第201話 艦載母艦ゴッド・セイブ・ザ・クイーンズにて

「全作業員、発艦作業開始!」


 艦載母艦ゴッド・セイブ・ザ・クイーンズの甲板上に作業開始命令が放たれると、待機所のシャッターがガパリと開き、装甲艦外作業服を着込んだ作業員や、十数メートルあまりの機動作業体が甲板上に飛び出してきます。


「格納庫開け!」


 巨大な格納庫の扉が開放され、艦内から全長200メートルを超える軍艦――連合正規駆逐艦が姿を現しました。


「デッキ上昇! 慣性制御安定!」


「縮退炉回せ――――!」


 艦母の各所に備わったカタパルトデッキでは、数百メートルもある乗降機エレベータが重力制御の唸りを上げて持ち上がります。デッキに乗り上がった駆逐艦は、キュィィィィィィィィィン! と縮退炉の暖気を始めました。


 甲板レベルに達したエレベータがガコン! と動きを止めると、待機していた体長数十メートルにもなる巨大な誘導員――巨大陸上種族であるグランガンの誘導員が、クルクルと手を回します。すると駆逐艦は接地させたランディング・ホイールを動かし、甲板上をゆるゆると進み始めました。


 装甲作業服を纏ったグランガンの誘導に従った駆逐艦は、するすると定位置に到着します。時を置かずして、甲板に仕込まれたブラストディフレクターがバシャリと立ち上がり、推進ノズルを覆いました。


 その間も縮退炉は熱を上げ続け、そのエネルギーは後方に付いたノズルから強烈な赤外線となって漏れ出します。溢れんばかりの熱を受けている推力偏向ノズルは、クイックイッと上下左右へ動き、また絞りを効かせました。


 駆逐艦の艦橋で、パッパッパ! と光信号が瞬きます。


「艦上駆逐艦戦隊第一列、発艦位置に着きました。最終動力調整完了、推進機関も快調とのこと」


「両舷、1番から40番までの滑走路クリアです」


「重力カタパルト、コンデンサフル充電状態。連続射出準備よし!」


 それらの報告を受けた、ゴッド・セイブ・ザ・クイーンズ艦長リュビエッタ・フォーマルハウト大佐は、その穏やかな美貌にアルカイックな笑みを乗せながら、こう告げるのです。


「駆逐戦隊――出撃!」


 彼女の命令が下ると同時に、艦母の強力な縮退炉からのエネルギーを溜め込んでいた重力カタパルトが起動し、その大電力は縮退物質のペレットを爆縮させ、擬似的な質量を発生させると、重力スラスタ効果を巻き起こします。


 グン! と大きな重力波が発生すると、総質量にして10万トンを超える正規駆逐艦の艦体が瞬時に加速され、滑走路を稲妻の如き勢いで飛びだしてゆきました。


 ズバッ! ズバッ! ズバッ! それはゴッド・セイブ・ザ・クイーンズの両舷にある20の滑走路上でほぼ同時に行われ、正規駆逐艦が矢のように連続射出されるのです。


「射出完了!」


「前方に延伸した重力航路安定、再加速します!」


「続いて、第二列――」


 艦母はそのようにして、その巨体から駆逐艦を次々に投射するのです。


「両舷それぞれ第十列までの射出は問題ないわね。あちらは、第三発艦指揮所にまかせるわ。次は上甲板ね」


 フォーマルハウト大佐は、その美しき目を艦母の上部構造へ向けました。そこでは大型の軍艦――巡洋艦以上のそれがずらりと艦首を並べています。


「第一発艦指揮所、状況は?」


「中央カタパルトデッキ上の軽巡および重巡戦隊は増加装甲およびブースターの装着を完了しています」


「了解、進路がクリアになり次第順次発艦させて」


 駆逐戦隊の発艦が終わると、巡洋艦が重々しい重力波の音を立てながら、艦母の舳先を飛び立ってゆきました。


「旗艦護衛部隊はどうしているかしら」


「本艦両翼にて待機中」


 ゴッド・セイブ・ザ・クイーンズの脇では、強力な武装を持つとともに足の速いフネで再構成された護衛部隊が、縮退炉の熱を上げながら前進の構えを見せていました。


「よろしい。では、艦橋を下に向けて頂戴」


 艦載母艦の巨大な艦橋がその中心軸を起点としてぐるりと回転を始めます。しばらくすると、フォーマルハウトの目に、艦母の下部で行われている作業光景が入るのです。


 キロの単位の艦体を持つ艦載母艦の腹は、巨大な作業場となっています。下手な工廠を軽く超える能力を持つそこでは、数百メートルもあるガントリークレーンが目まぐるしく動き、無数の作業員が作業を進めていました。


