第226話 青白い顔をした准将閣下

「閣下、縮退炉の異常が危険レベルに達しました。縮退炉を停止します」


「やむをえまい」


 第一打撃戦隊の中核である戦艦デウスの艦橋にて、戦隊指揮官兼デウス艦長アルベルト・アミルカッレ・ティトー准将が、青白い顔に憂鬱な表情を浮かべながら「釜の火を落とせ」と命じました。


「縮退炉停止を確認。融合炉への出力転換の際、照明が落ちます」


 縮退炉から補助エンジンである核融合機関に切り替わる際、電力サージを避けるために、艦内の照明が暗くなるのです。


「おお、デウスの火が落ちる……」


 艦橋の明度が下がるなか、ティトー准将は両の腕を掲げ、青白い手をわななかせながら「なんたることか」などと大仰に天を仰ぎます。


「千年帝国も最早終わりか――――暗い……暗いぞ……」


 この時の彼の口調と仕草は、高位の軍人というよりは、どこぞの帝国――それも首都陥落間近の帝国にいる最高指導者のようにしか見えません。


 それはしたあるいは喜劇役者の演技のようにも感じるのですが、それは実のところ本気の本気なものでした。


「これが神々の黄昏というものか……ヒス君。この悲しみをどうすれば良いのだ?」


 准将は総統病と呼ばれる――どこか別の宇宙で総統と呼ばれていたのに、なにかの拍子でこちらの宇宙に来てしまった――という妄想を発症する奇病に侵されているのです。


「総統閣下。ご安心ください、これは一時的なものですぞ。従兵、従兵、総統閣下にワインをお注ぎしろ」


 重篤な心の病を抱えている自称総統に対し、副官たるアイヒス中佐は「ヒスって略すの止めてほしいんだけどなぁ」と思いつつも、話を合わせてあげたり、従兵を呼んだりしていました。中佐はとんでもなく大変に心の広い人だったのです。


「照明、回復します」


 電源が切り替わったのち、回路が正常に戻ったため、デウスの艦橋にパッと照明が戻りました。煌々とした光を取り戻した艦橋で、息を吹き返した准将閣下は「状況は?」と尋ねます。


「現在、本艦のパワーリソースは核融合による補助電源のみです。生命維持装置の維持に問題はありませんが、推力は数パーセント以下となっています」


「兵装はどうだ?」


「は、コンデンサに残存するエネルギーでは艦首軸線砲が一回だけ使えるだけです」


「ふむ……縮退炉がなければ、武勲の誉れ高きこの戦艦デウスも最早動かんな。もはや連合への義理を果たすこともできん」


 ティトーは、自分が共生知性体連合に間借りしている客将のような物言いで「まったく残念なことだ」と言いきりました。彼の脳内では、そういう設定になっているのだから、しかたがありません。


 そして准将は副長たるアイヒス少佐に顔を向けて、こう尋ねます。


「ヒス君。今後の行動はどうなっていたかね?」


「は、本艦を含む第一打撃戦隊のほとんど――その乗員は全て退艦させます。その後、戦艦デウスらは予定通り、敵の進路に向けて投棄します。電子制御系は全て焼却し、アナログ式自沈装置をセットするためクラッキングの恐れはありません」


投棄される予定の軍艦は、敵軍にハッキングされるのを防ぐため、そのような措置が取られることになっていました。

 

「そうか……投棄とは勿体ないことだな。それに、艦を単に投棄とは、単なる爆撃にしかすぎんぞ――いや、それ以下だ」


 そこでティトー准将はやおら腕組みを始め、「この様な時はどうするべきだったかな」などとブツブツと独り言を始めます。


「閣下……?」


「よし、私は艦に残るぞ――――」


「はぁ?」


 ティトー准将は「私が舵を握れば、最低限の操艦は出来る――最後のエネルギーを使って、少しでも敵を食い止めて見せよう」などと言い始めたのです。


「ふっ、艦長はフネと運命を共にするのが習わしなのだ」


「ああ、そうですか……」


 共生宇宙軍にそのような習慣はありませんが、ナノマシン治療でも取り除けない深刻な妄想癖を持っているとされるティトー准将の中では、そう言うことになっています。


「閣下、それでは、この舵をお譲りします!」


 航海長兼操舵手である少佐が舵から手を話しながらそう言います。彼は戦艦デウス勤務10年のベテランで、艦長の病についてよく知っており、かつ、ノリがいいことで有名でした。


「自ら舵を取り、単身、敵に向かう――――まるで上出来の英雄物語ですぞ!」


「わかっているではないか……フフフ、フハハハッ、フハハハハハッ!」


「それは、ようございましたなぁ。ははは……」


 見事な高笑いをキメた准将は舵を握りしめてご満悦となります。そして副官アイヒス中佐はそれを止めるような事はしないのです。


 彼はこういうとき、准将を無理に止めようとすると、面倒なことになるのを知っているからです。代わりに彼は「衛生兵に鎮静剤を準備させろ。准将に打ち込んで、簀巻きにするからな」と従兵に告げました。


