第198話 ゴルモア星系小惑星帯防衛戦 その3

「敵部隊第四波を撃退しました」


「損害はどうなっている」


「すでに35%を超えています。エネルギーも冷却材の供給も滞り始めています」


「そうか……」


 連合とゴルモアの合同部隊は、機械帝国の四度目の襲撃を跳ね返しました。ペパード大佐は、コンソールに表示された全部体の概況を眺めて嘆息します。そこには、すり減らされ息も絶え絶えなゴルモア防衛隊の姿が映っていたのです。


「辛うじて指揮系統を維持している状態です。このままでは、組織的抵抗どころか撤退すら難しくなります。参謀としては、後退を進言する他ありません」


 部隊の参謀となっているベネディクト少佐は、ペパード大佐に防衛線の放棄を具申しました。


「最後の縦深――ゴルモア首都星前面まで下がり、ラグランジュポイントに存在するコロニー群に籠もって抗戦を行うべきです」


「首都星近隣における民間人の疎開はどうなっている?」


「7割方は終わっています。あるだけのフネ――客船から貨物船、タンカーまで使ってなんとか……ですが、コロニー改造の疎開船の準備がまだ整っていません」


 熾烈な防衛線の裏では、手近な恒星系にいた共生知性体連合のフネをかき集めての疎開作戦が行われていました。これは近傍の星系でも同様にして進められています。


「まだ、それだけの数が残っているのか」


 ペパード大佐は、疲労感に満ちたため息を漏らしました。


「半数とは、上出来だな」


 ゴルモアの連絡武官ティ大佐は手元の端末を操作しながら疎開状況を眺め、ふてぶてしい笑みを浮かべ「ゴルモア1億の民――それだけの数が生き残れれば、なんとでもなる」と呟きました。


「しかし、その疎開船が原因で、本隊が遅れている」


 ペパード大佐は嘆息します。先行した疎開船の一隻が航法を誤り、とある恒星近傍を光速でフライバイしたことが原因で、第三艦隊本隊の移動は遅れに遅れていたのです。


「そろそろ大規模な艦隊行動が可能になってはいるはずだが、ゴルモアに到着するにはあと4日は必要だ。当面の頼りになるのは、次元断裂を抜けてくるであろう分艦隊だけ……どちらにせよ――」


 ペパード大佐が次の句を告げようとしたその時でした。遠距離探査データを見つめていたベネディクト少佐が甲高い声をあげます。


「第五波来ました! 光学観測によるとその数5000隻、まだ増えてゆきます」


「敵の主力が到着したか。ふむ……両翼を伸ばしている……ここを包囲するつもりだな。では、脚の遅いゴルモア艦艇から後退を開始。共生宇宙軍艦艇は支援にまわれ」


 ペパード大佐は、作戦計画に従い順次撤退を指示しました。そこでティ大佐がこの様に口をはさみます。


「いや、支援は必要ない。ゴルモアのフネは気にするな」


「むぅ? それはどういう意味か――――」


「冷却材をほとんど消費したからな。動きたくとも動けんのだ」


「推進剤まで冷却に回したのか?!」


 宇宙船を推進させる推進剤は、冷却材としても使用が可能でした。ティ大佐は、ゴルモアのフネは連続射撃にそれを用いることで火力を維持していたと言うのです。


「こちらに回されたゴルモア艦艇には死守命令が出ている。それに元々、脚の遅い砲艦をここに入れたのは、帰ってくるなというという事なのだ――――おい、艦長。連絡艇を準備してくれ。操縦は私の部下にやらせるから、パイロットはいらんぞ」


 顎をシャクりながら、ティ大佐は「これからゴルモア軍の指揮を取らねばならん」と言い、こう続けます。


「共生宇宙軍が後退するだけの時間は稼げるだろう。最後までおんぶに抱っこというわけにはいかんからな」


 ゴルモアの連絡武官は、ごつい作りの口元を歪めてそう言ったのです。



 同日同刻――機械帝国ゴルモア侵攻艦隊旗艦では、皇女アルルが小惑星攻防戦の戦況を見つめて、


「次の部隊を突入させなさい。辺境皇帝の配下共はすりつぶして構わないわ」


「まだ数万はおりますからのぉ。第五波、いかせますぞ」

 

