第202話 発艦
「司令部から入電」
「繋いでちょうだい」
艦載母艦ゴッド・セイブ・ザ・クイーンズのスクリーンにカークライト提督の顔が現れます。折り目正しい軍人であるフォーマルハウトは、カッ! と、かかとを併せて見事な敬礼を行いました。
「旗艦の臨時艤装は順調のようだね」
「はい、滞りなく」
「ふむ、ゼータクト准将はどうしているかな」
「第一艦橋で、コロニー救援作戦の準備をしていますわ」
巨大な艦載母艦には複数の艦橋が付いています。フォーマルハウトは第二艦橋に座乗して発艦の指示を出し、コロニー救援計画の準備にあたっているゼータクト准将は第一艦橋に籠もっていたのです。
「司令部から移乗した幕僚とともに、フル回転で計画を練っています」
カークライトは、コロニー救援と彼がこれから行う作戦を両立させるために、その幕僚の多くをゴッド・セイブ・ザ・クイーンズに移乗させていました。
「ああ、その手のことが得意なヤツラを全部渡したからな。この後、デッカー特任大佐もそちらの指揮下に入れば、コロニー救援の方は問題ないだろう。だが、准将が此方の問いかけに答えん。いや、計画の進捗はデータで受け取っているから問題ないのだが……」
「ピリピリしてますからね。彼女」
ファーマルハウトは穏やかな美貌に、軽い笑みを含ませて答えます。カークライト提督は彼女の思わせぶりな様子に、首をかしげました。
「むぅ……怒っているのか? 部隊のほとんどを貰ってしまったからな。面倒を押し付けられたと思ったかもしれん」
フォーマルハウトはそこで、仏とも菩薩とも称される穏やかな顔に、嫣然とした笑みを浮かべました。
「あら、勘違いされてますわ。彼女やる気になってますもの」
「そうかね?」
カークライトは豊かに蓄えた顎髭を触りながら、首を傾げました。フォーマルハウト大佐は、さらに目を細めてこう言います。
「リュヴィエッタは責任を押し付けられたら、逆に頑張ってしまうタイプなのです。むしろ、認められたと思って喜んでいるフシもあります」
カークライトは心の中で「ふむ、軍の考課表でもそうなっていたな」と思いました。ゼータクト准将は「優秀、優秀、尚も優秀。高位のサイキックであり、ルルマニアンの王家の出でありながらも、努力を怠らない高い精神性」と賞されているのです。
「ふむ、ならばいいのだ。旗艦の艤装作業を続けてくれ」
「願われました」
司令部との交信が途絶えた後に、フォーマルハウトはこう呟きます。
「まったく気づいてないわねぇ」
「リュヴィエッタ准将のことですかにゃ?」
通信を横目で眺めていた工廠指揮官ガウディ中佐が、訳知り顔でニャゴニャゴと尋ねました。
「あら、あなた知ってるの?」
「ゼータクトファンクラブの会員達が教えてくれました。彼らの地下ネットワークは侮れないのです」
「ああ」
ルルマニアンはいくつになってもその美貌が衰えない種族ですから、艦母ゴッド・セイブ・ザ・クイーンズにいるヒューマノイド型の男性の中では、ゼータクト准将の人気は大変に高いのです。
「やつらこの世の終わりみたいなことを言っていましたなぁ。オレたちのリュビエッタがとか、ちっくしょうめ! などとも言っておりました」
「あらあら」
フォーマルハウトはコロコロとした笑いを漏らしてから、このようなことを言うのです。
「彼女あの年まで軍務一筋で、浮いた話もなかったからねぇ。カークライト提督は独身なのよね?」
「ええ、奥様を数年前になくされていますから。ですがよろしいので? 准将はルルマニン王家の方、提督は少数民族であるニンゲンですが」
「女王継承権を放棄してるから問題ないわ」
ルルマニアンは女系の複数の王が政体を構成する種族でした。ゼータクト准将はその王族の一人として産まれましたが、王位継承権を放棄して軍務についています。
「艦長も継承権の持ち主でしたな?」
「ええ、母が生きているうちは良いけれど、いつかは軍を離れて母星に戻らなくてはならないのよ。まぁ私は別にいいのよね。その頃には子どもたちが成人して、代わりを勤めてくれるもの」
実のところフォーマルハウト大佐は三児の母でもありました。
「そうですか……おっと」
そのような会話を行いつつも、手元では作業状況を確実に進めていたガウディ中佐は、工廠での作業進捗が終わったことを確かめ「戦艦の結合が完了しました」と告げました。
「旗艦の状況はどうかしら?」
「接合部の強度確認……ヨシッ! あとは本人に聞いたほうが早いでしょう」
ガウディ中佐が端末を操作して、艦橋とデュークを繋ぎます。
「こちら艦載母艦ゴッド・セイブ・ザ・クイーンズ艦長ファーマルハウト大佐、デューク君、ご気分はいかが?」
「す、凄い事になってます!」
艦首前方を中心に装甲コンテナを至るところに接合され、艦体後部にプロペラントタンクやらブースターを呆れるくらい付けられたデュークが、ワタワタと答えました。
「縮退炉を増設した形になっているけれど、バランスはどうかしら?」
「ええと、凄い事になってます!」
両手に持っている戦艦から余剰となったエネルギーが供給され、司令部ユニットのそれと元から持っている縮退炉が合わさり、デュークのパワーゲインは、通常の2倍以上になっているのです。
