第345話 原因探求
「こちらに戻ってからは変化はないわね?」
「はい、本体のクロックと完全に同期しています。コンマ数秒の誤差もありません」
「ふむ、時間変化は星系内部で強くなるか。重力異常や次元断層がないのにそれが観測できるということは……」
リリィは「原因はまずありそうなのはサイキック関連かしらねぇ。エクセレーネ候補生、その可能性はあるかしら?」と尋ねました。
「はい、サイキックによる時間操作は可能です」
エクセレーネはそう断言してから「しかし現実的ではありません」と否定し、このように続けます。
「サイキックにとっても時間操作は非常に難度が高く、共生知生体連合のサイキックの中でも指で数えられるほどしか使用者がいません」
「なるほど、それほど貴重な才能ってことだから、種族全体がサイキックであったとしても、時間操作能力者が存在する可能性はかなり低いということね」
「はい、それに能力は限定的なものだと聞いています。複数の惑星の運行に影響を与えることはあり得ません」
時間操作能力者を万のオーダーで連れてくれば可能なのかもしれませんが、銀河のすべてを総ざらいしてもそれは無理な話でした。
「可能性はない、と……」
リリィはエクセレーネの回答に頷くと「別の原因は考えられるかしら」と他の意見を求め、「なんでもいいわ、あてずっぽうの山勘でもいいから。そうね、女の勘ということでナワリン候補生、答えて」と言いました。
ナワリンは「ええっ……私!?」などといいながらも、このように答えます。
「ええと…………例えば、宇宙に潜む怪異かなにかが悪さをしていると……超空間航路に潜んでいた歌の妖怪は空間を歪ませるようなことしてたから……それに似たような感じで、こう時間を……」
「ふむ、超空間航路の怪物シェリーナね。確かにアレは空間操作系の化け物――実際のところ時間の流れを変えてくる怪異も存在するわね。でも、あれは超空間の中でしか存在できないのよねぇ…………」
リリィはナワリンをフォローしつつ、やんわりと否定しました。それを聞いていたペトラは「怪異~~? ん~~もしかしたら~~」とヒントを得たような顔になっています。
「じゃぁ、ペトラ候補生、あなたの女の勘は?」
「深く淀んだ深淵に潜む邪悪で醜悪な高次元生物やら古の支配者を名乗ったりそう呼ばれたりする神的存在がいるって聞いた事がありますぅ~~! そういうのがいるのかも~~!」
「ああ、現実世界に影響を与える厄介な存在ね。でもね、それがもしいたら、星系の外からでもおぞけを振るうような悪寒がするはずなのよ」
リリィは「そうなったら、共生知生体連合正規艦隊が惑星や恒星ごと吹き飛ばす手はずになってるわ」と真顔でいいました。実のところ、共生宇宙軍はそのような事態に備えて、星系ごと爆砕することもいとわない苛烈な手段を有しています。
「では――――そこで艦首をねじりこんでいるデューク候補生の意見は?」
「ええと、時間ってことで考えていたのですけれど、なにかの物質が作用しているとは考えられませんか。たしか時間に作用したり、影響を受けたりする物質がありますよね」
「吸時性オチオモリン、発時性チンチロリンなどのレアメタルね」
「はい、この星系内にはそう言ったマテリアルの大鉱床があるのかも。それが星系の時間に影響を与えているとか」
デュークは近衛潜水艦隊司令部でノルチラス少将のお茶会にて時間を先行して状態を変化させるというマテリアルがあったことを思い出し、それに近い物質が星系内に影響を与えているのではと仮説を立てたのです。
「物質的な自然現象ということね、それは魅力的な仮説ね。ただ、惑星を動かすだけの時間影響物質が存在する可能性はあるかしら?」
リリィは「あれはあまりにも貴重なレアメタルで、連合領域でもわずか数か所でも
でしか産出されない特別なものなのよ」と説明しました。それを聞いたスイキーは「アレは俺っちのペンギン帝国の採鉱惑星でも取れますが、年間1トンくらいしかとれません」と補足しました。
「へぇ、ノルチラス少将に飲ませて貰ったあれは、すごく貴重な品だったんだねぇ」
「残念だわ。あれが沢山あったら、甘いお茶が飲み放題だったのにね」
「ボクらのお給料じゃ買えないんだよぉ~~!」
デュークらがオチオモリンを砂糖みたいに使ったいう話を聞いたスイキーは「ホントにお前らってば何でも口にするんだなぁ……」などとあきれ顔になりました。
「では、スイカードの意見は?」
「は、自分としては、なんらかの魔法なのだと思います」
「魔法? 魔法とはあの魔法のこと?」
「はい、奇術や手品のようなものではなく、形而上学的な意味合いを持つ超常現象のことです」
スイキーがそんなことを真顔で続けるものですから、なにか含みがあるなと思ったリリィは「それはどういう意味かしら?」と続きを促します。
「時間を操るなんてのはサイキックでも難しいものです。星系レベルでそれをやるなんてのは、魔法のようなもしかありません」
「しかし、思念波能力を除く時空間操作能力は否定されているわ。迷信やまやかしだったり、思念波を科学的に分離できていない文明の陥る罠みたいなものだわ」
「ええ、ですが、この世に魔法は存在するのです。まぁ、裏を返せば、という前置きが付きますが」
そう言ったスイキーは「こういう格言があります」と言いました。
「それは?」
「”進んだ科学は魔法と同じ”、というものです」
その格言はニンゲン族の高名な科学者で小説家でもあり未来予測の天才の元軍人が残した言葉であり、ニンゲン族の亡命者が共生知生体にもたらしたもので、正しくは「十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない」という表現です。
「進んだ科学――ははぁ、技術的ななにかが介在しているということね」
「はい、しかし残念なことに、星系レベルで時間操作が可能な技術を持つ勢力は現在の既知宇宙に存在していません」
「現在の既知宇宙ね。でも、昔の人は、超空間を固定したり、恒星間を瞬時に転送する装置を作ったりする科学力を持っていたと、つまりこの星系には上代人の遺物が存在しているというわけね」
「はい、自分はそう推定します」
スイキーの推論を聞いた言ったリリィはしばらく考え込むと「そうよね、それが一番可能性が高いものね」と呟き――
「そうなると」
と、両手をスリスリさせはじめ、「面倒だわ、面倒だわ。まかり間違って現実改変型の遺物であるとしたら厄介だわ」などと不穏なセリフを漏らしました。
そしてリリィは両手を火を噴きそうなほどにこすり合わせながら沈思黙考します。こんなの時の彼女の脳細胞はオーバーヒートするくらいにメラメラと働いているのでした。
そんな彼女の姿に、候補生らは「おっと、リリィ教官がゾーンに入ったぜ」とか、「脳みそフル回転ね」やら、「最適解――指揮官の決断を考えているんだなぁ」と期待の眼差しで見つめたり、「アライグマってホント手をスリスリするのが好きねぇ」とか「ラスカーのおっちゃんも同じだったね~~」などと、傍から見ているほかありません。
そして、全力でスリスリを行っていた彼女は、おもむろに眼差しを上げると「あちち、こすり過ぎた……」などと言いながら――
「面倒なことは専門家に丸投げするのが一番ね」
と朗らかな笑みを浮かべたのです。
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