 総参謀長にして冷酷無比な機械人ジェイムスンは、姫の命令をすぐさま実行するように指示を出しました。


「これはこれでいいとして――あのチンケな星の住民はどうしているかしら?」


「慌てふためき逃げ出していますぞ。諜者によれば、連合の主要航路は混乱を見せ始めておるようですじゃ」


 ゴルモア首都星から飛び立つフネだけではなく、数多くの避難船が近隣星系から飛び立ち、第三艦隊が統括する宙域の一部では、管制能力不足が深刻な状況に陥っていたのです。


「ついでながら、敵の主力は足止め状態ですじゃ。航路の結節点となる星系主星が不安定になり、スターライン航法に支障を来しておりますからのぉ」


 ジェイムスンはカッカッカと笑いました。


「連合の艦隊はどうするかしら?」


「列を乱して参着するでしょうな。さすれば常に数の上で優勢な状況で戦えますぞ。おお、見なされ、敵の援軍が現れましたぞ」


「あら、予想よりもかなり早いじゃない……」


「ゴルモアに戦力が集中し始めた証拠ですじゃ」


「釣り上がったというわけね」


「その通りですじゃ《イエス、マイプリンセス》」


 ジェイムスンは意味深げに、モノクルをキラリと輝かせたのです。



 さらに同日同刻――次元断裂の中の進み上がったデューク達は、ゴルモア星系に向けて穿たれた空間の隙間を抜け出しています。


「陣形を変更後、三時間後に前進を開始する」


 司令部の中でカークライトは「本隊の到着までの足止めが我々の仕事だ」と言いました。彼は先行させた偵察艦の情報により、ゴルモア星系における戦況をかなり正確に掴んでいます。


 彼は分艦隊を機動力に優れた陣形に整列させ始めました。


「おい、お茶が切れたぞデューク。おかわりをくれ」


「はーい」


 デュークの頭の上にある司令部ユニットでは、戦術的交通整理並びに、次元超獣撃退に功績のあったデッカー特任大佐が、デーンと構えてのんびりとお茶を啜っています。すでに分艦隊は戦場となる星系に到着しているため、基本的には正面戦力ではない憲兵隊は、旗艦直属の護衛部隊へとその役割を変えていました。


「ねぇ、デッカーさん。これからどうなるんですか?」


 次元超獣を引きつけ撃退したデュークは、一次的に戦闘態勢から解き放たれています。彼は、分艦隊が整列を完了するまで特にやることもないので、司令部ユニットの中でデッカーの相手をさせられていました。


「概略図、読めねぇのか?」


「ええと、どう読むのですか?」


 デッカーが司令部にあるスクリーンに映されたゴルモアの状況を指差して「かなりヤバイぜ」というのですが、士官教育を受けていない彼は、これからの戦いのことなどさっぱり予想がつかないのです。


「敵は10倍以上、元からいた防衛隊は瓦解寸前、民間人の疎開はまだ半分だ」


 概略図をチラリと眺めたデッカーは、「状況は最悪――並の指揮官なら投げ出してもおかしくねぇな」と言いました。実のところ特殊任務につくこともある特殊な憲兵士官である彼は、相当の教育を受けていますが、まだ若いデュークが分かりやすいように、簡潔に状況を説明したのです。


「カークライトは並の指揮官じゃねぇが、ここは本隊が到着するまで敵を牽制しつつ、時間稼ぎというところだろうな」


「牽制――つまり、戦わないってことですか? 僕はてっきり、すぐに戦いを始めるんだと思ってましたよ」


「敵艦隊の数は分艦隊の10倍を軽く越えるんだぜ。マトモにやりあってちゃ、いくら命があっても足らんぞ……ずずず。うむ、上手いお茶だ。司令部ともなると良い茶葉を使ってやがる」


 お茶をすすったデッカーは、お盆に乗った少物体を取り上げ透かすようにして眺めます。美しい光沢を持った金属のペレットお茶菓子が彼の手の中でキラキラと輝くのです。


「惑星トンデモニア産の超重元素トンデモニウムか、ゼータク品だな」


「美味しいそうなおやつですねぇ」


 端で給仕していたデュークは概略図から目を離すと、デッカーの手にあるお菓子に視線を移しました。


「なんだよ、欲しいのか?」


「えっと……」


「ははは、戦況より食欲とは、まだまだ餓鬼だな。だが、それでこそ我が同胞ってやつだか――――やるよ、こいつは旨いぞ」


 デッカーは、超重元素をすり潰して作った茶菓子をデュークに手渡しました。デュークは「ありがとうございます!」と言って、それをモグモグと口にします。


 美味しそうにお茶菓子を頬張ると「すっごく美味しいです!」と笑みを浮かべました。そんなデュークの姿に、デッカーは微笑みを浮かべながらこう呟きます。


「こうしてみれば、でっけぇ子どもってだけだが――俺の10倍以上有るデカブツなんだよなぁ」


 経験豊富なデッカー特任大佐は、いまいち状況を掴めていないこの若い龍骨の民デュークが、軍艦としては恐るべき力を持っていることに気づいています。


「こいつの力をどう使うかが肝だぜ――」


 分艦隊司令官カークライトは、いつもながらの平然とした姿勢を崩さず、的確な指示を出し続けています。デッカーはそんな司令官を見つめながら、「ま、わかっちゃいるだろうな」と苦笑すると、手元のお茶をグィッと飲み干すのでした。

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