第225話 突撃開始、そして――

「第四水雷戦隊、敵右翼へ突撃開始。スヤァ大佐が先駆けました。いやはや、いつも眠っているのに、彼がいつも一番槍です」


「彼は遠視の能力に優れているから、敵を見つけるのが早いんだお。羨ましいお」


 第一水雷戦隊の指令所でどっかりと腰をおろしたマルオ准将が、白くてまんまるな頭をなでながら、敵艦艇に向けて先陣を切ったスヤァ大佐の部隊の様子に苦笑しました。


「よし我々は第二陣だお。本艦が先頭になって、左翼から突撃を開始するんだお」


 マルオ准将は、乗艦である指揮駆逐艦セカンド・チャネンネルを陣形の先端に置くかと尋ねました。それは指揮官先頭による攻撃を意味しており、結構な度胸がいるものです。


「指揮官先頭――ま、あたりきしゃりき車引き当然ですな」


「おぅ、共生宇宙軍の車引駆逐艦乗りの力、見せてやるお」


 白饅頭族というものは、まるっとした体型でプニプニした肌を持っており、見かけはあまり冴えない種族ですが、彼らは歴戦の車引き駆逐艦乗りなのです。白い饅頭頭には、アンコではなく、共生宇宙軍の中でもトップクラスの闘争心が詰まっていました。


「本艦の状況――メイン縮退炉、補機予備臨界状態。Q推進機関、反動質量ブースター準備よし。全兵装全防御装置ステーンバイ。他艦艇もオールグリーン」


「よぉし、全艦、突撃にぃ――――移れっ!」


 配下の全ての艦が準備を整えたことを聞いたマルオ准将は、敢然たる口調で突撃開始を下令します。するとQプラズマ機関を全開にしたフネが振動し始め、大加速が始まります。


「うひょう、敵に向かって加速するこの瞬間――――た、たまらないんだお。くぅ、タマタマがひゅっとして、縮み上がるお――フヒヒヒヒヒ、サーセン」


 加速とともに現れた快い武者震いの感触とともに、マルオ准将はちょっとばかり下品なセリフを漏らしました。


「同感、同感。気を抜くとイキ掛けそうだぞ――フヒヒ、サーセン」


 准将の脇にいるオイナラヤ大佐は、准将の言葉を嗜めるどころかジュルリとヨダレを垂らしながら同意しました。彼も敢闘精神に優れる駆逐艦乗りであり、敵に向かって進み上がる時の恐怖感を克服するどころか、それを楽しめるほどの突撃バカなのです。


 そして同時刻――


「第四が見つけ、第一の親分はんが突っ掛けましたで。いい感じの連携ですわ、奇襲効果を使って散々に叩いとりますな」


 第一水雷戦隊の後続部隊――第二水雷戦隊旗艦シランガナでは、濃いサングラスの下からギラッとした眼光を見せるチオー中佐が戦闘概況の報告を行っています。


「接敵した味方艦からデータがきとりま。ほ、敵軍の数は予想の3割増しですわ。しかし、いまからだと――」


 チオー大佐はポンポンと頭をなでながら「まともにブツカルのは得策やおまへん。ワイら第三陣からは奇襲効果が薄れますから」と苦い顔をするのです。


「なんじゃワレ。数がどうした。あの程度に、イモ引いとん臆病付いたのか」


 敵軍の陣容について慎重な口ぶりのチオー中佐に、テッタロ大佐が長い牙を怒らせながら、ドスの効いた声で尋ねました。


「ふっ、そないなわけありますかいな。やけど、殺るなら一番効率のええ方法で殺るのが性分なんです。なんで、ちっとばかし絵図作戦の筋書きを変えさせてもらいますけど、よろしいでっしゃろか?」


 トラ族というものはかなり気の荒い生き物であり、「臆病者」と言われれば、上司部下の関係でも普通は苛立ちを見せるものです。でも、「非情の白虎」とも呼ばれているチオー中佐は、目を細めて「作戦行動を修正しまっせ」と、なんとも冷徹な声で応えるのです。