「そうだ、この様な時は、ロープを使ってカラダを舵にくくりつけるのが、古式ゆかしい作法だったな」


 そんな副官を他所にティトー准将は、満面の笑みを浮かべながら、そんな事を言い始めました。彼は手近なところにいるクルーを見つけて、手招きしながらこう告げます。


「そこの赤い顔をした太り過ぎの君」


「へっ、私ですか……?」


 ティトー准将が声を掛けたのは、最近やってきたばかりの新顔クルーである兵装担当のフトッチョフ少佐でした。彼は大変な肥満体であり常に赤ら顔でにやけた面をしている種族的特徴を盛っています。


「酒を飲んでいる暇があるなら、カラダを舵に縛るのを手伝ってはくれんか?」


 フトッチョフ少佐のことがまだよくわかっていないティトー准将は、少佐がいつも酒を飲んでいる、暇なやつくらいに思っているのです。


「別に飲んでいるわけではないのですが……」


 と、当然のことながら少佐はためらい、助けをもとめるように副官アイヒス中佐に目を向けるのですが、中佐は「鎮静剤の準備がまだだ、時間を稼げ」と書かれたボードを掲げています。


 周囲のクルー達も「総統閣下のご命令だぞ!」「話を合わせてやれ!」「可哀想な人なんだ!」という視線を飛ばしてくるので、フトッチョフ少佐はなんとも言えない顔になりながら舵にティトー准将のカラダを固定するのを助けます。


「こ、こんな感じでいかがでしょうか……」


「うむ、しっかりと固定できたな。ありがとうフトッチョフ君。後は私の冥福などを願って、乾杯していてくれたまえ」


 死にゆくつもりのティトー准将は本気の本気で「私の秘蔵のワインを飲んでも構わんぞ?」といいました。


 准将は大変に大真面目な顔でそんなことを言うものですから、フトッチョフ少佐はなんと答えたものかと混乱してしまいます。そして、なにかを言おうとした彼は――


「……ワハハ、こりゃ面白い。総統も相当、御冗談がお好きですなぁ、ははは――」


 などと、よくわからん台詞を吐いてしまいました。それと同時に戦艦デウスの艦橋内に見えることのない電流の様なものが駆け抜けます。


 クルーたちは「お、お前! それは禁句だぞっ!?」「ひぇっ!」と騒ぐと同時に、もの凄く不機嫌そうな顔になった准将は、手元のコンソールに指を掛け「ポチッとな」と言うのです。


「へっ? うわぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 ティトーがボタンを押すと、フトッチョフ少佐が座っている座席ごと、ものすごい勢いで艦橋外に飛び出してゆきました。共生宇宙軍のクルーが座る座席は、緊急時の強制脱出装置になっているのです。


「我が配下に、無粋な男は不要だ」


 ティトー準将はふてぶてしい口調でそう言いました。その光景を眺めていたアイヒス中佐は「射出されたのは何人目だったかな?」などとため息を漏らします。そして「そろそろ、艦長にトランキライザを打ち込む頃合いか」と呟いたその時、手元のディスプレイに通信が入った事に気づきました。


「閣下、閣下、司令部からメッセージが届いております」


「うむ、なに用だ?」


「戦艦デウス以下10隻はアーナンケへ移動し、要塞指揮官ペパード大佐へ協力せよ――です」


「ほぉ?」


「アーナンケの横腹に坑道があるので、そこで待機してほしいとのことです」


「本艦に何をやらせようというのだ……?」


 准将はいぶかるような顔を見せ「まぁいい、命令は命令だ」と言いました。彼はトンデモナイ奇病を抱えていますが、それに釣り合うような相当の実力と経験を持っている軍人です。その上、指揮命令というものについては厳格な姿勢を見せる人ですから、司令部からの命令となれば、それに従うのは当然の事なのです。


 ティトー准将は不敵な笑みを浮かべながら自分の座席に座り直し、メッセージに付されたタイムラインを確認します。


「ヒス君、アーナンケは、5分間だけ加速を緩めるのだな?」


「ええ、融合炉しか使えませんが、それであれば移動するには十分です」


 さらっと頭を切り替えた准将の様子にアイヒス中佐は安堵し、手にしていたトランキライザ入の注射器を引き出しにしまいました。


「あ、閣下。射出してしまったフトッチョフ少佐はどうしましょう?」


「おっと、いかんな」


 准将は「まだその辺りにいるだろう。艦載艇で助けてやれ」と命令を下しました。うかつな言葉を漏らしてしまった彼ですが、それでも戦艦デウスのクルーなのです。

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