮所を移し、副脳に間借りした艦載AIを通して指揮を継続していました。


「よし、早速行動開始だっ! 主砲で司令部ユニットを撃て!」


「出力は70パーセントですけど、良いんですね?」


「ああ、それで十分貫徹できるぞ。だが、縮退炉ユニットには直撃させるなよ。周りの機材を巻き込むようにな」


「あのあたりかな? よぉく狙って……よいしょっと!」


 主砲のエネルギー充填率は70パーセントなものですから、あんまり気合の入っていない掛け声でデュークは主砲をぶっ放します。でも、彼が狙ったのは敵艦の分厚い装甲ではなく切り離した司令部ユニットの装甲が薄い部分でしたから――


「あ、貫徹しました!」


 レーザはやすやすと貫通したのです。


「いいぞ、爆発が始まった!」


 硬く防護された縮退炉周りはともかく、補助機関である熱核核融合炉やら分裂炉はガンマ線レーザーの直撃に耐えることできません。その上、隔壁の全てを開放していた司令部ユニットは内部から自壊しながら連続的な爆発を見せていました。


「ふぇぇ……すごいことになっちゃたなぁ」


「眺めてないで、艦首を引き抜け!」


「あ、はい!」


 デュークはクレーンをプロメシオンの装甲に当てると、グッと押すようにして敵艦にブッ刺さっていた艦首をズボリと引き抜きました。


「司令部ユニットが爆発するぞ!」


 デュークが僅かに残った艦外障壁を展開すると同時に、盛大な噴煙を上げていた司令部ユニットはドカン! と大爆発すると装甲やら構造体を撒き散らし、デュークの艦体に衝撃を加えました。


「ふ、ふぇぇぇぇぇぇ~~~~~~~~!?」


「うぉぉぉぉっ! 計算よりも威力があるな!」


 デュークの艦外障壁は至近距離の爆発をなんとか持ちこたえるのですが、艦体構造物の破片を大量に被弾してその勢いでドカッ! と吹き飛ばされるのです。同じ様にして至近距離で爆発を受け止めた敵艦プロメシオンも変な方向に向けて吹き飛ばされていました。


「チャンスだ! 今なら敵も混乱して追撃できん――ここは逃げの一手だ!」


「き、緊急噴射します!」


 爆発の影響を受けてしっちゃかめっちゃかになりながら、デュークは体内に僅かに残った推進剤を噴射して敵艦から距離を取り始めます。僅かに残った軍用複合推進剤は噴射時間にして60秒弱しかありませんが、ラスカー大佐は「全てを使いきれっ!」と最後の一滴になるまで全力噴射せよと命じます。


「噴射時間、残り40秒――」


「いいぞ、速度が乗ってきた!」


 残りの推進剤が20秒を切ったところで、敵艦との距離は中距離砲戦を行う程度のものとなります。


「噴射時間残り10秒です――敵艦はまだ撃って来ませんか?」


「ああ、それどころじゃなさそうだ。盛大に炎上してやがる――鎮火するのに時間がかかるな、こいつは思ったよりも上手くいったな」


 司令部ユニットが至近で爆裂させたおかげで、敵艦プロメシオンは相当な被害が発生し、デュークの追撃などできないのです。


「だが、もう少し距離を取らんといかん」


「で、でも推進剤がもうありません!」


 今現在は追撃が無いとは言え、安全圏まで避退するにはさらなる推進が必要でした。でも、アーナンケを離れた時には満タンだった燃料タンクは、完全に空っぽとなり、Qプラズマ推進器官はプシュンとも言わなくなっているのです。


「お前、カラダの中に液体水素が入ってるだろ? それを使って推進するんだ」


「あ、献血推進ですか……あまりやりたくないんですけど」


 龍骨の民の血液は液体水素であり、推進器官に投入すれば推進力とすることが可能でした。これを献血推進と呼称するのですが、デュークはイマイチ乗り気ではありません。


「なんていうかカラダに悪いんです」


 液体水素は体内組織の維持のために必要なものですから、あまり使いすぎると大変健康に悪いのです。デュークは幼生体の頃に「最後の手段なのじゃ」と教えられて、献血推進の練習をした時の、カラダから液体水素がズゾゾゾゾゾゾと抜けてゆく嫌ぁな感覚を思い出していました。


「ああん? 20パーセントまでならセーフだろ」


「う、よく知ってますね」


「そら龍骨の民は共生宇宙軍の軍人であるとともに軍の兵器だからな。スペックや機能はかなり広く知られているんだ」


「仕方ないなぁ……でも、進路はどっちに取るんですか? 献血推進したところであまり速度は出せませんよ。最高速度になっても、味方のいる星系外縁部に到達するまでに1年はかかります」


 デュークはカラダの中の血液を20パーセント使ったらどれくらいの速度になるか計算し、この場から逃げられたとしても最終的には敵に追いつかれると予想しました。


「わかっとる。だから直接星系外縁部には向かわない」


 カタカタと携帯用の指揮端末を操作したラスカー大佐は「この進路を取れ、ゴルモア第五番惑星に向かうのだ」と指示してきます。


「それって、アーナンケが避退に使ったやつですね」


 デュークは視覚素子を伸ばすと、ゴルモア星系第五番惑星――アーナンケが避退する為に疑似スターライン航法の起点として用いた巨大ガス惑星を見つめます。


「うむ、あれを経由する」


「そこから疑似スターライン航法ですか? もう出来ないと思いますよ」


 恒星間の量子的なつながりを利用して超光速推進を行うのがスターライン航法です。それは大変に緻密な計算に基づくもので、普通は巨大なガス惑星レベルでは実施できるものではありません。アーナンケがそれを行えたのは、奇跡的な星のめぐり合わせがあったからこそでした。


「それもわかっとる」


「じゃぁ、なぜあの惑星に?」


「そりゃぁ、あそこはガス惑星――推進剤の製造工場だからだ。共生宇宙軍の技術供与で作られた軌道プラントがあると記録されている」


「へぇ、推進剤ってガス惑星で取れるんだ」


「おい、自分が使っとるものがどこで作られてるかくらい知らんのか」


 生きている宇宙船は専門家でもない限り、そういうことには疎いのです。ラスカー大佐は、ゴルモア第五番惑星――推進剤の供給源を示して「あそこに行けば戦艦一隻分くらいは、燃料が残っているだろうさ」と笑みを浮かべたのです。

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