第342話 正直者と察しがいい子は嫌いじゃない

「戦場における艦艇間におけるサイキック波を観察していたのです、戦闘中にいくらか欺瞞が乱れていました」


 デュークらが偵察に出た後、指揮官リリィはエクセレーネにサイキック的な観測を継続させつつ、定期的に報告を受けていました。


「意味は分かりませんが、なんらかの通信なのだと思われます」


「なるほど、戦闘中に集中が乱れたかしらね。」


 サイキック能力による通信は、うまいこと遮蔽を行えばその傍受は極めて困難なものになります。そしてその技術は科学力よりも種族的な力によることが多く、A級サイキック能力者であるエクセレーネでも本来的には感知するのが困難なものですが、戦場という特殊環境においては別だったのかもしれません。


「ナワリン、ペトラ、あなた達が観測していた情報は?」


「戦域全体に視覚素子を伸ばしていたけれど、電磁波とレーザーのサイドローブが全く見えませんでした」


「バカバカ爆発する核爆発の赤外線や放射線の影響かと思ったけれど、ボクも通信波を全然拾えなかったよぉ~~」


 ナワリンとペトラは視覚素子を長ーく伸ばして戦場をくまなく超長距離観測していたのですが、レーザーや電磁波による通信が一切見えなかったというのです。


「サイキックによる即時通信が通信手段? サイキックがメインで、光電磁波通信はサブってレベルじゃないのね」


 そう言ったリリィは黒光りする形の良い鼻をヒクヒクさせ両の手をスリスリさせ――


「それはほぼすべての住民が思念波能力を持っており、科学体系の根幹になっているという可能性があるってこと? 共生知生体連合でもそのような種族はいないわ」


 共生知生体連合におけるサイキックとは希少な存在であり、個体数が一桁というような特殊な種族出なければ、全住民が能力持ちというのはあり得ないことでした。


 なお、龍骨の民は思念波でミニチュアを動かしていますが、用途が限られる上本人にしか使えないため、F級思念波能力者=ほぼ無能力者と見なされています。それをナワリン達龍骨の民に聞いたら、「Fランって言われても別にいいわ」とか「ボクたちはフネだから気にしない~~」などと全然気にもしないでしょう。


「さて、これは明らかにおかしいわ。これまでのこの星系の報告書データとの齟齬がひどすぎるわ」


「行方不明の監察官が送信していた定期レポートのことですね」


 士官候補生は各々秘匿命令書を持たされ、その中には星系や種族のデータもあったのですが、そのうち住民のサイキック能力については「優秀な能力者を多数輩出する」と言った程度の情報が記されていました。


「そのほかにね、科学技術レベルに微妙な食い違いがあるわ。外部からの監察だから、ある程度は誤差がでるとはいえ」


「確か武装は核兵器ということですが、本来であればなんらかのエネルギー兵器と考えられる――――そう、表現するべきところです」


 現地勢力は核爆発を用いた戦のやり取りをしていましたが、それは謎の光球を投げつけあうという形ですから、事実と報告書の表現とはいささか趣が違うのです。


「ここの監察官って人は、すっごい面倒くさがりで、適当な事を報告書に書いていたとかは考えられないかなぁ~~?」


 ペトラは「航海日誌って毎日書くのがめんどくさいだよぉ~~!」などと宣いました。彼女の航海日誌には「今日もご飯が美味しかったよぉ~~。あ、今日は敵の軽巡洋艦を一隻沈めましたなんだよぉ~~ほめてほめて~~!」などとしたものです。


「あんたの航海日誌って確かにいい加減だものねぇ……。まぁ、私も他のフネのことはいえないけれど」


 ナワリンの日誌には「今日もご飯が美味しかったわ。そうそう、今日は私の主砲で敵の戦艦に大打撃を与えたのよ、くふふ」みたいな報告書にならないような表現が記されています。


 生きている宇宙船とは基本的に温和で気のいい種族であり、ついでながらどこかが抜けていて、あわせて微妙にいい加減なところがあり、それでもってご飯にメッチャうるさいといと、定評のある生き物でした。


くるぅぅぅぅ苦笑い――龍骨の民の航海日誌って日記みたいなものだものね。でも、あなたたちの日誌と、この報告書とは決定的な違いがあるのよ」


 牙を見せながら可愛らしい苦笑いを見せたリリィは中央士官学校の共感になるような高級軍人ですから、龍骨の民の航海日誌の記述についてそれなりの含蓄をもっています。


「まず、フネという生き物はいい加減なところもあるけれど、基本的に正直な生き物よね。そして、嘘をつかないわね?」


「そうですね、噓つきは恥ですもの」


「ご先祖様もそういってるもんね~~」


 ナワリン達の言葉にリリィは素敵な笑みを浮かべながら「生きている宇宙船のそういうところは嫌いじゃないわねぇ」と言いました。


 実のところ、龍骨の民は嘘をつかないということまた種族的特質として広く理解されていることでした。何しろ龍骨の中で「嘘をつくと末代まで祟るぞ」とか「嘘はだめ、絶対。ご先祖様との約束じゃ」などとご先祖様が騒ぐほどの種族的特質なのです。


「で、その真逆の社会が出自のエクセレーネ候補生――――」


 リリィは今度はキツネ美女のエクセレーネの方を向きながらニッコリを微笑みながら「意見はあるかしら?」と尋ねます。


「つまり、監察官の報告書には嘘がある、ということですね……ええ、わかります。私、嘘を見抜くのは得意ですから……キツネ王国の貴族ですから……」


 嘘をついたり騙したりすることに定評のあるキツネ王国貴族出身なエクセレーネは「二枚舌が芸風なんて、こちらから願い下げなのに」などと、権謀渦巻く故郷の宮廷の事を振り払いつつ、こう言います。


「白々しいミスリード、真実を混ぜた最もらしい嘘、木を隠すには森の中的発想――実は情報開示があったときに、そういう匂いを感じていました」


「ふむ、続けて」


「行方不明の監察官は30年ほどまえに任官し、この報告書は30年ほど前から継続しているものです。初期のころはそうでもないのですが、後になるほど微妙なほころびのようなものが見えます」


「ふむ、続けて」


「屋上屋を重ねて、破綻した――――そんな感じがするんです。だけどリリィ教官、このくらいの事、執政府の情報局がどこかで気づいていたはずですよね?」


「ふむ、続けて」


「もしかして、これも試験の内なんですか? 教官殿」


 エクセレーネが言ったその言葉に監察官であるリリィは「ふむ、続けて」とは言わず――


「察しがいいなエクセレーネ候補生。君のように察しの良い候補生は嫌いではない」


 と、肉食獣そのものである剣呑な笑みを浮かべたのです。

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