第87話 休日、そしてまた訓練

 時はさかのぼり、休日前夜。宿舎で戦艦ナワリンと重巡ペトラのミニチュアが会話をしています。


「ナワリン、休日はどうする~~?」


「そうね、まずはデュークに会いにいきましょ。訓練の間は気づかなかったけれど、あいつの電波を感じていないと、何故か龍骨がスカスカな気分になるのよ」


僚艦フレンズ気分ってやつだね~~!」

 

 龍骨の民は仲間が近くにいないと落ち着かない気分になるのです。一隻で独航するフネもいるのですが、それをするにはそれなりの訓練と経験が必要でした。


「でもさ、ボクの電波だけじゃ不足ってこと~~?」


「あんたは重巡じゃない。なんていうか、戦艦の電波ってのを感じたいだけよ」


「大きくて強いフネに続航したがるってやつ? この辺りだったらデュークが一番大きいものね~~!」


「強いかどうかは微妙だけど――――」


 ナワリンは「あいつ、龍骨がお子ちゃまなところあるのよね」といいました。デュークは人一倍どころか化け物じみたサイズのカラダを持っているのですが、なにかにつけて「ふぇっ!?」とビックリするようなフネなのです。


「でも、イザって時の芯は強いと思うよ~~?」


「まぁそうだけど――カラダの大きさの割には結構、動揺してるわ」


 龍骨の民は男型のほうが後先考えずにカラダを動かす傾向があり、動揺が激しいという特徴があるのです。


「へぇ、ボクにはそう見えないけれど~~!」


「あんたよりも私の方がデュークにサイズが近いし、戦艦同士だから分かるのよ」


「そういうものなんだ~~! でもさ、ナワリンはデュークの細かいところまで、随分良く見ているね…………ねぇ、ナワリン?」


 ペトラが「もしかして君も」と尋ねると――


「ふん、良い質問ね! その答えは……」


 ナワリンは言葉を区切ってから、こう答えます。


「ふっ……まったくもって、自分自身がわからないのよ!」


「それってどうゆことぉ~~?」 


「デュークが私よりデカイってのは認める事ができたし、良いやつだってのも分かるわ。でも、なんていうか、戦艦としての対抗意識? そういうのって、なかなか消えないのよねぇ」


 戦艦同士だから同じ艦型だから仲が良いという傾向は有るものの、龍骨の民の恋愛事情というものは一般的な知性体とは異なる部分が多いのです。


「私の氏族は、女型の軍艦ばかりだから特にその傾向が強いって、おばあちゃんが言ってたような気がするわ」


 ナワリンの氏族であるアームド・フラウには、女型艦船型しか産まれません。彼女達は、龍骨まで武装していると言われている気の強いフネばかりなのです。


「じゃぁ、ツンデレのツン期なの~~?」


「あんたの龍骨、どういう検索してるのよ。それにデレるの前提にしないで! それより――あんたはどうするのよ。そもそもペーテルって偽名のままでいくのかしら? デュークはあんたが男の子だって思ってるのよ」


「あっ、そうだった! どーしよ――――?!」


 ペトラは「隠し事してたこと気づかれたら、嫌われる? そもそも、ボク、女の子だって思われてない~~っ?!」と愕然とするのです。


「自業自得だわ。偽名なんか使ってるから面倒なことになるのよ。ま、どうするかは自分で決めなさい!」


「そんな~~!」


 ナワリンは「とにかく、明日の休みはデュークに会いに行くわ。それまでに考えておきなさいな」と告げ、布団を引っ被りました。


「ごめんも、そんなも、要らないわよ――っ!」


 そして休日に入り再開した二隻ですが、デュークの迂闊な会話がもとでナワリンがお冠となるのです。


 ペトラはその様子を陰から覗きながら「行こうか行くまいか~~すっごく悩むよぉ~~~~~~~!」と龍骨をイジイジさせていました。

 

 久方ぶりにデュークの姿を認めて飛びして「ボク、ペトラ、女の子だったの!」と彼に告げたくもあるのですが、龍骨の中では気恥ずかしさが勝っているので、どうにもこうにもなりません。


