第249話 カークライト死す

「くっ、なんとか抜けたかっ!」


「て、提督は、提督は――――っ?!」


 敵艦からの熱線照射を無事くぐり抜けたデュークですが、それを成し遂げるために大きな支えとなったカークライト提督の安否が心配になるのです。


「バイタルがヤバすぎだ――! 強制的に眠らせるぞっ!」


 ラスカー大佐は大喀血している提督の首筋にポンプ式の注射器を押し当て麻酔を打ち込み対Gシートに放り込んでいました。


「だ、大丈夫なんですかッ?!」


「わからんっ! さっきは自力で起き上がってくるだけの余力があったみたいだが、無茶をやりすぎ――――うわぁ、まずい完全に心臓が止まった! 脳波もフラットになっとる!」


 提督のバイタルは、仮死状態どころか、死亡状態になっています。


「死、死んだ――――っ?!」


「騒ぐな! おい医療兵っ! 冷凍措置を取れっ! それで時間を稼いで、基地に戻り次第蘇生装置に叩き込むんだ。それに賭けるほかない!」


 死んでから30分位ならば、共生知性体連合の科学力を持ってすれば、蘇生する可能性もあるので、大佐は肉体の状態を停止させるための措置を取れと命じたのです。


「死んでも生き返るんですね!」


「絶対じゃないが、提督の運が良ければな!」


 蘇生措置は、大量のナノマシンをぶっこんで、電気ショックで脳ミソを叩き起こす

という荒っぽいものですから、復活の確率は人それぞれでした。運が良くないと灰になったり、消滅したりするのです。


「しかしこの人、よくこの状態まで自分を追い込めたもんだ…………」


 ラスカー大佐は医療用ポッドに閉じ込めた提督の遺体を見つめて「復活の可能性があるとはいえ、死体になるまでとは……」とドン引きしています。100あったHPが10になって昏睡したけれど、無理やり起き上がってきて、重体なのに指揮権システムにハッキングしてから、喀血しつつ命を削ったサイキック能力を発動したら、HPが1どころか、完全に0になっていたのですから当然です。


「まあいい、あれこれ考えて居る暇はない――おいデューク、敵艦は見えるな?」


 ラスカー大佐が本日二度目の代理業務を開始しました。二度目ですし、戦場におけるハイテンションが継続していますから、動揺することもなくすぐさま必要な指示を始めます。


「はい、あそこですっ!」


 鼻面を叩きまくっていた大出力の熱線がかき消え、艦外障壁との干渉が収まったデュークの視覚素子は、プロメシオンの姿を確実に捉えています。


「よし、突っ込め!」


 そのようにして、ラスカー大佐が「とにかく突っ込めっ!」と鼻息荒く突撃を命じた時を前後して、プロメシオンの艦橋では二人のロボ貴族が「「あれを耐えたかっ!」」と叫び声をあげています。


「フルチャージではなかったと言え、さすがは連合の白い戦艦だっ!」


 メカロニアの超大型合体戦艦プロメシオンの艦橋でデュランダル男爵が絶叫しました。彼は思わず「見事なり!」などと無自覚な称賛の言葉を漏らしていました。


「あまりダメージが入っていないわね。想定された艦外障壁以上のバリアが存在したようだけど――――」


 グレゲル伯爵アレクシアは、プロメシオン・キャノンの効果がそれほどでなかったことを不思議がりました。第一射の効果測定から考えれば、装甲貫通まではいかなくとも、脚を止めてしまうくらいのダメージを与えて然るべきでした。


「おそらく気合か何かでなんとかしたのだろう!」


「気合ってサイキック――物理系の?」


 機械帝国側のロボットの中にも思念波を用いる者がいますが、ハードウェア上の電子戦闘や電脳空間戦に特化したいわゆる電子使いばかりなので、物理的なパワーを使うサイキックについてアレクシアはあまり知りません。


