第341話 ノコと爆薬
ギョイーンギャリギャリギャリ――! デュークの手元でハンドプラズマカッターがうなりを上げ、金属が溶解し跳ね上がって花火のように巻き上がっています。
「しかしなんだな、電ノコみたいな音がするカッターだぜ……」
「えっと電ノコって、電動のこぎりのことだよね? 原理的には近いのかなぁ?」
デュークが手にしているカッターは、刃先のプラズマに振動を加えることで切れ味をよくするという道具でした。
「でも、これはプラズマのこぎりだから、略したらプラノコだよ」
「プ、プラノコ……なんていうか、ホームセンターで売ってそう名前だな」
「陸戦隊勤務の時に貰った軍用品なんだけどね。シンビオシス・トーア重工製だから、ホームセンターでも売ってるらしいよ」
「なるほど、シンビオ・トーアか。あいつら売れる物はなんでも売るからなぁ……」
シンビオシス・トーア重工は共生宇宙軍の装備の多くを手掛ける大手軍需企業であり、制式ライフルや重戦車、戦艦と言ったザ・兵器! といったものはさすがに民間で売ったりはしないのですが、民生品として使えるものは普通に売っています。
「プラズマ加工のDIYとか彫刻とかが趣味な人には必須のアイテムなんだって」
「ほぉ……」
共生知生体連合における趣味の人は戦艦の装甲板に使われるデュラスチール製の一枚板をぶった切って作業台をハンドメイドしたり、耐熱超硬タングステンを削り出してフィギュアを造形したりするので、プラズマのこぎりは大変重宝されるのです。
「あ……もう刃先がダメになっちゃった」
溶けだした金属はこれまで真っ白い火花を上げていたのですが、それが次第に黄色になってきました。プラズマの温度が下がって溶断性能が下がってきたのです。
「交換、交換っと」
デュークは懐から替えの刃を取り出し交換しました。もちろん壊れた刃先はポイっと口に放り込んでモグモグすることになるのです。
「手こずってるな、まだかかりそうか?」
「ハッチを固定しているこの遮蔽棒を切り落とせば終わりだよ。それにしてもえらく頑丈な材質をしているね。装甲板よりも手ごわいや」
「ほぉ、装甲板よりも材質が良いか?」
「うん、プラノコでもスパスパ切れないレベルだから」
プラズマというものは大体1000度から5000度の温度をもっており、デュークのプラノコの最大出力は約3500度――共生知生体連合の一般的な耐熱合金をなんとか溶断できるようになっています。
「つまり、このマテリアルは共生知生体連合の耐熱合金に近い性能があることになってことか」
「うん、共生知生体連合の民間船に使われてる構造材くらいの強度はあるかもね」
刃先を変えて作業を再開したデュークは溶解した金属をペロリと舐めて分析し「味も良いし、結構レベルの高い合金だね」と言いました。
「なるほど、民間船とはいえ恒星間宇宙船と同じレベルの合金を作れるってことは、冶金技術の最大値はそれなりのレベルにあるんだろうね。でも、なんで装甲に使わないのだろう?」
「そらあれだ。大量生産できないからだろうな。ここらじゃ貴重品ってことだ」
スイキー「作れるのとしても、そんな簡単にほいほい使えないってことだな」と続けました。冶金技術というものは大量生産できるか、できないかで意味がだいぶ変ってくるものです。
「そんな貴重なマテリアルで厳重に防護してあるってことは、この先が主機室なんだろうね」
恒星間航行種族であろうと、星系内航行種族であろうと、軍艦の命綱であるエンジンは最大の防御が施される場所の一つでした。縮退炉を実現している恒星間文明ともなれば、主機室の周りを主装甲板以上の防御で固めることも普通に行われています。
「デューク、お前さんの心臓部も同じなのか?」
「僕らの縮退炉は結構フレキシブルに動くんだ。まぁ、肋殻と隔壁で厳重に防護してあのだけれど…………っと、そろそろ溶断できそう………………」
デュークは「……よし、切れた!」と言いながら、超高熱の火花から視覚素子を防護していた
「あれ……開かない……」
ハッチの取っ手を握って揺さぶったデュークですが、ガタガタとする音がするだけで開きません。
「溶断した金属が隙間に残ってくっ付いてしまったんじゃねーか?」
「やはり本職のようにはいかないなぁ……じゃぁ、これを使おう」
デュークは懐からなにやら小さなカプセルを取り出しながら「じゃじゃーん! ドコサイクノニトロナノキュバン電子励起爆薬~~!」などと宣い、カプセルを開けました。
「ん、どこかで聞いた事のある名前だぜ……」
「軍用の高性能爆薬の一つだね。戦闘工兵の必須アイテムだよ」
カプセルを開いたデュークは、なかにある黒い粉末の匂いを嗅ぎながら――
「ニトロニトロ、とてもいいニトロの香りがするなぁ」
などと薄笑いをうかべました。ドコサイクノニトロナノキュバンは22個のニトロ基と8個の炭素原子構造を持つとんでもなく高性能の爆薬で、いい匂いがするのです。
「おい、お前、今爆弾が大好きなテロリストか、爆破処理班のプロフェッショナルみたいな笑みを浮かべていたぞ……変なところで変な癖をもらったもんだ」
「それも経験値ってものだと思うけれどね――あと、これって香りだけじゃなくて、美味しいんだよ。なんていうか羊羹みたいな甘い味がするんだ」
「お、お前、食ったことあるのかよ」
「舐めたことがあるだけだよ。滅茶苦茶高いんだって」
ドコサイクノニトロナノキュバンは同じ重さの貴金属の100倍のお値段がするという代物でしたが、デュークは陸戦隊勤務の際、戦闘工兵やら爆弾処理班の真似事をしたときにチロリと味見をしていたようです。
「まぁなんでもいい、それで爆破するんだな?」
「うん、ハッチが溶着しているけれど強度は落ちてるから。問題ないはず」
デュークはカプセルから取り出した爆薬――粉末状のそれをハッチの隙間にサラサラと流し込みました。
「随分と荒っぽい設置方法じゃねーか」
「ナノニトロは知性化爆薬でもあるからね。勝手に爆破対象のウィークポイントに潜り込んでくれるんだ。味方に影響が出ないようにうまい具合に炸裂してくれるし。このまま爆破しても僕らには影響がないはずだけど――」
「いやいや、さすがにそれは怖いってもんだ。どこか物陰に入ろうぜ」
「まぁそうだよねぇ」
そうしてデューク達は物陰に身を隠し、爆破の時を待ったのです。
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