 ペトラは「うう~~~~やっぱり無理ぃ~~!」と叫ぶと、艦尾を返してどこかへ駆け出していきました。


「おや、ペーテルの声が聞こえたような気が……」


「あ、あいつめ……」


 ナワリンが切れ長の目を細めて、逃げ出してゆくペトラの後ろ姿を睨みます。


「どうしたのかな? なにか変なモノでも食べたの?」


「ペー……あいつ、朝からちょっと活動体の調子がおかしいのよ。疲れが溜まっているみたい」


「ふぅん、残念だなぁ、久しぶりに会えると思ったのに」


「じゃ、私は部屋に戻るわね。あいつの様子が気になるの」


「ふぇぇぇぇ、せっかく久しぶりなのに……もう少し一緒にいたっていいじゃない」


 デュークがなんとも寂し気に口をすぼめました。そんなデュークの様子をまじまじと見つめたナワリンは「そう……?」と少し嬉し気に口の端を上げます。


「でも、ルームメイトが優先ね。あんたはお仲間と仲良く休日を楽しんでなさい!」


 ナワリンはピシャリと言い放つとフワリと浮かび上がって席を立ち、スルスルと部屋に戻っていきました。


「ああ、行っちゃったぁ……」


「おい、そんなに肩を落とすなよデューク」


「そうよ、一週間後、また休日があるじゃない」


 デュークがなんだかさみしげに艦首をカックンと落とすものですから、傍で会話を聞いていたスイキーとマナカは慰めの言葉を掛けます。


「ほら、メシ食えよ。お前これ喰うか?」


 スイキーは「この偽魚、高いだけあってうまいぞ!」と手にした生魚をデュークの口にポイっと放り込みました。


「ん――美味しい!」


「私のドーナツも上げるわ。これ食べて元気だしなさい」


「はぐはぐ。うわぁ、とても甘いや…………」


 デュークの龍骨にはいまだモヤッとした気持ちが残ってはいますが、仲間からの慰めと、生の魚の滋味とドーナツの甘みを感じて、「ありがとうふたりとも!」と、異種族の仲間達に感謝したのです。


 

「おるぁぁああつ! 手を動かせ! 足を動かせ!」


 休日が終わると、また訓練漬けの一週間がはじまります。定番の走り込みは毎日続いていますが、訓練メニューは単純な基礎訓練から、技術的なものに移っていました。その一つである徒手格闘術の時間では、各種族のカラダの特徴に合わせた軍隊格闘術を学ぶのです。


「攻撃しろ! 攻撃だ!」


「クワァァァァァァァァッ! クワッ! クワッ! クワッ!」


 教官の一人が持った人形型のサンドバッグに向けて、スイキーが翼をフリフリさせたり、ペシペシと殴っています。


「翼じゃ攻撃力が不足だ! スイキー! お前の持ち味を活かせ!」


「サーイエッサー! じゃぁ、嘴だ! くちばし攻撃ぃ―――――!」


 翼に比べて嘴の攻撃力は中々のもので、穴の開いたサンドバッグからザラザラと砂がこぼれ落ちます。


「いいぞ、止めをさせ!」


「うおりゃぁ――――!」


 穴が空いてボロボロになったサンドバッグが地面に投げ捨てられると、スイキーは強力な力を持つ両脚で飛び上がり、人形にのし掛かると、鉤爪でその首をブチンと切り落としました。教官は「ふっ、お前の脚は凶器だな!」と大満足です。


 その隣では、グローブを付けたマナカが、プロテクターを付けた女性の教官相手に徒手空拳の技術を学んでいます。


「ワンツー! ワンツー! そう、上に意識をそらして――そこで、蹴り上げろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! 躊躇しないのっ!」


「サーイエッサー! いくわよ、必殺ぁぁぁぁぁぁつ、金○潰しぃ――――――!」


 マナカは拳でジャブで牽制した後、エグい角度で蹴ってはいけないものを蹴り上げました。女性の教官は「私にタマがあったら、潰れているわ!」と苦笑いするのです。


 その横では、長い木の棒をヒュンヒュンと振り回す教官がおり、その正面にはアリのパシスが「ひぇぇぇぇぇ」と巨体を竦ませていました。


「アリ! ビビルな! これはただの木の棒なんだぞ!」


「いや、なんだか怖くて……」


「貴様、これはただのセルロースの塊なんだ! アリのお前の大好物だろうが!」


 棒術の達人らしき教官は、パシスの頭に棒を突き入れると、パシスは反射的に顎をガチリと開いて受け止めました。


「ぬ……噛みつき攻撃か、で、どうするんだ?」


「サーイエッサー……」


 そうぼやいたパシスが大顎に力をいれると、それなりの太さのある木の棒がボキリ! とへし折れました。その光景を眺めた教官は「すごい顎だな――シロアリ」とお褒めの言葉を掛けるので、パシスは「私って白アリじゃないんですがねぇ」とぼやいたのです。


「いくぞ、ウドの大木――この攻撃を受けてみろぉぉぉ!」


 教官の一人がゴムで出来た訓練用のパドルを振るって、ぶっといカラダをしたキーターに殴り掛かっています。樹木の彼は移動相ド遅いので、軽やかなステップでそれを交わすような真似はできませんが――


