第343話 降着装置
「さて、試験かどうかは別として、あなたの考えを聞かせて」
「イエスマム、まだ可能性のレベルですが――」
慎重に前置きしたエクセレーネはこのように続けます。
「監察官が虚偽の報告書を書いたという可能性、いえ、この場合はそう考えるべきでしょう。200年ほど前の事ですが、似た様な事態がありました」
「それを知っているとは、さすが歴史に造詣が深いわね」
リリィは口の端を上げながら、両の手をスリスリさせ「それはどのような事態だったかしら?」と尋ねました。
「未開星系への意図的干渉です」
「正解。200年前に連合監察官がそれを行ったのはまぎれもない事実。では、その原因については知っているかしら?」
「いいえ、一介の候補生が知り得る情報ではありません。この手の問題は執政府の機密事項ですから」
「それもそうね――では、推論で構わないわ」
「ええと、連合監察官が個人的な趣味でそういうことをすることは考えにくい――監察官は執政府の中でもエリートコースですから、そんな面倒を抱えてこむなんてありません」
エクセレーネはあり得ない事態だと断言し「そもそも連合監察官は心理的テストを何重にも掛けられた知生体です」と言いました。
「そのような方が、どうにかなるとすれば……」
そこでエクセレーネはいくつかの推論を持ち出すのですが、リリィ教官は「あり得ない話ではないけれど」などと納得してくれません。彼女はなまじ歴史に造詣が深いだけに、あり得なさそうであり得る事態についても含蓄があり、明確な答えを出すことができなかったのです。
そんな中、なにやら小難しい話が続き、横ちょで聞いているナワリン達は――
「リリィ教官とエクセレーネ先輩ってば、なんだかむずかしい話をしてるわねぇ。答えがなさそうで……でも、あるのかしら?」
「でも、ないかもしれないし~~あってもどうにもならないのかもぉ~~!」
などと、のほほんとしていたのですが――
「あら、ナワリン候補生、ペトラ候補生、良いこというわね。それが正解」
「「えっ……」」
リリィ教官がいきなり「正解」などとOKを出してくるものですから、「ど、どこが正解だかわからないわ」とか「ボクなにかやっちゃいましたぁ~~⁈」と目を白黒させました。
そのやり取りを聞いていたエクセレーネは――
「あ、なるほど、答えがない、どうにもならないかもしれない。そういう事態ということですね。いけない、固定観念にとらわれていたわ」
などと納得のいった面持ちになるのです。
「ま、そうなるように誘導していたのだけれどね」
リリィはペロッと舌を出して古だぬきっぽいしたたかな笑みを浮かべました。実のところ彼女は40代前半なおばさんですが、アライグマな愛嬌のある顔立ちでそれをやられると怒る気にもならないのは種族的な利点なのかもしれません。
「そして、このような面倒で厄介なことになるのが確実な事態に陥った場合、最悪のケースを想定して行動することになるの」
そう言ったリリィは「やりたくはないけれど、やる事は一つなのよ。それがたとえ共生宇宙軍による全力……」
と、リリィがなにやら不穏な発言をしようとしたときです。司令部ユニットにピピピッとしたシグナルが入り――
「IFFシグナルを感知、これはペンドラ1の物です」
高速で近づくペンドラ1――ペンギンとドラゴンなどという安直なコールサインを持つ艦載機を感知したことを告げました。
「スイカード達が戻ってきたわね。なにをするにしても、まずは彼らを回収してからしましょう」
「あ……ペンドラ1は減速していません。速度成分が光速の50パーセントを超えています。これでは回収できずに星系外に飛び出してしまいます」
光速の50パーセントと言えば秒速約15万キロという星系内航行の制限速度に近く、大減速をしなければ着艦用の重力カタパルトや磁場ネットでは対処が困難な速度です。
「ペンドラ1よりレーザー通信にて入電。あ、これはっ⁈」
