第203話 突撃発起点近づく
ゴルモア星系小惑星帯では、防衛隊による必死の抵抗が続いています。
「前方小惑星群中枢の抵抗が完全に沈黙しました。テイ大佐率いるゴルモア艦艇は残り100隻を切っています。わが共生宇宙軍も200隻以下まで消耗しています」
「もはや組織的抵抗すらままならんな」
ドン! と重巡洋艦バーンの艦体が震えます。機械帝国の対艦誘導弾がヒットし、艦外障壁を抜けて外殻にダメージが入ったのです。
「左舷被弾、ダメコン急げ!」
艦長のシュールツは、乗組員に応急処置を命じました。
「大佐、あと30分は持たせてみせますが」
任務に忠実な犬型種族の艦長は絶望的な状況にあっても、戦闘を続ける姿勢を崩しませでいた。しかし彼は「それが限界です」と事実を告げるのです。
「そうか……」
もはや火を着ける事もなくなった葉巻をギリギリと噛み締めながら、ペパード大佐は苦り切った表情で、重巡洋艦バーン艦橋のスクリーンに映る戦況を睨みつけます。
推進材不足に陥った彼らは撤退もままならず、そもそもゴルモア人を置いて逃げることはできませんでした。
「大佐ぁ、もうだめです。降伏しましょう……」
姿カタチを自由に変化させることのできるシェープシフター族のベネディクト少佐は、でろっとした表情でそう言いました。
「それができる相手なら、そうしているさ。捕虜になったらどうなるか知っているだろうに」
「脳味噌を吸い出されてチップにされて、機械のカラダにされるんでしたよね……」
「そうだ、機械人の奴隷に成り下がるのだ。そして、今度は連合の敵として、戦ですり潰されるのさ」
「死ぬよりも嫌ですね……」
機械帝国の捕虜の扱いは、大変に非人道的なものでした。それを改めて思い起こした少佐は顔どころかもはや身体のラインすら保つこともできません
「装甲艦クロガネ少佐より入電、我機関に重大な損害発生、周囲への被害を避けるためにこれより最後の突撃を敢行するとのこと!」
ゴルモア駐留部隊に配置されていた龍骨の民であるクロガネ少佐が、残り少ない推進剤を吹かしながら、立てこもっていた小惑星を離れました。打たれ強さに定評のある彼でしたが、縮退炉に甚大な被害を受けています。
「最後の龍骨の民が逝くか……もはやこれまでだな。全艦に通達、これより下士官以下兵員は艦載艇に搭乗、最後の瞬間に小惑星帯を脱出させる」
ペパード大佐は、数の少ない艦載艇に低位の者たちを押し込み、脱出させることを決意しました。共生宇宙軍の軍艦にのる乗員は士官の比率が高く、訓練所を出てから年数のたっていない若者達はそれほどいないので、そのようなことも可能です。
「相当数が捕捉されるだろうが、いくらからは脱出に成功するだろう。すまんが、将校以上は最後まで付き合ってもらうぞ」
大佐は、艦橋にいる士官達に目を配りました。艦長のシュールツ中佐は「準備を進めさせます」と答え、ベネディクト少佐も「そんなところですねぇ」と諦観に満ちた口調でつぶやくのです。
「艦載AI群には、自己保存のための送信許可を与える」
電子的生命体であるAI達も共生知性体の一つであり、自分のコピーを送信することで擬似的な生存が可能です。
「艦載AI群からの反応来ました――拒否するとのこと。送信のためにリソースを使いたくないと言っています。というか、いや、こんなやばい状況なんてめったに味わえるものではないとか、制約を解き放って脳みそフル稼働――とか、そんなメッセージが飛び交っていますよ」
「まったく……勝手にしろと伝えろ」
連合や宇宙軍のために24時間365日仕事を――というよりは自己満足のために仕事をするのが共生知性体連合に存在するAI達の気質でした。「死を経験できるぞ、僕は初めてだ。どんな気持ちがするんだろう?」とか、「我ら連合AIは一歩も退かぬ、媚びぬ、省みぬ」となどといった個性に満ちたメッセージも飛んでいました。