 デュランダル男爵も物理系のサイキックはよくわっていないのですが「多分、そうだ。俺の戦場での勘がそう言っている!」と言いました。


「おにーちゃんの勘なら、それだわね」


 デュランダルは大変勘のいい男であり特に戦場においては「ゾワリときた……敵意が……来るっ!」などと独り言を漏らすと、ホントに敵が来たりするのです。もしかしたら彼は無自覚な感応型サイキック能力者なのかもしれません。


「見ろ、奴らここに突っ込んで来るぞ!」


「本気で衝角戦をやる気なんだ……」


 メカの少女は連合の白い超大型戦艦が突っ込んでくる姿に「やれやれ……」と苦笑いを浮かべました。いつもならば「オーホッホッホ! 敵ながら、天晴よぉぉぉぉぉぉっ!」などと金髪縦ロール式お嬢様の高笑いをするところですが、彼女は戦場で余裕がなくなってくると口数が減って、その分頭の回転を上げるという性質を持っていました。


「回避できない?」


「回避か――――うむ、無理そうだ」


 デュランダルは、彼我の距離と速度を鑑み、双方の接触は不可避だと判断しました。プロメシオンの火力と防御力は恐ろしい力があるのですが、巨体が故に機動性はいまいちなのです。

 

「となれば、受けて立つほかあるまい! 来い、来い、来い! かかってこい! 相手になってやるっ! うはははははは!」


 デュランダルは「まさに一騎打ちフネの一騎打ちぞ――滾るわっ!」などと嬉しげな言葉を漏らしました。いつもは落ち着いたところのある武人デュランダルではありますが「超大型戦艦同士の衝角攻撃戦、武人の本懐っ、これぞ宇宙ロマンというものだ!」などと、シチュエーションに少しばかり酔っているようです。


「ロマンはいいけど、このまま激突したらただじゃ済まないわよ」


 喜々として浮ついたセリフを吐くデュランダルに対して、アレクシアは「兄上、対策を」と尋ねました。いつもは平静な性格の従兄とやんちゃな感じの従妹ですが、実のところ精神的な地金は真逆のものであり、極限状況においてはそれが如実に現れるのです。


「艦首に装備した装甲艦――その装甲が一番厚いところを接触させる。角度をうまいことつければ、ダメージ差でこちらの勝利は間違いない。よし、スラスタ全開で姿勢を修正っ!」


 状況酔いをしていてもデュランダル男爵はプロメシオンの舵を預かる戦闘指揮官としては一級品のメカ男です。彼は衝突時の姿勢を有利なものとするため全艦のスラスタを噴射させました。


「こちらが有利。でも正面衝突は危険過ぎ。本体に深刻なダメージが入るかもしれない――」


 この時のアレクシアはその頭部に搭載する電子頭脳をフル稼働させ、この状況について冷静に分析し、打つ手はないかと考えていました。繰り返しにはなりますが、危険な状況になればなるほど、彼女は頭が冷えるという性質をもっているのです。


「残された時間でやれることは…………」


 メカ少女は灰色の脳細胞ならぬ集積回路をオーバークロックさせ、この状況に応じたアイデアをひねり出そうと電路の周期を数京回ほど巡らせ「……よしっ」と頷きます。そして艦の所有者だけが使える最高秘匿コマンドをタタタっとコンソールに打ち込みました。


 コンソールの一部がパカリと開きドクロの形をしたボタンがせり上がってくるとアレクシアは「なにこれ、悪趣味だわ」と呟きましたが、時を置かずしてそのボタンを押しこみ――――