「はぁ――――左回転レフトサークル! 右回転ライトサークル! 上段アップ! 下段ダウン!」


 その長い枝――樹木型種族の腕はかなりの可動性を持っています。キーターは縦横無尽に振り回し、回転させたり打ち上げたりして攻撃を全て無効化するのです。教官は「なっ、全て受け流されただとっ?!」と驚くほかありません。


「貴様、お前格闘技をやっとるな――! 空手か?」


「サー! ミヤナギ道空手です! ブラックベルトをもっとります!」


 ミヤナギ道空手は敵の攻撃を回転の動きで風に柳と受け流す、防御に優れた宇宙空手の一派でした。なお、ライバル関係にある流派はコプラ会といい、ココナッツの実のように硬い拳を作って殴打する攻撃的な流派です。


 キーターと教官が「バンザイ!」とか「アリガト!」とか言っているそばでは――


「ここだ、ここに打ってこい!」


「えい!」


 ゴローロ軍曹を相手にデュークがボクシングを学んでいました。


「もっと、もっと回転を上げろ、次、右二発!」


「えい、えい!」


 軍曹が持つミット目掛けてデュークのクレーンが振るわれるとボスっとした音が鳴り、それなりの威力があることが伺えます。龍骨の民のクレーンというものは、食べ物を口に運んだり綱を掴むといった作業に使うものですが、それをパンチに使えば立派な武器になるのです。


「えい、えい、えい!」


「よし、キレが出てきたぞ!」


 地表の重力にも慣れてきた彼は見事な姿勢制御を見せながら、切れのあるパンチを繰り出せるようになっています。


「よぉし、今度は回避するぞ――当ててこい!」


 軍曹はタッタッとフットワークを使い始めます。デュークは彼に向かって「えいえいえいえいえい!」とクレーンを振り回して果敢にアタックするのですが――


「そら、そら、そら、そら! 一つも当たらんぞ!」


 ずんぐりとした体型のゴローロ軍曹でしたが、カエル型種族の持ち味である脚力を用いてピョンピョンと動きながら、デュークの攻撃を捌きます。その上、時折ミットを飛ばしてデュークの艦首をペシリと叩いてくるのでデュークは「あいたっ!」と叫ぶ他ありません。


「どうした、どうした! 手を出せ、カラダを動かせ!」


「おりゃ! おりゃ――!」


 デュークは必死にクレーンの回転をあげましたが、なかなか当たらないのです。


「お前の武器をすべてを出してみろ!」


「えっと、ミニチュアに武器は付いていません」


 フネの武器と言えばレーザーやミサイルなのかもしれませんが、活動体にはミニチュアとしての飾りしかついていません。


「そんな事は知っとる! 頭を使うんだ。創意工夫してみろ!」


「ふぇぇ…………」


 創意工夫は宇宙軍のモットーの一つです。デュークは「頭を使う……かぁ……」と、龍骨をネジネジしながら、ひとしきり考えを巡らせ――


「そうかっ!」 


 と叫ぶと、ゴローロ軍曹から距離を取りました。軍曹は「おいおい、逃げるのか――!」と罵るのですが、デュークはその怒声に構わず更に距離を取り、10メートルほど下がってからこう言います。


「行きまーすっ!」


「なに?」


 デュークは「緊急ブーストぉぉぉぉぉ!」と叫ぶと、カラダの中の内圧を高めて重力スラスタを全開にし、あわせて推進器官に火を入れました。ミニチュアについたそれらはただの飾りではなく、疑似縮退炉のエネルギーを使う本物なのです。


 そしてデュークは凄まじい勢いでグルグルと回転し、速度を上げ続け――――


「なっ…………」


ラムあたぁぁぁぁぁっく衝角攻撃!」


 弾丸のような勢いでゴローロ教官の鼻づらに向かって突っ込んだのです。


「ゲロロッ?!」


 意表をつかれたゴローロ軍曹は、デュークの舳先をまともに受け止めることになりました。デュークの活動体はモコモコとした素材で出来ていますが、それなりの重量も持っているので、大変な衝撃がゴローロのカラダに伝わっています。


「つつつ、やってくれるじゃないか――」


 軍曹の面の皮というものは分厚いと相場が決まっていますが、流石にデュークの舳先を受ければかなりヒリヒリするのです。


「だがまぁ……たしかに艦首を使った攻撃だな! 良い攻撃だったぞ、デューク!」


「あ、ありがとうございます!」


 ゴローロはニヤリとしながらデュークを褒めました。これまではボロ船と罵られるだけだったデュークは軍曹の言葉にちょっとビックリしつつも、龍骨に誇らしい気持ちがにじみ出るのを感じたのです。

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