第248話 決死
「進路そのまま……っ!」
カークライト提督が荒い声で命令をくだしました。口元からは血が溢れ出ており言葉は少ないのですが、その眼光は鬼気迫っており、テレパシー能力を使わずとも「ビクとも動くな、敵艦を捕捉したならば、ただ詰め寄れッ!」という意気込みが伝わってきます。
「わかりました――――っ!」
デュークは、提督の鬼神もかくやという程の強い意志に、戸惑うこともなく、ただひたすらに突撃行動を維持するのです。そしてその間も、敵の攻撃は止むことはありません。
「突撃態勢を維持しつつ、敵艦からの通常射撃に対応……! 艦外障壁をピンポイントでコントロールしろっ! 緊急時だ、副脳支配率を上げてかまわん、龍骨へ干渉しろ。とにかく、デュークを航行に専念させるんだ! おい、左舷バリア薄いよ、艦載AIなにやってんの!」
「
接近するに連れて敵艦からの射撃は強まってきますが、ラスカー大佐以下、艦載AIを始めとする司令部ユニットのスタッフ達は、残り少ないデュークと司令部ユニットの艦外障壁を上手にコントロールすることで、それに対処するのです。
「敵艦の大出力粒子砲、本艦を追尾中っ!」
メカロニアの超大型合体戦艦プロメシオンが、艦上に備えた重砲撃型戦流用の大砲でデュークを狙っています。
「ラスカーっ……!」
「はい、司令部ユニット準備します!」
簡潔すぎる提督の言葉でしたが、ラスカー大佐は命令の意図を的確に理解しており、迷うことなく強制コマンドをぶち込んで、司令部ユニットの縮退炉をオーバーヒートさせました。また同時に、僅かに残っている緊急用の推進剤をいつでもデュークに供給できる態勢を作り上げます。
「前へ……」
大佐の「完了しました!」という言葉を確かめた提督は、その手をグイっと前へ差し向けました。
ラスカー大佐は「加速だっ! 司令部ユニットの備蓄推進剤を緊急投入するっ! デューク、さらに加速しろっ!」と絶叫します。
「行きますっ!」
司令部ユニットの緊急備蓄推進剤を得たデュークは、推進器官からハイパワーのQプラズマを吹き出して、さらなる加速を実施します。
「ぐふっ……敵砲の予想火力は……?」
傷ついたカラダに大加速を浴びた提督ですが、ゴクリと血を飲み込みながら、目を爛々と輝かせて、大佐に尋ねました。
「はい、この加速で突っ込めば、75パーセントの時点で撃ってきます。予想される砲撃継続時間は……18秒です」
彼我の距離はすでに中距離というより短距離となっています。この距離ならば、どこで撃たれても、威力はほぼ同じなのですから――
「デュークの方からプロメシオンに突っ込むことで、チャージのための余裕を削り、フルチャージでの砲撃を回避する――――」
ラスカー大佐でなくとも、そのような結論に至るのも簡単なことでした。
「18秒……詰め寄った分、砲撃時間が縮まったか!」
「そうか、どうせ撃たれるなら、早く撃たせれば良いんだ!」
「おらおら、撃ってこい、撃ってこい――――っ!」
「カークライト戦法を見せてやるっ!」
などと、提督の意図を正確に理解した司令部ユニットのスタッフ達はそのように叫びました。
「うむっ……」
配下の将兵が自分の命令を忠実に実行する姿に、カークライト提督がかすかな笑みを見せました。傷ついたカラダに大加速を受けて、いつ限界を迎えもおかしくは無いのですが、彼の戦意はまだまだ尽きることはないのです。
「あ、敵艦が後退を開始したっ! 進路修正して避退するみたいです!」
突撃を継続していると、デュークが艦首を突きつけ突撃する姿に衝角攻撃を察知したか、プロメシオンが避退行動を始めました。それを受けたラスカー大佐が目と牙を剥いて咆哮します。
「なにぃぃ、絶対に逃がさんぞ! デューク、スラスタ全開で軌道修正――――!」
「わかりましたっ!」
ラスカー大佐の的確な進路修正によりそれは阻まれます。その上、カークライト提督の示した巧妙な進路設定は、退避を許すことはないのです。
「接触――衝角攻撃まで30・29・28……」
完全な衝突コースに入ったデュークの艦体が、敵艦に接触するまでのカウントダウンが始まったその瞬間でした。プロメシオンの艦上で爆発的なエネルギーの高まりが生じます。
「大佐、赤外線警報! 撃ってきます――――っ!」
