第199話 捨て石

「ゴルモア星系内の機械帝国艦艇数は4万を超え尚も増大中です。小惑星帯では、駐留部隊およびゴルモア軍による共同防衛隊が抗戦していますが……」


「駐留部隊指揮官と連絡は取れるか? タキオンレーザー通信が、数分程度つながれば良い」


 司令部ユニットのスクリーンに映る星系概略図を眺めながら、カークライトは小惑星帯にいるペパード大佐を呼び出すように指示しました。司令部ユニットのような特殊な艦艇にのみ装備されているタキオンレーザー通信ユニットは、距離的な制約をある程度無視して交信をすることが可能です。


「もう少しで同期できます……完了です。ゴルモア駐留部隊旗艦重巡バーンと通信が繋がりました」


 スクリーンには、ゴワゴワとした硬い皮膚を持つ恐竜顔のペパード大佐の姿が現れます。眼窩の上に大きな包帯を巻いた彼は「ダメコン急げ――――! ぬ、分艦隊と通信がつながっているだと?」と言いました。


「駐留部隊指揮官ペパードです。手短に頼みます!」


「こちらは第三艦隊分艦隊司令官カークライト、分艦隊はこれよりそちらの救援に向かう」


 カークライト提督がゴルモア防衛隊の救援に向かうと言ったのですが――


「提督、それよりもゴルモア首都星に残された民間人の避難を手伝ってください。コロニーを改造したスターシップ疎開船の準備が遅れているのです!」


 大佐は自分たちのことより、避難民の救援を優先して欲しいと告げたのです。


 ゴルモア首都星に残った住民は300万人ほどもいましたが、すでに輸送力するだけのフネはなく、連合からの技術供与で建築を行っていたスペースコロニーを利用した臨時の疎開船を仕立てて、なんとか脱出を試みています。


「キャパはギリギリですが、残った全住民乗ることができます。しかし、その後が問題です。コロニー船のエンジンでは加速に時間がかかり、捕捉される可能性が大なのです」


「ふむ、コロニーの諸元を出せ――なるほど、このエンジンでは加速が足らんな」


 提督が見た所、ゴルモアの所有するエンジン出力では、星系外へ脱出することなく、まず間違いなく機械帝国に補足されるでしょう。


「これらの脱出を支援する必要があります。ですから、コロニーを星系外縁部まで押し上げるためにフネを回してください」


「同盟星系との防衛協定の遵守は、他星系にも影響するからな」


 連合とゴルモア星府との間にある防衛協定によれば、恒星間戦争レベルの侵攻が行われた場合、星系の防衛そのものを最終目的とはせず、住民を逃すことが求められていました。


「分かった、できるだけのことはしよう――それで、君達はどうする、撤退はできるか?」


「ゴルモア軍を残してはいけません。彼らに最後まで付き合いますよ」


 ペパード大佐が軽く笑みを浮かべて「要塞化した小惑星が残っています。そこで可能な限り持ちこたえて――――」と言った時、不意に通信が途絶えました。かろうじて維持していたレーザーの回線が遮断されたのです。


「捨て石になるというのか。律儀な男だな」


 カークライトは軍帽を目深にかぶって少しばかり俯いてから、司令部のスクリーンにある星系概略図を眺めて思案を始めます。彼の目には多数の敵に包囲されている小惑星帯とその後背に控えるゴルモア首都星が映っていました。


「ゴルモア首都星近傍まで斜め前方から入り込んで、コロニーをキャッチアップするとして、牽引は可能か?」


「相当な応力が掛かりますけど、あれは密閉型なので強度は十分だニャン。星系外縁部まで押し上げて、安全宙域まで送り届けるまでは持ちそうですニャン」


 技術幕僚であるネコ型種族が、顔をこすりながら技術的側面からコロニーの牽引が可能であると答えました。


「必要な艦艇数は?」


「コロニーの総数は10基、一基当たり500隻程が必要ですから、3000隻ですニャン」


「プクプクプク、作戦より具申するギョ。敵の追撃が予測されますので、護衛艦艇は2000隻は必要――牽引に回すフネを減らす必要があるギョ」


 魚の戦術幕僚が泡を吹き吹きしながら「追撃を防ぐには、それだけの艦艇が必要です」と言いました。


「補給担当から意見します。推力に余裕のある補給部隊を中心に推進剤以外の物資を捨てて推進力を稼げば、2000隻でも牽引は可能です。その後の補給が危うくなりますが」


 スライミーの幕僚が触手をニュルニュルとさせながら答えました。補給部隊が大量に抱え込んでいる物資を放棄すれば、牽引に割くための余裕ができるのです。


「では、それで行こう。補給はあとでなんてでもなる。次に、惑星からコロニーへの輸送はどうなっている? 首都星からの脱出が遅延しているようだが」


「残りの住民は約300万人程です。軽艦艇を先行させて、軌道降下後ありったけの艦載艇をフル回転させれば48時間で回収できます。コロニー内に入れてしまえば、後はなんとでも」