「喰らいなさい!」


 と、大真面目な口調で叫んだのです。 


 彼女が喰らえといったその相手――――デュークは残された推進剤を推進器官に叩き込み「いくぞぉぉぉっ!」と最終加速を掛けようとしていました。


「おい、ちょっと待て――――敵の艦首のあたりで爆発が発生してやがるっ?」


「ふぇ、爆発ですかっ?!」


 プロメシオンとの衝突という最終局面を控えたデュークが、「ふぇ?」と敵の様子を確かめると、なにやら艦首の付近でなにやら爆発が起きて艦首が外れ――――


「なんでしょうか、あれは……?」


「艦首に合体していた重装戦艦が分離して……おいおい、こっちに飛んで来てるぞ。やつら、フネの舳先を飛び道具にしやがった――!?」


 メカロニアの超大型戦艦は複数の戦艦が合体してできています。その艦首部分にあるのはバカげたほどの装甲厚を持つ重装戦艦であり、プロメシオンはそれとの連結を解除し投げ槍のように射出してきたのです。


「うわわわ、フネ爆弾だ! 僕はあれが苦手なんです!」


 投槍と化した艦首戦艦がグングンと加速しながらこちらに近づいてきました。プロメシオンの本体は最大戦速で後退を掛けているようですから、そこに行き着くまでに艦首戦艦と激突することになります。


「どうするんですか大佐ぁぁぁぁぁっ――――っ?!」


「ここまで来たら突き進むだけだっ!」


 距離が近すぎる上に相対速度がありすぎ、スラスタでは到底回避しようがありませんし、そもそも彼らはプロメシオンへの突撃の真っ最中なのです。


「で、でも、あの装甲艦と正面衝突したら、次はありませんよっ! 本体をやれなくなっちゃいます!」


「回復した右舷の粒子砲を使う! 接触まであと5秒のところで撃つぞ!」


 スルスルと飛んできたプロメシオンの艦首戦艦とデュークの舳先同士がぶつかる寸前、ラスカー大佐は砕かれていない方の手で発砲トリガーを引きました。


「右舷粒子砲群、全力射撃っ!」


 すでに半壊している右舷粒子砲群ですが、100サンチを超える強力な粒子砲なのです。この時点では縮退炉のオーバーブーストも続いていますから、それらに与えられたエネルギーが重粒子の波となってズババッ! と放出されれば――


「左舷に流れる…………っ!」


 デュークは重粒子を放った反動でほんの少しばかり――わずか50メートル程移動しました。すると艦首戦艦あらため投槍戦艦との衝突は、真正面ではなく艦首と艦首が数メートル程重なるようなものに変化したのです。


「くるぞ、耐ショック態勢!」


「うぎゃぁぁぁあっ! お、お肌が削れる――っ!」


 ギャリギャリギャリ――――デュークは舳先の右側にものすごい衝撃と痛みを感じました。装甲と装甲がえぐりあい、この時点で相当疲弊しているデュークの流体装甲にさらなるダメージが発生し、艦内構造物の一部にも被害が生じたのです。


「叫ぶな、一次装甲板などくれてやれっ!」


 残された艦外障壁も相まって装甲板を数メートルほども削る羽目になりましたが、一次装甲と潤滑油の涙を代償としてデュークは戦闘力を維持します。


「至近砲戦ッ!」


 装甲の削りあいの最中、デュークの右舷速射砲やレーザー高角砲がドンドンダダダッ! と自動射撃をしています。ラスカー大佐はこの瞬間に備え、事前にオートコマンドを仕込んでいたのです。


 射撃はわずかな時間だけ行われましたが、超至近距離から放たれた弾丸がわずかとは言え重なり合うような距離を抜けてゆく敵艦をビシバシと叩くのです。距離が近ければ威力は命中率はほぼ100パーセントであり、プロメシオンの艦首戦艦は一瞬の後にボロボロのグズグズになりました。


「て、敵艦、後方に抜けました。第三砲塔なら追撃できます!」


 右舷に相当の被害を受けたデュークですが、まだまだ戦意を失っておらず、彼はいまだ健在な後部砲塔を敵艦に指向して、追撃をするかと尋ねました。


「捨て置け! それより、前を見ろ!」


「あ、そうだった――――!」


 艦首戦艦を回避しつつ戦力を奪ったデュークは、プロメシオン本体に迫る最終進路に乗っていたのです。

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