「分かっとるッ!」
プロメシオンをセンシングしていたデュークの視覚素子が爆発的な赤外線反応を察知すると同時に、ラスカー大佐は手元のコンソールに設置された箱状の硬質ガラスに叩きつけました。
それなりの強度を持つ宇宙服中の手がグシャリと潰れるような音を立てましたが、ラスカー大佐は全く気にせずガラス内にあったボタンを押し込み「緊急出力、発動!」と叫びます。
すると司令部ユニットの縮退炉がオーバーロードを始め、莫大な電力が接続回路とバイパスを通じてデュークのカラダに流れ込みます。ユニットは航行能力がほとんどないものの、強力な縮退炉を6つ搭載しており、それが定格出力以上の力を発揮すれば、一時的とはいえ膨大な力を産むのです。
「デューク、パワーを受け取れっ!」
「受け取ります!」
デュークはカラダに残ったありったけの蓄電池をフル稼働させ、自らの縮退炉とのバイパスも直結し、司令部ユニットからのエネルギー供給まで使って舳先に集中させました。
「艦首艦外障壁――――全開ッ!」
デュークの艦首にある電磁力と重力とからなる量子的障壁がグワリと強化されるのですが、それは電力効率から言えばかなりの無駄を生じてもいます。
でも、プロメシオン・キャノンから溢れんばかりの煌めきを伴い、虚空すら揺るがすような強力な荷電粒子がズッババババッバババッ! と伸びてくるのですから、仕方がありません。
「き、来た――――! うぐっ!?」
出力が抑えられたとは言え、重砲撃型戦艦に複数の艦からエネルギーを供給することで大火力を実現しているプロメシオン・キャノンです。艦首前方では相当に強力な荷電粒子のビームがバリアにヒットし、ギャリギャリギャリとした嫌な音や、バチバチバチという激しい火花が生じます。
「う……うわぁぁぁぁぁぁあぁっ!」
この時点でも、デュークの艦外障壁のコントロールは完璧なものでしたが、すでに疲弊した艦体のままでは全てのエネルギーを無効化できるものではありません。バリアをくぐり抜けた粒子の奔流が、デュークの鼻面をビシバシと叩き始めます。
「艦首が……熱い……」
「耐えろ、あと15秒だ――――!」
敵の砲撃継続時間を正確に読み切っているラスカー大佐は「たった15秒だ!」と叫びました。
「うぐぐぐ……」
砲撃時間が残り12秒を切ったところで、じわりじわりと叩かれ続けたデュークの舳先は真っ赤になってしまいます。
「艦首装甲厚が危険域に突入だと?! デュークの装甲がこれほどまで劣化していたとはっ!?」
ラスカー大佐が砕けた拳を握りしめるのですが、今更どうすることもできません。そしてデュークが「艦首が、艦首が、艦首が――――っ!」と叫び始めたその瞬間でした。
「私に任せろ……っ!」
ぐったりと席に持たれ掛かっていたカークライト提督が手を前方に差し伸べ「ぬぅ……」と唸ります。
「ぬぅぅぅぅぅん…………っ!」
提督がサイキック能力の一つであるテレキネシスを発動させ、デュークの前方にフィールドを発生させました。それは彼の得意とするテレパスと違い、数段劣る能力であるはずでしたが――
「ぬぐぐぐぐ…………!」
「か、壁ができたっ?!」
デュークはサイキックのことをあまり良く知りませんが、龍骨に残るコードは「サイキック能力者は死地に陥ると、命を削って限界を超えた力を発揮することがある」とうことを示していました。
提督は自らのリミッタを外し、命を賭してサイキック能力を発現させ、強大な思念波の壁を作り、強大なエネルギーを持つ粒子の流れを目に見えるレベルで軽減させたのです。
「ぐぐぐ……ぐあっ!」
提督は苦悶の表情で能力を行使し続けています。最早口から溢れ出る赤いものは隠しようがありません。
「提督っ!?」
デュークは「命を削って……」と、命を賭して力を使い続けるカークライト提督の姿に驚愕するのですが――
「そうかっ、生命を使うってこういうことなんだ!」
同時にそのような感銘を受けたのです。
そして彼は「やってやるっ! 僕もっ!」と、自分自身を叱咤し――
「
自らも命を投げ出す覚悟で、強き心臓に秘めた特異点のスピンを振り切れんばかりに高ぶらせたのです。
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