第227話 サラバ、水雷戦隊

「水雷戦隊が、第三次突撃を敢行しました! なんと無茶な、近接武器のみでやりあう気かっ?!」


 水雷戦隊が三度目の襲撃行動――敵側面を削り取るようなコースの終点で大加速を加えて反転、さらなる突撃を開始したとラスカー大佐が報告しました。水雷戦隊は本来であれば予定されていない三度の攻撃を行っているのです。


「予測よりも敵戦力が多い――それを少しでも割くために、無茶も必要だと判断したのだろう。やるならば、とことんやらせる他あるまい」


「むぅ……奴らにはどんな手を使っても良いと伝えてありますからなぁ」


 戦闘状態に入った時点で、すでに通信は妨害されていますから、止めさせる手段はありませんでした。そもそもカークライト提督は、劣勢な状況での阻止行動においておおよそ完全なフリーハンドをマルオ准将に与えていたのです。


「水雷戦隊、敵戦力と接触――凄まじい乱数加速で突っ込んでいます。燃料消費がとんでもないことになっとるでしょう」


 水雷戦隊は前に進む加速だけでなく上下左右へランダムな大噴射を繰り返し、敵の攻撃を交わしながらグングン迫るのですが、その勢いは大量の推進剤が撒き散らせることにより実現しているのです。

 

「これは星系外縁部での合流を諦めて、別星系への避退を企図していますね」


「うむ」


 水雷戦隊はなりふり構わぬ高加速運動を繰り替えし、敵を翻弄しています。しかしこうなると、推進剤の残量からアーナンケと合流することができないのです。


「乱数加速更に強化――むっ、煙幕代わりの推進剤投棄も継続中だと?!」


「ふぅむ、大佐、水雷戦隊の残燃料を確かめろ。AIの予測分析でいい」


 水雷戦隊はさらなる噴射を行い、敵の陣を右へ左へ駆け抜けて最後の最後まで敵に食らいつくのです。その上暗黒物質を添加した推進剤の煙幕を盛大に用いて敵を撹乱してもいたのですから、推進剤の消費は大変なものです。


 提督の命令に、「はい」と応えたラスカー大佐はいつもはスリスリさせている両手でパパパとタイプしました。すると、彼はハッとした表情を見せるのです。


「推進剤を使いすぎています! 突撃後には枯渇間近の艦も出ます!」


「む、燃料の再配分を行うとどうなる?」


 ラスカー大佐はなおも計算を続け「全体であれば残燃料は5パーセント以下です……これではまともに逃げることができません」と告げました。


「そうか、追撃が掛かるかどうかが、彼らの命運を決めるか」


 水雷戦隊は軽艦艇ばかりで構成され、もともと燃料の余裕が余りないのです。その様な状況を掴んだ大佐は「追撃が掛からないといいが……」と呟くのです。現在の状況でそうなれば、大変な事態になることは明らかでした。


「水雷戦隊が敵陣を突破しました――――集結して避退行動に入ります」


 水雷戦隊は突撃発起点からの全力ダッシュを完了し、スゥッと集結を始めた水雷戦隊の様子を眺めたカークライト提督は、「敵軍の動きはどうだ?」と尋ねます。


「混乱していれば追撃の手も出ませんからな。よし、敵軍は少なからず混乱しているようです…………ん?」


 突然、スクリーン上に010101010101とした数字の羅列が写りこみます。大佐は慌ててセキュリティ担当に「敵の電子的な侵入か?」と尋ねるのですが、答えは否であり、発信源は水雷戦隊からだと報告を受けるのです。


「ふむ、水雷戦隊が暗号化していないメッセージを大電力で発信しているのだろう」


”発、共生宇宙軍アーナンケ特設水雷戦隊司令官マルオ准将。宛、機械帝国のお馬鹿さん。数の少ないマルオ達に振り回されてやんの、超ワロス。多分、お前らの頭は電子頭脳じゃなくて、電子無能なんだお? ぎゃはは、腹痛いお。じゃ、スタコラサッサとトンズラさせてもらうお。悔しかっったら、追いかけてくるんだお!”


「これは我々へのものではなく…………て、敵にメッセージを送ってます!」


「ふむ……」


 続いて、他の水雷戦隊長からのメッセージが流れてきます。


”おぅおぅ、ドサンピンども! ワシラの縄張りシマに手ぇ出すから、こないなことなんのや。牙虎組サーベルタイガーズなめたらあかんでぇ”


”手応えがなくって、「失笑」って感じでした――もう大草原不可避です。ねぇどんな気持ち? 今、どんな気持ち?”


