第228話 戦神の僧伽、あるいは元中将

水雷戦隊かれらは助かる……と?」


「うむ、進路の先にあるものが彼らを救うのだ」


 カークライトが指示した水雷戦隊の進路の先には、重力の異常により空間に亀裂が入り、超空間からのエーテルが吹き出すアノマリーな存在――


「あっ、あれはっ!?」


 分艦隊がこの星系に来るために利用した空間の隙間が映っていたのです。思いもかけぬ位置にそのようなものがあることに、ラスカー大佐は驚愕の声を上げるほかありません。


「彼らは、あそこに逃げ込むつもりなのだ」


 カークライト提督は「彼らは次元断裂の存在を前提に、突撃の進路を計算していたのだろう」と続けました。


「なるほど、全て計算づくの行動だったのですな!」


 水雷戦隊は次元断裂へ向かって真っ直ぐに進んでおり、追っ手が掛かっても最小限の推進剤だけで先に侵入することが十分可能に見えるのです。


「あそこに入ればエーテル内での重力スラスタ推進が可能だ。探せば水素だまりもあるだろうから補給も出来るだろう」


「もし、敵が侵入してきた場合は、あの特殊な環境を利用して敵を叩く事ができる……なんてこった、そこまで計算しているのか!」


 次元断裂には次元超獣が存在していますが、軽艦艇ばかりの彼らならば優速を活かしてこれを回避しつつ、機械帝国の追撃部隊になすりつけることも可能です。


「これはおそらくあの白饅頭族の水雷戦隊司令官の発案だろう。彼は随分と柔軟な頭を持っているのだ。そうであればこそ、ヴィップ・デ・マルオ准将に水雷戦隊をまかせたのだよ」


 カークライト提督は「ふふふ」と満足気な笑いを浮かべ、ラスカー大佐は「おおお!」と手を打って喜色を表しました。司令部内のスタッフ達も「あの白饅頭やるじゃないか!」「やる時はやる男だなぁ」「さすが二次元に嫁がいる変態紳士は違うぜ!」などと称賛の声を上げています。


「これで水雷戦隊の方は問題がなくなった。敵の残りはどれほどだ?」


「こちらに向かってくる戦力は約1500隻ほどです。ステルシ―な艦艇がまだ数百隻ほど存在するとの予測ですから、2000隻と見積もるべきでしょう。水雷戦隊のおかげでかなり楽になりました」


 ラスカー大佐は「とはいえ、追撃を受けることは必定です」とも報告しました。


「いつ、追いつかれる?」


「はい、追ってくる敵の速度からして――――」


 ラスカー大佐は「現状のままでは、3時間後に射程圏内に捉えられます。疑似スターライン航法を開始するまでに、少なくとも5時間ほどは攻撃を受けることになります」と報告をします。


「よろしい、予定通り直掩部隊を使ってアーナンケ後方に防衛ラインを引く。指揮官予定者を呼び出コールしてくれ」


「はっ、重巡洋艦クイフォア・ホウデンに繋ぎます」


 しばらくすると、司令部のスクリーンに仰々しい装飾が施された重巡の姿が浮かび、艦の映像の上にポンと円形の枠が飛び出し、戦場神ドンファン・ブバイの高僧であるチェシャネコ族のトクシン和尚の姿が現れました。


「これはこれはカークライト殿。水雷戦隊の皆様は大層な奮闘ぶりであったとか、良き配下をお持ちですにゃあ。南無砲連想――」


 ネコの和尚は手のひらで顔をなでながら、ドンファン・ブバイ教会式の挨拶を紡ぎます。なお、南無とは「帰依」するという意味で、「砲連想」とは常に心に大砲を持てという意味であり、常在戦場・見敵必殺という武神の教えを端的に表すものです。


「南無砲連想――和尚様」


 カークライト提督はドンファン・ブバイの信者ではありませんが、武人としてその教えを有り難いものだと考えていますから、丁寧な発音で和尚に返答しました。。


「ほっほっほ、それで拙僧になにか御用ですかにゃ?」


「追撃部隊を叩くための直掩部隊の指揮をお願いします。本来であればこのような軍属の方への指揮権移譲はありえないことですが、上級指揮官が不足しておりますれば――ご寛恕」


 トクシン和尚は軍人ではない軍属である従軍坊主ですが、共生宇宙軍に協力するドンファン・ブバイ教会の三大冥王――序列第二位の高位にあるため、准将格での待遇を得ています。ですが、その組織の特性上、正規軍の指揮をとるようなことは、極めて異例なことでした。


「ご寛恕もなにも、拙僧は戦神のしもべですぞ。戦いに勝る喜びはありませぬ――その上、これは共生という概念を護るという正義の戦なのです。大変な功徳が積めるというものですにゃぁ!」


 ドンファン・ブバイ教会は、共生知性体連合や共生宇宙軍に協力して宇宙の平和を目指すという団体であり、戦争の神様を崇めている関係上、あちこちの戦場で「南無南無、功徳功徳」などと言いながら戦いに参加してくる武闘集団の側面を色濃く持っています。


