第270話 傭兵と民間軍事企業
「うわぁ、なんだかいろいろな人がいますね」
「うむ、全員集まっておるようじゃのぉ」
デュークの背中に括り付けられたクィフォア・ホウデンの艦橋部に設えられた応接ユニットでは、十数名ほどの知性体が思い思いの格好で座っています。
和尚はデュークに「デューク君、ワシの後ろでよくよく話しを聞いておるが良い。後で気づいたことを、教えてくれると助かる」とデュークに言い聞かせ、応接室に入りました。
「皆、よく来てくれた。ドンファン・ブバイのトクシンじゃ。皆よろしう」
トクシン和尚が福々しい笑顔を見せながら、まるっとした手で顔を撫で撫でしながら戦神の僧侶姿で挨拶をすると、傭兵団の代表やら民間軍事企業の前線指揮官達は「トクシン様といえば、戦神の大僧正……でしたな」「おおっ! ドンファン・ブバイの僧正様ではないか! ありがたや、ありがたや」「なに、この坊さん、ずいぶんと太ったネコだぜ」などと様々な反応を見せました。
「しかし何故、共生宇宙軍の戦艦に戦の神のお坊様がおられるのです? ペンギン帝国が用意した従軍牧師ということでしょうか?」
大手民間軍事企業ピースメーカーの前線支配人サム・コルツ――ドロイド型種族である彼は軽く握った右手を頭に当てながら、首をかしげて尋ねます。
「いえ、ワシが皆さんの指揮を執るのです」
トクシンは端的な言葉で答えました。
「は? 指揮を? 我らの雇い主はペンギン帝国ですが」
「ふむ、これをご覧あれ」
トクシン和尚は懐からセルロース製と思われる古めかしい媒体を広げ、そこに記された内容を皆が見えるように掲げるのです。
「これは珍しいタイプの硬式契約書ですな。なになに本星系の防衛のため、ペンギン帝国は彼の者に無制限の包括委任を…………こ、これは?!」
トクシン和尚の手にしたペーパーに記された内容にコルツが目を丸くします。トクシン和尚が掲げた紙には和尚に傭兵達に対する全指揮権を委任するという内容が記されたのです。彼は紙面に記されたサインとペンギン帝国の公式印を確かめ「ペンギン帝国皇太子のサインが入っている本物ですな……」と呟きました。
その他の指揮官たちも紙面を一瞥し、その内容を確かめ、「この委任状――費用の上限が普通の星系の国家予算か」「さすがはペンギン帝国ですな。しかし、それを……」「寄進みたいなものか? いや、フリッパードは海と氷の土着神を進行していたはずだが」などと様々な声を漏らします。
「ワシがペンギン帝国の代理指揮官であること、理解してくれたかな? 皆の衆」
「ガァ――――そりゃ銭さえ払ってくれりゃ、相手が飛べないトリだろうと、飛べるトリだろうと、俺達は気にしないけれどな」
ペンギンとは違ったトリ型種族である傭兵団ワイルド・グース団長マガモ族のカ・モーネギは葉巻を横咥えにしながら「それがたとえネコの坊主であってもね」とニヒルな笑みを見せました。
「だが、その前に確認しなきゃならんことがある」
カ・モーネギはプカプカと紫煙を吐きながら「こいつは大事なことだ。命よりもな」冷笑的な薄ら笑いを浮かべてこう尋ねます。
「メカロニアの奴ら、そろそろ到着する頃合いだって聞いたが、まだ共生宇宙軍の主力が到着していない。まさか今のママの戦力でやり合おうってのか?」
モーネギは薄ら笑いを浮かべながら、軽く握った右翼で頭を軽く叩きながら「そいつは論外だぜ、ネコのお坊さんよ」と言いました。傭兵団の中でもかなりの戦力を持つ彼がそういえば、他の傭兵どもも「そうだ、そうだ」と声を揃えます。
「うむ、そうですぞ。第三艦隊が主力として我々は雇われたのです」
ドロイドのコルツも「モーネギ殿の言う通りですぞ」と首肯するように、ペンギン帝国と彼らが元々の結んでいた契約から状況は相当悪化しているのでした。民間軍事企業の前線支配人であり相当に優秀な電子頭脳を持っている彼が「状況が違います」と言えば、同業他社の支配人たちも「契約外の業務だな」と頷くほかありません。
「それは存じている。しからば契約を変更させていただく」
「契約変更? そいつは高く――」
カ・モーネギが「つくぜ」という間も与えず、トクシン和尚は確固たる口調でこう続けます。
