第344話 誤差、早まるところ15分
デュークとスイキーが司令部ユニットに帰還してから数時間後、リリィと士官候補生たちがミーティングを行っています。
「医療対象者のバイタルはかなり安定したのね」
「ええ、ただ、まだ意識が混濁してうわごとを繰り返すばかりです」
キツネ耳をピンと立てたエクセレーネが「現地語でよくわからないことを繰り返しています」と報告しました。
「深層意識への調査結果は?」
「はい、意識が混濁しているせいかかなり乱れて雑多な情報しかひろえませんでしたが、推論AIに入力して整理させたのがこのデータです」
スクリーンに投影された情報をざっと眺めたリリィは「外惑星条約機構軍所属の駆逐艦乗り、機関室の技術将校ね」と口にしました。
「他の情報を鑑みるに、どうやら内惑星群と外惑星群の勢力が戦争しているということね」
「はい、星系の内側と外側が戦争状態にあるというのは、星系内文明にありがちな構図――惑星外進出後の定番ルートのようなものです。強力な帝国型国家が惑星統一を成し遂げてからであれば回避することもあるのですが」
「おお、俺たちペンギンのご先祖様達がそうだったな」
スイキーが「おれ達は、群れたがりで、同じ方向を向くのが好きだからなぁ……」と苦笑いしてから「デュークのところはどうだった?」と尋ねます。
「ええと、マザーから産まれる生き物だから、それはつまりマザーがどこからやって来たのかってこと? 僕は知らないなぁ」
「私もよ、おばあちゃんたちに聞いても『そんなんマザーにでも聞いとくれ』としか答えてくれなかったわ――つまりに、誰も知らないのかも」
「ボクはご先祖様に尋ねたことがあるんだけど~~、『ワシに聞かれても知らんがな。そんなことよりばあさん、メシはまだか?』って言うから、おじいさん、さっき食べたでしょって答えておいた~~!」
龍骨の民にとってもマザーは出所が全くわからないという、結構珍しいタイプの生き物でした。
「とまれ、内惑星外惑星対立型星系内同族紛争――ありがちな歴史のパターンということです。でも、ちょっと違和感があります。それは内惑星側と外惑星側の勢力が拮抗しすぎています」
「ああ、母星を有する方内側が本来優勢になるのよね。で、外惑星側が力をつけ始めると、内惑星側が力を削ぎにかかるのよね」
それは第四惑星戦役やら第何次外惑星動乱とか、
「内外でやりあうのはいいとして、国力が弱い外惑星側の戦力が整いすぎているのはおかしいです。星系開発が十分に行われているのであれば勢力が均衡、あるいは逆転することもあるのですが……」
「クワワ、そこまで行ったらすでに未開星系といわねーぜ」
星系内が充実する頃には少なくとも対消滅技術レベルが必要であり、それがあれば恒星間に飛び出す力があるのですから、もう未開星系とは言えません。
「そしてもう一つおかしなところがあります。スイカード達がエンジンルームを調べたところ、彼らの航行技術はサイキックを用いた疑似的な核融合とみられます」
実のところそれ自体はあり得ないことではありませんが、エクセレーネは続けてこう言いました。
「あれだけの艦船を動かすには損耗も含めて、相当な能力者が必要です。それに武装もおおよそは思念波兵器、ということとはすべてのフネに100名近い能力者がいることになるのですから――――」
エクセレーネは「種族全体もしく大部分がAクラス以上の思念波能力者という可能性があります」と締めくくりました。
「ふむ……」
エクセレーネの言葉を受けたリリィは「それこそあり得ない話だわね」と、両の手をスリスリさせながら考え込みます。
「誰かが介入しているということ? 方法はわかるかしら」
「介入は間違いありませんが、方法となると……」
「野放図な遺伝子改造を繰り返したとしたらどうだ? 連合じゃご法度だがな」
「それは理論的にはあり得るのだけれど、普通に100万年単位の時間が掛かるわ。1000世代かけても思念波能力ってそれほどあがらないの」
思念波能力は長い進化の末に種族的特性というレベルで発現するものでした。
「ふむ…………」
そこでリリィは少しばかり黙考してからデュークに向き直り「デューク候補生、あなたの意見は?」と尋ねます。
「ええと…………思念波云々はよくわかりません」
最近のデュークは分からないものであってもなんとか理解しようと努力する傾向にあるのですが、思念波については「わからない」と告げました。
「ああ、ごめんなさい、思念波云々はともかく、偵察に出て気づいたことはなにかあるかしら?」
「あ、それだったらあるんです。星系内の惑星を観測していたら、星の位置や公転速度が微妙にズレるんです」
「重力異常かなにか――現地住民がやたらめったら破裂させた核の影響で測定誤差が出たのかしら?」
「いいえ、実はこの星系についてから違和感があって、それに彼らの戦闘が終わってからも続いています。そして、これって近傍の天体だけそうなんです」
デュークは「この星系の星座はデータとして持っていますが、それには影響がありません」と説明しました。
「なんていうか、まるでこの星系内の時間だけが場所によって変化しているような……。そんな感じがしたんです」
「む、時間が変化しているとはどういうこと?」
「ええと、それで変だなって思って、僕の本体とのクロックを見たら、僕らの時間が数秒早くなっていて…………ええと、説明が難しいなぁ…………そうだスイキー、君の時計をだしてよ!」
「ん? 俺のこいつか?」
時計を出してと言われたスイキーは愛用しているパイロットウォッチを取り出しました。これはペンギンのフリッパーにもうまくフィットし、装甲宇宙服を着ていてもはめられるという戦闘機乗り用の軍用アイテムです。
「しかも、こいつはゾウが乗っても壊れないし、戦艦の主砲に三秒は耐えられるという頑丈なやつで、優秀なパイロットにしか……」
「スイキー、ゾウの事はどうでもいいから、とにかく時間を教えてよ」
「ああ…………司令部ユニットの時計はと…………」
スイキーは司令部ユニットの柱についている軍用時計――見た目は小学校の教室にもあるようなそれを眺めます。
「なっ⁈ 俺の時計が、15分も進んでいるぜ!? あ、ありえねぇ、こいつは1年にプラスマイナス1秒の誤差もでないんだぞ!」
実のところ、彼の持つ時計の外見はアナログですが、中身はの機構は原子や分子の振動をもとに動くという無駄に精緻な原子時計でした。
「そ、それがこんなにズレるなんて」
コクピットに乗っていたときは「秒とか誤差だよ誤差。デュークも変に細かいところを気にするな」などと気にもしていなかったスイキーですが、帰還したところでそれが15分も狂っていたことに気づくと――
「なんだか気味が悪いが……」
と、青ざめた顔をしながら「時間が変化しているのは間違い、ねぇ……」と嗚咽一歩手前の鳴き声を上げる他なかったのです。
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