「分艦隊各艦からの物資搬入は順調です」


 工廠司令所指揮官――艦母の工作機能と補給機能のすべてを司るガウディ中佐が報告を行いました。黄色の作業ヘルメットをかぶったネコ族の彼は、下部甲板における作業を確認しながら「ヨシッ!」と指差し確認してもいます。


「お届け物が多いわねぇ」


「コロニー救援部隊の多くが武装を下ろしていますから」


 ゴルモアに向かう部隊の多くは、艦を軽くするために武装や物資のいくらかを放棄することが決定され、それらは艦母に集められています。


「あら、デッカー特任大佐? あのフネ何やってるのよ」


 物資を運び込むフネの中で、小型フリゲートであるデッカーが荷電粒子を固めたビーム警棒を奮っていました。


「物資搬入の誘導指示です。的確で、全然渋滞しないんです。艦母のAIは、艦載部隊の準備にリソースの大部分を回しているから、助かります」


 デッカーが警棒を振るうと、補給艦から巨大なコンテナや様々な機材が流れてきます。作業艇や機動作業ロボット達は総出となって、スラスタを吹かしながら艦母の下部にあるフネの上で受け取ります。


「物資の搬入は良いとして、接合作業が面倒ね」


「ええ、増加装甲代わりの装甲コンテナはポン付けで良いとして、プロペラントタンクとブースタはきつく固縛しないといけません」


「マルチパーパスサイロと言っても、強化しておかないと加速に耐えられないものね。手は足りているかしら?」


「分艦隊から作業員を艦三隻分かき集めました。コロニー救援作業の準備もありますから、陸戦隊などの暇している部隊を投入しています。デッカー大佐直属の特務武装憲兵隊員も入っていますよ」


 フォーマルハウトが作業を見ると、ガスマスクのような装面とドス黒い装甲ヘルメットをかぶった装甲戦闘服姿の隊員が、まめまめしく立ち働いているのが分かります。


「あら、あの人達そんなこともできるのね。まぁ、共生知性体連合第一戦闘降下団と双璧をなすマッチョどもだから、力仕事はお得意かもね」


「小型とはいえ素手で宇宙超獣を屠るようなヤツラですからね……」


 ガウディ中佐が言うように、分艦隊の各所から集まった作業員達がゴッド・セイブ・ザ・クイーンズの下部甲板で急ピッチでの作業を続けています。


「推進剤と縮退物質の搬入は絶対に止めるな! こいつ相当の大飯食らいだ、発進まで飲ませ続けるんだ!」


「ありったけだ! ありったけの接合機を持ってこい! 外部プロペラントタンクの装着は確実にしろ! おい、それを全部回せ――――!」


「司令部ユニットへの増加装甲、艦外障壁ユニットの増設完了!」


「アーセナルシップのミサイルコンテナが届いたぞ、こいつも全部乗せてやれ、腹の下辺りが良いだろう」


「ダンガン族の艦艇から、長砲身電磁投射砲が届きました。捨てるにはもったいなから、全部って持いけとのこと!」


 艦母の下部にいる艦艇に、装甲板代わりのコンテナが積み上がり、長大な砲身が組み込まれ、巨大なタンクやブースターが装着されてゆきます。


「よし、予定通り終わりそうね。あれはどうなっているの?」


「あそこです、もうすぐ到着します」


 ガウディ中佐が指し示したところに、ズゾゾゾと近づいてくる連合標準戦艦――500m級の二隻がいました。それを眺めたフォーマルハウト大佐は「来たわね」とつぶやきます。


「損傷が酷く廃棄が決まっていた戦艦二隻を無人化させたものです。生命維持装置やら艦内の装備はボロボロですが、縮退炉は無事です」


「彼に持たせれば有効活用できるか」


 到着した戦艦に向けて長大なクレーンが伸び、接続を始めました。手元の端末を確認したフォーマルハウトは「最後のパーツが組み上がったわね」と言いました。


「うまく両脇のクレーンで持っているわね。バランスは大丈夫かしら?」


「大丈夫です。幸い同型の艦種でしたから、最小限の調整でいけます。しかし、普通は考えつきませんな。戦艦に戦艦を持たせるなんて」


「まぁ、そのアイデアをひらめいた当の本人は随分戸惑っているようだけどね……まぁ強そうだから、ヨシとするか」


 フォーマルハウト大佐は、ゴッテゴテに装甲と武装を増設され、その上戦艦二隻を持たされた白い旗艦デューク・オブ・スノーが、「ふぇぇぇぇぇ、なんか凄いことになっちゃった」と目をパチクリする様子を眺め苦笑いしたのです。

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