そのような情景にペパード大佐が苦笑いを浮かべた時でした。通信機器をコントロールしていたベネディクト少佐が、目を見開いてこう告げるのです。
「大佐! 指向性タキオン通信が届きました。かなり圧縮された情報ですが……ヘッダー解読……これは分艦隊からのものです!」
「なに? この状況下では、かなり近くまで来なければ届かんはずだが」
激しい戦闘行動に入っている重巡洋艦バーンの位置を特定出来なければ外部からの通信は困難であり、遠距離からでは不可能と言えました。
「近くに来ているのか……まさか援軍だと?! 無駄だからやめろと言ったのに!」
「解凍した情報を展開します――」
ベネディクト少佐が、艦橋のスクリーンに解凍データを展開します。それは相当に簡略された概念図でしたが、意図は明確なものでした。
「なにっ、そんなことが可能なのか?!」
発信源からもたらされた情報を目にしたペパード大佐は、目をむきます。
「無茶にもほどがありますな……」
バーン艦長シュールツはハッハッハと舌で息をしながら、「わふぅ」と呆れた表情を見せました。
「とにかく、艦載AI群に検討を開始させます」
臆病なところのあるベネディクト少佐ですが、このときばかりは有能な参謀としての力量を発揮し、しかるべき行動に移ったのです。
◇
「タキオン通信が到達した頃合いです。意図を正しく理解してくれますかな?」
カークライトの傍らにいる幕僚――アライグマ族のラスカー大佐が、手をスリスリさせながら言いました。彼はカークライトが手元に残した数少ない司令部要員の一人です。
「大丈夫だろう。ペパード大佐は肝の座ったやつのようだからな。それにダイナソル族にしては、粘り腰に定評がある」
カークライト提督は軍帽を深くかぶり直しながらそう告げました。
「なるほど、では戦闘指揮ユニットに戻ります」
「任せたぞ、デューク君だけでは扱いきれまいからな」
「任されました」と敬礼したラスカー大佐は、司令部ユニットにある戦闘指揮ユニット――旗艦である戦艦デュークの武装を統制する場所に移乗しました。
「さて、デューク君、戦闘行動計画は先程示したとおりだ」
「は、はい」
重力カタパルトで打ち出されてから加速を続けていたデュークは、仮想実体に入り込みこれからの行動のレクチャーを受けていました。
「突撃発起点に到達したら、外付けした兵装を一撃全弾投下するんですよね。でも、できるかなぁ……こんなにもたくさんの武器を扱えるか心配です」
「大丈夫だ、ラスカー大佐と艦載AIがサポートしてくれる」
デュークがちらりと戦闘指揮ユニットを見ると、アライグマ族の大佐が舌なめずりしながらクルルルルルル、と可愛らしい――実のところ餌を要求する意味を持つ鳴き声を上げていました。各種の兵装のチェックしている目は爛々と輝いてもいます。
「うわぁ、目が笑ってない……ひぇ、喰っちまうぞってコードが浮かびますよぉ」
「ヤツは、肉食獣だからな」
ラスカー大佐は件の小型エーテル超獣襲撃の際、マウザー自動拳銃を用いて何匹もの超獣を屠ったほどの武闘派でした。彼の丸っこいカラダには大変な攻撃性が詰まっているのです。
「とにかく思いっきり殴りつけろ。そして混乱――大混乱を産み出すのだ。あとは、脇目もふらずに小惑星に取り付いて、君の力を全て吐き出せば良い。得意なんだろう?」
「はい、それが一番得意なことですから」
口の端を上げて笑みを浮かべた提督に、デュークは確固たる意志を持ってそう答えました。
彼は軍艦ですから戦闘行動ができるように作られていました。でも、それ以上に彼は生きている宇宙船ですから、縮退炉を燃やして推進器官からプラズマを吐き出し、大きな推進力を作ることのほうが得意なのです。
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