スヤァ――――m9(^Д^)プギャ――!”


「えっと、これは…………」


「敵を煽っておるのだ」


「つまり……」


「敵を煽っておるのだよ」


 ラスカー大佐が微妙に混乱しているので、カークライト提督は丁寧な口調で二回説明したのです。


「彼らは敵を誘引しているのだ」


「と、ということは――――あ、敵の一部が追撃に入りました! 水雷戦隊、更に増速してこれを振り切るつもりです。むぅ、燃料が無いのに」


 そこでラスカー大佐は水雷戦隊の残燃料がほとんどない事を思いだし「ま、まずい」と呟いたのです。


「どうされますか、提督?」


「うむ、こちらから援軍と高加速タンカーを派遣してやりたいところだが、今からではまったく意味がない」


 カークライト提督は「いまから何かを送りこんでも無駄だ」と端的な口調で述べます。そして彼は両手を重ね固く握りしめると「彼らは身を挺して敵を引きつけるつもりなのだ」と呟き、ギリッと歯を食いしめたのです。


「なんてこった、もう助からないぞ……」


 ラスカー大佐は軍帽を脱ぐと「数百隻の艦艇が丸ごと……」とおののきの声を上げ、司令部にいるスタッフ達も「あいつら馬鹿だ。逃げるための推進剤まで使いやがって!」「まってくれよ、あそこには俺の弟がいるんだぞ」「さらば水雷屋、ヴァルハラで会おう」などと、激怒や悲嘆や別れの言葉を漏らしたのです。


「くっ、なんて奴らだ。そこまでする義務はないのに……」


 頭の悪そうないメッセージは決死の煽り文句だったことを理解したラスカー大佐は、手にした軍帽をグッと握りめました。


「ふぅむ………」


 司令部の中に重苦しい空気が漂う中、カークライト提督は、軍帽のひさしの下からギロリとした目を覗かせながら、グッとスクリーンを睨みつけます。提督は数秒ほどそうした後に、それまで握りしめていた両の手をハラリと開放し、て司令官席からスルリと立ち上がると、キュッと姿勢を正します。


 その動作を行った提督の顔には感情が全く乗っていないので、隣りにいたラスカー大佐は「ああ、君たちの犠牲は無駄にしないとか、総員敬礼とか、言うのだろうなぁ……」と、なんとも悲しい予測を立てるほどでした。

 

 そして提督は、このように告げます。


「発、共生宇宙軍カークライト准将。宛、共生宇宙軍マルオ准将。勇戦に感謝する、サラバ――そのように電文を送れ」


「よろしいのですか? 妨害を受けてはいますが、ある程度の文章は届けることが可能なのですが……」


 ラスカー大佐が「これから死ぬゆく運命にある水雷戦隊に対してのメッセージとしては端的に過ぎやしないか?」と思ったほどの短文でした。そのことに対して、ちょっとばかり疑問を感じた大佐は僅かに小首をかしげてしまいます。


「大佐……この場合は短い方が彼らのためになるのだ」


 大佐をジロッと眺めた提督は端的にそう言いました。


「こ、これは、申し訳ありません。なるほど、言葉を重ねても死にゆく者達には無用のものということですね」


 心の中を覗かれた思いの大佐は殊勝な面持ちで「不勉強でした」と言いながら、両手をスリスリさせました。


「……死にゆく。ま、軍人だからな、いずれはそうなるやもしれん」


 そう言ったカークライト提督は「ううむ、席に座り続けると、腰が痛くてかなわんな」と腰を回し始めます。


「腰? …………別れのメッセージを送信するのですよね。違いましたか?」


「あぁ、うむ、最後のメッセージになるからな。”この星系”ではだが」


 そう言ったカークライト提督は、今度は肩をグリグリと回しながら「五十肩か、筋トレ不足だな」とぼやきました。


「一応念のため、お聞きしますが……”この世”の間違いでは?」


 提督の不可思議な言葉と行動に、ラスカー大佐はなおも首をかしげます。


「なにを言っておる?」


 カークライト提督はそのように尋ねながら、大佐と合わせ鏡になるように小首をかしげ、そしてそのままグルグルと首を回すストレッチを始めます。


「うむ、いい感じにカラダがほぐれたぞ。カラダが凝っては戦が出来ぬ――とは、誰の言葉だったろうか?」


「はぁ、戦場神ドンファン・ブバイの教えかと」


「そうか――」


 そして、ストレッチ体操を終え少し回復したような顔になったカークライト提督は、「ところで大佐」と前置きしてから――


「何か大きな勘違いをしとらんか?」


 と言ったのです。

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