「それは重畳――直掩部隊の編成ですが、戦力は大型艦50隻、中型艦350隻となります。和尚様には役不足な戦力やもしれませぬが……」


「なになに、別にクイフォア・ホウデン単艦で行けと言われても、問題ありませぬ。いえ、むしろ喜んで行きますにゃん! 」


 そして和尚はと破れ鐘のような重低音で「くくく、単艦突撃」と笑みを浮かべ――


「常在戦場・見敵必殺・単艦突撃――!」


 などと読経を始めました。彼の背後にいるクイフォア・ホウデンのクルー立ち――これも戦神の僧伽そうぎゃである者たちも声を揃えて念仏を唱えます。


 ドンファン・ブバイのバトルモンク戦僧は、戦神の僧侶であり、その尖兵となる僧兵です。敵が多くなればなるほど心が燃え上がるという人種やつら――戦意と自己犠牲の精神は共生宇宙軍の精鋭部隊を凌ぐほどでした。


「戦神照覧・悪業即斬・一撃必殺・熱核爆裂ッ!」


 なんだか妙な感じもする念仏を唱えている和尚はウッキウキのリズムで読経しながら「ニャーゴニャーゴ!」とダンスし始める始末です。提督の横で会話を聞いていたラスカー大佐などは「うへぇこれが戦争馬鹿ウォーモンガーってやつか……」と、片頬をヒクヒクさせながらドン引きする他ありません。


「ははは、さすがはドンファン・ブバイのバトルモンクですな。ですが、そのお心のみ、有り難く頂戴しますが、手勢を引き連れていただきますぞ」


「おろろ、極めてマジマジと本気なのですが……いたしかたない」


 カークライト提督は苦笑いを浮かべながら、やんわりと「単艦突撃は許可できません」と言ったものですから、和尚はシュンとしてしまいました。


「さて、向こうの戦力ですが――」


「ほっ、こちらのセンサでは大体2000隻と見積もっておりますぞ」


 提督が敵戦力について口にすると、和尚は「当たっておりますかな?」と尋ねるのです。


「はい、司令部の方でもそう見ています」


 クイフォア・ホウデンはきらびやかな外見を持つ戦場教会ですが、外見だけではなく軍艦として相当な能力を持っており、信徒からの寄進を溢れんばかりに使って建造されているため、宇宙軍の基準でスーパーヘビークルーザー超甲巡に相当し、索敵・指揮能力は司令部ユニットに匹敵するものなのです。


「すると戦力差は5倍。ほっほっほ、これはこれは……」


 和尚は微笑みを浮かべながら「がっぷり四つに組み合えば、必敗でしょうにゃぁ!」と鳴き声を上げました。戦力差方程式の第二次法則を単純に当てはめればそうなることが確実なのです。そして――


「まさに天佑神助ぉ! ドンファン・ブバイ様の思し召しぃ! 良き戦場に巡り会えたわっ! よしっ、拙僧にお任せあれ!」


 そのような状況にあっても和尚はまったく戦意を失いませんでした。彼は真ん丸な目を爛々とさせ、口を三日月の形にしながら、呵々大笑するのです。後ろの坊主共も「5倍の敵じゃ、ご褒美じゃ」とか、「功徳功徳大功徳!」などと喜色を浮かべる始末でした。


 そんな様子に、ラスカー大佐などは「ヤヴァイ、この人達、ガチ勢だ」と両頬をヒクヒクヒクとさせました。


「さぁて、それでは直掩部隊の艦艇に関するデータをお譲りいただけますかな?」


 和尚は軽い口調で配下となる艦艇とその乗組員のデータを要望しました。


「はっ、こちらが艦と人員のリストです」


「ほぉ……良いフネ、良い者ばかりを揃えたものじゃ」


 カークライト提督が差し出したデータには、直掩部隊に回す艦艇の詳細な性能と人員の練度などが入っていました。和尚は、そのリストをちらりと見ただけで、直掩部隊の力をおおよそ掴んだようです。


「部隊の陣形など原案はすでにありますが、修正を入れていただいて結構です」


「ほぉん? カークライト殿が作られたものならば、そのままでよろしいが」


「いえ、ここは和尚のお考えをお聞かせください」


 直掩部隊の編成案はすでにできているのですが、指揮を取る者の意見や好みを取り入れる必要があるとカークライト提督が言いました。


「それではお言葉に甘えましょうぞ。では、これをこちらに。あの艦はそちらに――」


 和尚は差し出されたデータを元に、直掩部隊の編成についてササッと修正を始めます。ラスカー大佐は「攻撃に特化した無茶な陣形とか作らんだろうな……」とハラハラしながらそれを見守ります。そして僅かな時間を置いて出来上がった修正案は――


「手堅い……!? いや、相当の柔軟性を兼ね備えているっ?!」


 艦隊や部隊の編成について一家言あるラスカー大佐が驚きの声を上げるほどのものだったのです。


「それに、なんて巧妙なんだ――――――」


 和尚が示した編成案は、攻撃と防御のバランスが高いレベルで調和した手堅いもので、かつ運用の幅がかなり広く相当の柔軟性を持っていたのです。大佐は「こ、これは唯の脳筋思想の持ち主が作れるものではないぞっ!」と、相当に失礼な言葉を漏らすほどの出来でした。