「おぅおぅ、またチオーが悪巧みとしとるわ」


「わかりますか?」


「お前がそないな顔しとる時は、ええ知恵見せてくれるからな。ええよ、任せたわ」


「へぇ、絵図はすでに出来上がっとります」


 テッタロ大佐が「おぅ」と鷹揚に告げると、チオー中佐は「直轄のフネ――白虎会のにやらせます。オモロイことになりますよ」と、舌を舐めながら、いくつかの指示を飛ばしたのです。 


 マフィアのボスとその参謀のような会話が聞こえる第二水雷戦隊のやや後方では、後詰めとなっている第三水雷戦隊旗艦でトンキー少尉が悲鳴を上げていました。


「ッ――! 第二水雷戦隊が陣形の修正を始めています! よ、予定にありませんよぉ――!」


「ほぉ、なるほど」


 ニニフ大佐は、手にしたフライパンを羽毛扇子のように口元に当てながら、ふむふむと頷きき、智将との趣を漂わせています。実際のところ、彼は戦場において全体を見渡すことのできる指揮官として名が知られてました。


「突撃を開始した第二水雷戦隊が――――暗黒物質ダークマターを散布していますよ!」


「これは煙幕を撒いているのだね」


「視界がすごく悪くなってます――!」


「切れ者チオー中佐の策だな。だが、問題ないね」


「ハァっ?!」


「むしろ好機なんだ。覚えておくといいよ、味方が変な行動を取ったら大体は奇襲を受けた時なんだが、こちらがやっている場合は、こちらが先手を取っているのさ」


 ニニフ大佐は「ふっ」とした笑みを漏らし、「最大限に活用させてもらうとしよう」と、彼の指揮下に有るフネに対して突撃を命じたのです。


 そのようにして水雷戦隊が凄まじい勢いで突撃を行っている頃――


「ふぅ……疲れてきた……熱くてだるい……」


 デュークは「ぜはぁ」と排気を漏らしていました。彼はかれこれ10数時間以上も、推進器官を全開にしてアーナンケを押し。カラダに貯まる熱も疲労も相当なものになっているのです。


「私達も排熱が怪しくなってきたわね」


「う~~! 龍骨が熱ダレし始めてるよぉ~~!」


 ナワリンたちも「ふぅふぅ」「はぁはぁ」と排気を漏らしています。


「あ、前線の状況データがきたぞ」


 息を上げながら走り続ける彼らに、最前線にいる水雷戦隊からの通信データが飛び込みます。そこには水雷戦隊の戦闘詳報が含まれていまいた。


「うわぁ、あんなに敵がいるのに、突撃をしまくってるぞ」


「なんであんな軽々と突っ込めるのよぉ――――全く理解できないわ」


「ほんと、駆逐艦乗りって根性ある人たちだねぇ~~!」


 デューク達は、水雷戦隊の奮闘ぶりに感心仕切りとなるのです。


「あの人達が、敵を食い止めてくれているんだ……はぁはぁ、僕らもまだまだ頑張らないとね!」


「分かったわ! これ位の熱なんて無視よ無視!」


「うん、頑張ろ~~!」


 最前線の水雷戦隊の戦いぶりを知ったデューク達は、さぁ、これからだとカラダの熱をさらに上げました。


「龍骨の民の少年少女たち――頑張りを見せているな」


「ええ、いい子たちです」


 司令部ユニットにいるカークライト提督とラスカー大佐が、龍骨の民の少年少女の踏ん張りを確かめながら、今後の行動について合議を行っています。


「前線からの戦況データの更新がきました。第一次突撃の効果は――――やはり、十分ではありません」


「やはり、敵軍の追撃の手は緩まんか」


 メカの追撃部隊は、水雷戦隊の猛攻に相当の打撃を受けて居るはずですが、士気が崩壊する様子もないのです。そしてそれらは、粛々とアーナンケを目指して歩みを続けているのです。