「共生宇宙軍の主力が到着するまでの間この星系を守る報酬として、元々の契約金額と同じ額を支払いますぞ」
「三ヶ月分の契約金額と同額ですか? それはなかなか。しかし予想される損害に対しては――」
相当の報酬を提示した和尚でしたが、ドロイドのコルツは軽く握った右手で金属製の頭をコンコンと叩き、ピコピコと電子頭脳を巡らせてから「割にあいません」と答えました。他の指揮官も同じように「前面にでるのは被害が出すぎる」「あぶねーよなぁ」などと声を揃えています。
「であれば星系防衛時の艦艇・人員の被害に対しては共生宇宙軍の基準で全額保証しましょうぞ」
傭兵契約や軍事契約においては、それらの費用は雇われる側が負担することが多いのですが、和尚は「全額」と言い切りました。その言葉に指揮官達は「ううむ、それはすごいな、メンテの費用も含まれるんだろうか?」「だが、どうだろうな。命あってこそだし」などと今一つ冴えない反応です。
「なぁ、坊さん。俺たちゃビビリだからな、メカロニアの正規軍とやり合うなんて怖くてなぁ――もう少し色をつけてくれねーか?」
マガモのカ・モーネギは「お小遣いがあればやる気が出るかもしれない、なんてな――」などと宣います。
「よろしい、星系防衛の暁には契約金の倍額を成功報酬をとして支払いましょう。それが拙僧の示せる最大の条件ですニャ」
トクシン和尚は「これで拙僧が預かったお財布も、空っぽになりますからな。ほっほっほ」と、徳のある笑みを浮かべました。
「グァグァ、太っ腹な坊さんだぜ――よし、俺は乗った!」
カ・モーネギは傭兵団の中でかなり影響力が強い男です。その彼が「乗った!」といえば、他の傭兵達も「美味しい話だな。俺たちも乗ったぜ」ということになるのです。
「どうだい、ピースメーカーのドロイドさんは? いい儲け話だと思うが」
「ええ、損益分岐点を軽く超えますね。お断りする理由がありません」
ドロイドのコルツも提示された金額を了承します。民間軍事企業でも指折りの計算能力を持つ前線支配人である彼がそう言えば、同業他社の支配人達も「弊社も了承します」と同意するのでした。
「うむ……それではこのまま作戦会議を始めましょうぞ」
トクシン和尚はこのようにして、ペンギン帝国から預かった財布の中身を全て吐き出すことで、傭兵達と民間軍事企業の指揮権を確立したのです。
そして作戦会議が終わった後のこと――
「どうみる、デューク君?」
「ええと、傭兵とか民間軍事企業って凄いお金がかかるんですねぇ」
「ほぉ、作戦のことよりも、そちらが気になったかニャ?」
「だって、和尚様の作戦は理にかなっているから、誰も文句を言いませんでしたけれど、最初のときはなんだかお金お金、契約契約って煩かったじゃないですか」
デュークがそう言うとトクシン和尚は「ほっほっほ」と福々しい笑みを浮かべて、こう続けます。
「その他に気づいたことはあるかニャ?」
「えっと和尚様がやっていたのは、”
「まぁ……そうじゃな。それで、他には?」
「あのカモの傭兵団長と、民間軍事企業のドロイドの支配人が中心人物なんですか? 彼らとばかり話をしていましたけれど」
そこでトクシン和尚は「よう見ているものじゃな。目の付け所が鋭いの」と更に笑みを深くするのです。
「でも、なんだか変な感じなんですよ。あの人達」
「ん? どこが変じゃとおもうのかニャ?」
「和尚様との交渉――なぜか龍骨の中から”台本みたいな受け答え”ってコードが浮かび上がってくるんです。あと、仕草がなんだか変だったし……なんでだろ?」
「む……」
デュ―クが艦首をひねりながらそのような言葉を漏らすと、トクシン和尚はちょっとばかり目を丸くして真顔になりました。
「どうしたのですか、和尚様?」
「いやはや、カークライト提督が目を掛けるわけじゃと思ってニャァ……。まぁそれはよろしい――」
トクシン和尚は破顔大笑という面持ちで、艦首をひねるデュークに「よくよく物を見て、学んでおるようじゃ、大変結構じゃニャ!」と言ったのです。
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