第200話 救援作戦前夜

 デッカー特任大佐は、カークライト提督に艦首を寄せこう尋ねます。 


「艦隊予備全力で突破戦を行い、デュークをねじ込むだと? お前、頭おかしいんじゃねーのか?」


「救出が成功する確率が見えてしまったのだ。ならば、やるしか無い」


 カークライトは、デュークが示した大雑把な考えを、すでに具体的な行動計画とし、綿密な軌道計算まで昇華させていました。


「だからといって、お前が行く必要があるのかよ」


「この作戦は、相当に困難なものになるだろう。我々は敵よりも少数だから、糸口を見つけて、敵の包囲陣を突破するためには相当の指揮能力が必要なのさ。他人には任せられんよ」


 デッカーだけに聞こえる声――心許した共にだけに聞こえるサイキックの声で、カークライトは答えます。


「お前が、計算したなら、そうなんだろけどよ。首都星のほうはどうするんだ?」


「コロニー避退作戦の指揮は艦母機動部隊の指揮官ゼータクト准将に任せてある、彼女であれば、なにも問題はない。お前は彼女に従い、首都星へ降下して、住民を残らず回収してくれ」


「まぁ、そいつは任されたけどよ。ちっ、オレももう少しサイズが大きければな。突破作戦に参加したかったぜぇ」


「お前の火力では、問題外だ。フネにはフネごとの役割があるだろう? 特務武装憲兵隊は、そのような行動にも使えるはずだ」


「くそっ、そう言われたら……そうするしかねーじゃねぇか。だけどよ、軽艦艇2000隻の降下作戦――となれば、本来准将クラスがやるべき仕事なんだぜ?」


「ふっ、上手くいったら、お前も提督だな」


「まったく……わかったよ。しくじるんじゃね―ぞ、カークライト」


 ◇


 新兵時代の同期だけがする、気安い会話の裏で――

 

 種族ルルマニアンが供出する最強戦力、艦載母艦ゴッド・セイブ・ザ・クイーンズに座乗している艦母機動部隊司令官リュヴィエル・ゼータクト准将は、頬をぷっくりとさせ、ご機嫌斜めな様子を見せています。


 美男美女ばかりが産まれるルルマニアンの中でも図抜けた美貌を持ち、他種族の男どもから「神様、女神様、リヴィエル様」と崇められるようなキレキレの美貌を持つ彼女が眉根を上げていると、ご機嫌ななめとは言え大変絵になるのですが、周囲の兵に悪い影響を与える事は必定でした。


「准将、艦載部隊を取り上げられたのがそんなに腹がたちます?」


 横にいた艦母艦長リュビエッタ・フォーマルハウト大佐が場を取りなすように尋ねます。大佐もルルマニアンですが、彼女はゼータクト准将と違ってふくよかで優しげな美女でした。


 ゴッド・セイブ・ザ・クイーンズの艦載艦艇のうち、高い戦闘力を持ち機動力の高いフネが根こそぎ、旗艦部隊に奪われていました。


「手塩にかけた艦載部隊が、良いように使われてしまいますものね。小惑星防衛隊の救援、その可能性を見出したのは良かったけれど」


 艦母の艦長として、全ての艦を我が子のように扱う彼女は、機動部隊の兵員から仏のフォーマルハウト」と呼ばれ慕われ、艦母の母とまで呼ばれています。


「いや、戦力を取り上げられた事自体は、別にいいの。私達が鍛え上げた部隊は、艦母が無くとも戦えるし、脱出航路にタンカーを打ち込んでおけば、いずれまた艦母に戻ってくるわ」


 ゼータクト准将は「部隊は必ず帰ってくるわ」と言いました。


「では、何故、ご機嫌斜め?」


 フォーマルハウト大佐は顔を近づけてから、少しばかり気軽な様子で問いかけます。実のところ、この美女二人は従姉妹同士の関係であり、名前が似ているもの彼女たちの祖母の名前から取ったためなのです。


「重巡に乗って突破部隊に参加すると言ったら、断られたのよ」


「ああ、そういうこと」


 ゼータクト准将は攻めのゼータクトと呼ばれるほどの攻撃的な戦術を得意とし、派手な戦闘行動を好む指揮官として知られていました。ですから、小惑星救援部隊に参加できないことが、腹立たしいのです。


「代わりに、コロニー救援の指揮を任されたのでしょう」


「あのニンゲン、君は本来そちらの方が得意だろうって言ってきたのよ。私の戦歴を全部調べたみたいね」


 実のところ准将の才覚は作戦行動における準備に長け、それが故に派手な戦果を上げていたに過ぎません。


「貴方は、本質的にはオールラウンダーだものね。同期の私が昇進で差がつけられているのも、それが原因だわ」


「そう言われても、嬉しくないわ」


 ゼータクト准将は「悔しいのよ」と言いました。


「あらあら、急造したばかりの臨時指揮官様に見透かされて頭に来てるのね。でも、良い上官にあたったのだから、喜ぶべきじゃない?」


「喜ぶ? そんな暇もないわよ。ズドン! と来たのよ」


 ゼータクト准将は少しばかり不服そうにそう言ったのは、カークライトが思念波を用いて、”説得”としたからです。

 

「くそっ、あいつサイキックとしても優秀だわ」

 

 ルルマニアンは、思念波の強い種族としても有名でした。その彼女の防壁を、カークライトは軽々と越えて来たと言うのです。


「へぇ……あら、もしかして防壁ハートを撃ち抜かれたのかしら?」


 フォーマルハウトが苦笑しながら尋ねます。すると、うららかな乙女のようで、実のところ百戦錬磨の女傑であるゼータクトが、ぷっくりとさせた頬を赤らめました。


 ルルマニアンという種族は恋多き種族なのです。それは他の種族が対象であっても、変わらぬところがあったのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る