「ほっほっほ、驚かれる程のものではありませぬぞ。参謀殿」


 和尚は軽やかな笑みを浮かべながら、ラスカー大佐の方をスイッと見つめてきます。真ん丸な目は大変に優しげなものですが、その奥にある瞳にはどこか薄ら寒い――冷徹な知性の光が乗っていました。


「大佐も、似たようなものを軍大学で学ばれたはず。艦隊参謀ならば共生宇宙軍の艦隊編成コードを閲覧できる権限があるでしょうから、後で復習しておくとよろしい」


 和尚は「コード123456789というキリの良い番号で登録されているからすぐに見つかりますぞ」と続けました。


「軍、大学……艦隊編成コードっ?!」


 艦隊編成コードとは、艦隊司令官やその参謀にしか触れることのできない、艦隊運用における軍事機密でした。びっくりした大佐は「ど、どういうことでしょうか」と、助けを求めるかのようにカークライト提督に尋ねます。


 そのような様子の大佐を他所に、カークライト提督は一つニヤリとした不敵な笑みを浮かべながら、このようなことを言うのです。


「さすがは共生宇宙軍第一艦隊筆頭参謀、いや共生宇宙軍軍大学の教授であったお方というべきですかな?」


 カークライト提督は訳知り顔で和尚に尋ねると、和尚は「はてさて、なんのことでありますやら?」と否定とも肯定ともつかない鳴き声をあげました。


「私も第一艦隊勤務をしていたことがありまして……軍大学では残念なことに直接ご教授頂けませんでしたが、お手本にさせていただいた艦隊編成コード、戦術コード、そして戦略コードも多いのです――チャールズ・ラトウィッジ元中将」


 カークライト提督は「学ばせていただきました」と頭を下げました。


「ほっ、古い名前を久しぶりに聞きましたにゃぁ」


「も、元中将……第一艦隊筆頭参謀……軍大学教授ですと……」


「大佐、君も軍大学で、幻想世界の猫における生死観測の軍事的応用アリス・シューレディングァ――そんな理論を学んだだろう?」


 その理論は死に猫理論とも言われ、量子力学を軍戦術軍戦略レベルで応用し、様々な軍略を発展させる基盤となった理論なのです。


「ええとそれは、量子力学のところで――あぁ、和尚様はあのラトウィッジ教授なのですかっ!?」


「宇宙軍を離れてから、その名は捨ております。今は戦神に帰依する唯の坊主――トクシンにすぎませぬぞ、ほっほっほ」


 和尚は元はと言えば、共生宇宙軍の中将で、第一艦隊司令部の最高級参謀経験者であり、選ばれ抜かれた高級軍人を教育する軍大学の教授だったのです。


「さて、余談が過ぎましたにゃぁ――」


 高僧は福々しい笑みを浮かべながら、この様に続けます。


「直掩部隊の方はよろしいとして、これほどの戦力を抜いてよろしいのですかな? アーナンケには戦力がほとんど残らないことになりますが?」


 和尚は「不測の事態に対する備えは足りておりますか? 予備戦力はどうされる?」と続けて尋ねてくるのです。戦争において予備戦力を残すということは、参謀教育を受けた者、その教官であったものであれば量子力学を持ち出す必要もないほどの常識でした。


「ご懸念はごもっとも。不測の事態が起きる可能性が有るのであれば、この世界を操る存在は、かならず確率を合わせてくるでしょう。これはアリス・シューレディングァの第二解釈でしたか?」


 アリス・シューレディングァの第二解釈とは、不測の事態が起こる確率が0%以上であればそれは必ず起こるし、むしろ確率が低ければ低いほど実際に起こる確率が高いという、なんとも面倒な現象を方程式化したものです。


「戦場に置いて、面倒事というものは最悪のタイミングで発生し、手ひどい事態を引き起こす――最後の手段はいくつか用意しております」


「ほっ、よく学ばれていますな。なるほど、我が古巣共生宇宙軍は良き指揮官を得ましたな。これならば、安心して戦場へ向かえるというもの」


 カークライト提督の返答に、「ニャァゴ」と満足げな鳴き声を漏らした和尚は「それでは行きます」と告げます。


「良き武人達に、戦神の御加護があらん事を」


「はっ!」


 和尚がドンファン・ブバイ教会特有の言い回しで別れの挨拶をすると、カークライト提督はクッと共生宇宙軍式の返礼を捧げました。そしてスクリーンから満面の笑みを浮かべる猫の姿が消えるのです。


「提督、あの和尚様に、何故指揮を任せるのか全く持って不思議でしたが、そういうことだったのですね」


 スクリーンから和尚の姿が消えた後、ラスカー大佐は「はぁ」とため息を漏らしながら、そう言いました。


「うむ、これが最適解なのだ」


 このようにして、カークライト提督とラスカー大佐は、戦意に溢れすぎた戦神の僧侶――実のところ優れた軍事的能力を持つ先達に、直掩部隊の指揮を安心して任せることが出来たのです。

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