「それにしても練度が高いな。メカの本国軍が混じっているのか、指揮官の能力が高いのか……いずれにせよ、第二次攻撃の要ありだな」


「すでに水雷戦隊は、第二次突撃準備を整えています」


「ほぉ、早いな。さすがと言うべきか――だが、その次は期待できんな」


「ええ、補給がありませんので、打撃力を失います。ああ、敷設した機雷原の効果の報告が入りました。かなりのフネを喰いましたが、やはり元々の数が多すぎます。もはやこれ以上の効果は望めません」


「ふむ、やはりこのままではアーナンケがキャッチアップされるか……」


 カークライト提督は「アーナンケが敵の射程に入るのは、いつだ」と尋ねました。


「概ね240分プラスマイナス10分というところです。スターライン可能地点までは、残り300分弱ですから。後方から小一時間ほども叩かれることになります」


「そうか、本来であれば加速を止めて全艦で防御する一手なんだがな……もうすこし加速しないと疑似スターライン航法の可能な時間帯に間に合わんか」


 巨大ガス惑星を利用した疑似スターラインは、その時間に制限があり、いつまでも可能なわけではありませんでした。残り500分でスターライン予定地点に到達せねば、通常航法だけとなり、完全に追撃部隊に捕まる計算なのです。


「時間稼ぎを始めるとしても、敵の中にかなりの戦艦がいます。中型艦艇だけでは、敵の重装艦に対抗できません」


「こちらも戦艦をぶつける他あるまい。推進部隊からいくらか引き抜いて、足止めを行うのだ」


「推進工程と足止めのバランス調整で捻出すると……本当にギリギリになりますよ」


 ラスカー大佐は、ギリギリの工程管理になることの危険性を述べました。


「リスケは君の十八番だろう? あの敵軍に捕まれば、危険もなにも関係が無くなる――かまわん、やれ」


 カークライト提督はこの時、時間と戦力のパラメータを勘案し、最適解がそれしか無いと計算していましたから、かなり強い口調で命令をくだします。


「は、わかりました――」


「それで、縮退炉が安全許容限界を越えたフネは、何隻になった?」


 カークライト提督がそう尋ねると、ラスカー大佐が「縮退炉に異常が発生しているフネは20隻ほどになります」と答えて、こう続けます。


「融合炉だけは動いていますが、おおよそエネルギーを供給出来ませんので、この20隻は戦力にも推進力にもなりません。予定通り、艦そのものを無人爆雷とする作業を進めます」


「うむ、効果は薄いだろうが、目くらまし程度にはなるだろう。フネの使い方としては勿体ない限りだが、いたしかたが…………ん?」


 提督が「ないだろう」と、続ける前に、スクリーンで電子メッセージが届いたことを示すポップアップが表示されるのです。


「アーナンケからメッセージが入っております。これはペパード大佐からです……なになに? なんだこれは、捨てるフネがあるならアーナンケに入れろ、と言っています」


 アーナンケに駐在するペパード大佐から、廃艦予定の艦艇を入港させろと要請が入ったのです。


「ちょっと仮眠を取るから、起きるまでによろしく、だと。ふむ、何をやっているのだろう?」


「わかりませんな。縮退炉が使えぬフネなど、動くことのただの出来ぬドンガラ名なのに……あの恐竜の御仁、何を考えているのでしょう?」


「ふぅむ、だが、彼にはなにか考えがあるようだな……」


 そう言った提督はしばし沈思黙考し、フネをアーナンケに下ろすと、加速にどれだけの影響を与えるかサララと計算を行い「10隻、それが許容範囲だ」と呟くと――


「なにをどうするのかわからんが、ペパードに預けて見よう」


 ハッキリとした口調で、決断を口にしたのです。

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