「追加された武装はどう?」
「とにかく、凄いです!」
デュークの全長に匹敵する程の長大な砲身を持つダンガン族の超長射程電磁投射砲が脇腹に搭載され、艦首からズイと伸びていました。お腹に備えたVLSはアーセナルシップから取り外したもので、大量のミサイルが入っているのです。
体中をありったけの武装と物資で強化されたデュークは「凄い凄い!」というようなシンプルな言葉を連呼するマシーンと化していました。
「ふむ、こういうのを小学生並みの感想っていうのかしら? 巨大な戦艦といえども、艦齢3歳になるかならないかだものねぇ」
フォーマルハウトはデュークには聞こえない小声で呟きながら、苦笑いしました。
「一番大事な推進剤は目一杯飲んだわね?」
「タンカーまるごと一隻分の推進剤を飲んだのは初めてです……ゲプッ」
余りにも大量の推進剤を取り込んだデュークがフォーマルハウトは「あらら、せっかくの燃料なんだから、もどさないでね」と優しく言いました。
「これから貴方は重力カタパルトで加速させるわ。本艦の質量をカウンターマスにして、縮退炉のエネルギーもすべて渡すから、加速は相当のものになるの。龍骨をしっかりと伸ばして耐えてね」
「は、はい!」
艦母に搭載された重力カタパルトは軍艦に初期加速を与えるだけではなく、長大な疑似重力場を形成し数百キロに渡って推進力を供給します。それは連合の重力制御技術の粋を集め、一部には擬似的な空間歪曲まで使用されていると言われる最新の投射装置なのです。
「旗艦護衛部隊が加速を開始」
上甲板では、旗艦護衛部隊がバシュッ! バシュッ! と発艦を始めました。
「上が終わり次第、旗艦の発進シークエンスを開始するように。1.5キロ級戦艦の上、重武装しているわ。予備と補機も全力で回しなさい」
フォーマルハウトは、機関室に指示を飛ばします。
「了解、予備補機、全縮退炉最大出力へ!」
艦載母艦ゴッド・セイブ・ザ・クイーンズに搭載された軍用縮退炉は、主機が24基、予備と補機を合わせると30基にのぼります。艦母はそれらすべての発動機をフル回転させはじめます。すると押さえきれない重力波の唸りが、巨大な艦体のそこかしこを軋ませ始めました。
「縮退炉連動――下部甲板重力バッテリーにエネルギー供給開始。メインフライホイール回転数上昇! 重力コンデンサ予熱順調、内圧100%で安定しています」
「カタパルト指揮所――旗艦の重心、龍骨の位置特定」
「よし、最大出力、最大効率で送り出すのよ」
フォーマルハウトは重力カタパルト指揮所に指示を出しました。
「ガントリークレーン、全パイプラインの開放を確認――ヨシッ!」
下部甲板発進作業指揮官でもあるガウディ中佐が、指差しながらデュークを固定していた各部のクレーンやアンカーが解除されたことを確認します。
「デューク君、推進開始と同時に凄まじい重力負荷が掛かるわ。司令部ユニットへの慣性制御は十分にするのよ」
「は、はい! スラスタを使いながら、司令部ユニットを慣性制御……全部艦首障壁はいつでも起動できるようにして……」
デュークは重力カタパルトから漏れ出る波が龍骨をワシリと掴むのを感じながら、指示のとおりにカラダの調整を続けます。
「発艦20秒前、全兵装の固縛を再確認」
「はい!」
デュークがそう答えた瞬間、ジリリリリリリリリ、カンカンカンカンカン! とけたたましい重力波のアラートが艦載母艦ゴッド・セイブ・ザ・クイーンズの下部甲板を満たします。
デュークは身につけられた各種兵装の接合部を確認し、両手に持たされた無人戦艦をギュッと握りしめました。
「発艦10秒前……システム最終チェック」
デュークのカラダの中にある副脳群が「システム、オールグリーン」「慣性制御安定、いつでも」「安全確認!」とコードを返してきます。
彼の前方にある下部甲板についた発艦ランプが大きな×を表示します。
「5・4・3……」
ファイナル・カウントダウンとともに、示された×がピ、ピ、ピと小さくなり、ただ一点に集中してゆきます。
「2・1……」
そしてポーンとした音が鳴るともに、ランプが大きな○に変わります。同時に巨大な艦外作業服を纏ったグランガンの発艦士官が、身を投げ出すようにしながら、手を艦首前方に振りました。
「重力アンカー解除! 旗艦デューク・オブ・スノー発艦!」
フォーマルハウトの発艦指示が飛ぶと同時に、デュークを支えている重力コンデンサ郡がバキバキバキッ! と火花を散らします。艦載母艦はそのスペックのすべてを吐き出すかのように、デュークのカラダに強大な推進エネルギーを与えるのです。
擬似的な重力井戸を艦首前方に与えられたデュークのカラダは、ゴウッ! と前進し、それとともに艦母は後方にゴォッ! と弾かれました。
「いってきま――――――す!」
デュークはヴォォンとした重力波の汽笛を上げ、艦載母艦ゴッド・セイブ・ザ・クイーンズを飛び出したのです。
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