レーザー通信を確かめたエクセレーネが「ナノマシン医療ユニットの準備を求めています」といささか慌てた声で伝えます。
「む、医療ユニットということはスイカード候補生に何かあったか?」
医療ユニットは龍骨の民のような機械生命体には使うことがありません。生きている宇宙船が怪我をしたら自力で治すかドックや工場が必要なのです。
「ペンドラ1から続電――両候補生は健在なるも、同乗者である本星系住民のバイタルが悪化、至急医療行為が必要なため減速なしでの回収を求む、とのことです」
「同乗者の本星系の住民?」
「調査中に身柄を確保したということかしらしいのですが、緊急状態――を連呼しています!」
「ふむ…………」
監察艦隊の権限執行中であれば、その監察対象である住民を確保するというのはあまり褒められた行為ではありません。仮に重体ということであってもなるべく干渉をしない方向で対応するのが基本でした。
「だが、この場合、現地住民は確実な情報源になるわね」
リリィは迷いも見せずに「新式の降着装置を使いましょう。すぐ準備して」と即断をくだしました。
「それと医療ユニットの準備も必要か――」
そこで一瞬だけ考え込んだリリィは「ユニットの準備はナワリン・ペトラ両候補生に一任する。ユニットの準備はできるわね?」と尋ねました。
「問題ありません。たしかこの星系の住民ってば、炭素系のヒューマノイドだから、それにあわせた設定で起動しておきます!」
「たとえ死人だとしても無理やり生き返らせるレベルのナノマシンを準備しておきますですぅ~~!」
「ならばよし、いけ」
「「アイアイ!」」
ナワリン達は生きている宇宙船という機械のカラダな生き物ですが、共生宇宙軍においては有機生命体の戦友もおり、その医療支援は龍骨の民だって行うのです。ナワリン達はサッと敬礼すると、司令部ユニットに備わった医療装置を準備すべく、スルスルと駆け出していきました。
「ふふふ、彼女達なかなか使えるわね。さっきも誘導されていなかったとしても、答えがないという答えに自然にたどり着いてたし」
ナワリン達の後ろ姿を見つめていたリリィは「デュークの添え物ってわけでもないのかしらね」などと呟きました。
「あれ、もしかしてリリィ教官。彼女たちをデューク候補生のおまけかと思っていたのですか?」
「その傾向はあると報告は受けているし、それも半分くらい事実だと思っているわ。なにしろデュークについていく理由が、我に続け――俺について来いって言われたってことなんだもの」
「えっと、私もそれは聞いた事があるんですが、個人的な情報ですよ……」
「いいのよ、執政官候補生にプライバシーはないの」
などという会話を続ける中、デューク達の艦載機はグングンと近づき――
「ペンドラ1最終制動、本官直上を指向、あと3分で直行します」
ちょいとばかりスラスタを吹かして軌道を変えて向かってきます。
「降着装置のエネルギー充填完了」
デュークの縮退炉はアイドリング状態でも1都市分くらいの電力を軽々と生み出すものであり、降着装置への充電は極めて速やかに行われます。
「では、カウントダウン開始。あとはオートね。それにしても――」
そう言ったリリィは「光速度の50パーセントともなれば、かなりの減速用の推進剤が必要なのに、電力だけで相殺できるだなんて便利なものよねぇ」と呟きました。
「はい、まずは艦載機を運用する航宙母艦への実装が急務ですが、その次は艦載母艦です」
「駆逐艦クラスの加減速を簡略化できたら、概念機関はこれまでの星系内戦闘の在り方を変えるわね」
デュークに装備されている概念機関式カタパルトは瞬時にに亜光速を与えるだけではなく、逆にその速度を殺すためにも使えるという代物であり、ゆくゆくは駆逐艦サイズの航宙艦に適用することを狙うという、共生宇宙軍の切り札的な兵装として開発が進められていたのです。
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