 手をスリスリさせながら、アライグマの幕僚が答えました。


「それは時間がかかりすぎるな。もっと、短縮できないか?」


「後先を考えない戦闘軌道降下を繰り返せば、20時間程度にすることは可能ですが……1000隻程度のフネが戦力を失います」


 戦闘軌道降下は大気圏へ降下の時間を大幅に短縮できますが、突入のダメージによって戦闘に支障がでるのは間違いないでしょう。アライグマの幕僚は頭をカリカリと掻きながら、「それを許容できるのならば、スケジュール的には問題ありません」と言いました。


「よし、それでいい。作戦担当、2000隻でコロニー船を護衛する作戦を立案しろ。なお、旗艦以下500隻は予備として手元に残す」


「分かりましたギョ」


 サカナ顔の幕僚は、ギョギョギョと言いながら、案出を始めました。


 司令部のスクリーンの上で、コロニーの脱出作戦が形になってゆく光景を眺めていたデュークが、デッカーに尋ねます。


「これで、ゴルモアの人たちは救えますね!」


「カークライト達に任せておけばどうにかなるだろう。それにしても凄まじい勢いでプランを作り上げるもんだ」


「でも、小惑星にいる味方の話が出てこないですね」


「さっきの通信を聞いていただろう。推進剤がほとんど無いみたいだから、全滅まで戦うしか手がないんだ」


「せっかくここまでやってきたのに、助けられないのですね……」


「気を落とすな、オレたちゃ軍人なんだ」


 デッカーは「身を粉にしてすり潰されても、なにかを守ることができれば、本望ってもんだぜ。あそこに居る奴らはそれが分かってる」と言いました。


「でも……なんとかなりませんかね? どうにかこうにかして」


「簡単に、どうにかこうにかって言うなや。それができれば世話ないわな。ほれ、カークライトも諦めているに違いねぇ」


 カークライト提督は、コロニー救出の手立てについて方針を示された麾下の幕僚達が作戦行動を形にする光景を黙って見つめていました。そして彼はサッと手を上げて、デュークを呼びつけます。


「お茶ですか、提督」


「旗艦殿にお茶を入れて貰えるとは光栄だがね。ちょっと話し相手になってもらうと思ってな」


 デッカーの相手をする内に何故か従兵としてのレベルが上がってしまったデュークが、如才なく尋ねます。その姿に苦笑いしたカークライトは「話がある」と言いました。


「お話ってなんです?」


「あれをどう思う」


 カークライトはスクリーンの端の方に映る、小惑星防衛線を示しました。


「推進剤が切れて逃げ出すこともできないって聞きました。でも、何故駐留部隊の指揮官はそこまで……」


「ゴルモア軍と轡を並べて戦う内に、彼らは仲間になったのだろうな」


「そういうものですか……でも、僕らはそれを見捨てるのですよね?」


「そうだな……」


 カークライトは、軽く首肯します。


「でも、それって宇宙軍のモットーに反するじゃないですか? 宇宙軍は仲間を見捨てないのでしょう」


 デュ―クは新兵訓練所で習ったモットーを口にしました。


「それは時によりけりというものだ。ゴルモアのコロニーの支援にフネを回して、余力がない」


 彼の手元に残された戦力は、旗艦部隊と艦母機動部隊の500隻ほどになっています。


「提督、本当に手段はないのですか?」


「ふむ……」


 デュークの言葉に、カークライトは手元にあるコンソールを素早く叩き、小惑星帯の状況を示します。


「現在、ゴルモア駐留部隊は機械帝国の攻囲下にある。これを突破したとして、彼らの推進剤は離脱するための所要量を満たしていない」


 カークライトは「推進剤がなければ、どうにもならない」と続けました。


「艦載母艦でフネを拾い上げることはできることまで考えたのだが、それにも限界がある。その上、あそこを最後の抵抗拠点として考えていたゴルモアは、小惑星のいくつかを要塞化して将兵を置いている」


 ゴルモア軍の少なからぬ人員が、要塞化した小惑星を最後の砦として戦っていたのです。カークライトは「これまで回収するのは不可能なのだ」と唸りました。


「確かに救援に向かうことはできても、それだけになる。全員を救うことができない以上戦力を回すことはできない」


 実のところ、カークライトの計算では、共生宇宙軍の将兵だけの救出を考えれば、かなりの損害を出すものの、ある程度の成果が見込めていました。ですが、ゴルモアの将兵を置き去りにした場合の政治的影響がそれを許しません。


 提督はあまりの歯がゆさに、奥歯をギリッっとさせました。


「あまり提督旦那を困らせるな、デューク」


 カークライトの歯ぎしりを聞きつけたデッカーが「いい加減にしろ」とデュークを窘めました。


「えっと、でも…………」


 デッカーに言われるまでもなく、デュークは運搬手段がなければ確かにどうにもならないと理解していました。でも、彼はそれでも何か手段はないかと考え続けます。


「何か……何か手段は……」


 その時、彼の目にあるものが映り込みます。それは司令部のスクリーンに映ったコロニーの牽引計画でした。


「十分な推力があれば、巨大な質量でも動かせるんだ。小惑星の質量は相当なものだけど……」図面を眺めていた彼は、龍骨の中で連想ゲームのようにとあるアイデアを思いつき――


「提督、コロニーを動かすことができるのならば、小惑星も動かせませんか?」


 と、捨て石が蘇るような言葉を放ったのです。

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