第271話 和尚の差配

「先行観測から入電! 敵スターライン航法の痕跡を確認です!」


「ほっほっほ、おいでなすったニャ」


 チタデレ星系外縁部に達したデュークは先行する量子観測艦からのデータを受け取ると、自分自身の量子レーダーを起動させて「ええと、あの辺かな?」と覗き見を開始します。


「う…………これはすごい数ですよ。あれは少なくとも1万はいます!」


「予想される数は2万隻じゃから、まだくるぞよ」


 トクシン和尚は冷静に「全艦戦列を維持しつつ、砲撃準備。デューク君はどっかりと構えておくニャァ」と命じました。彼の指揮命令に従ったデュークはトクシン和尚の指揮する傭兵集団のやや前方でその巨大な艦体を顕示します。


「ふぇぇぇ。敵の数、なおも増大中――量子レーダーの反応で副脳が溢れそうです! こんな数――相手をしたことも、見たこともありません!」


「ほっほっほ、ワシもこれほどの数は久方ぶりだニャ」


 デュークが龍骨を震わせると、トクシン和尚は「おびえるでないぞ、デューク君」と言ってからこう続けます。


「こちらにも万を超えるフネがおるのじゃ」


「そ、そうですね……」


 ゴルモア星系から2つほど下がったチタデレ星系の外縁部に所在するデュークの周囲には、共生知性体連合の各所より集まった傭兵や民間軍事企業のフネ1万5千隻あまりが見事な隊形を維持したまま防衛線を展開していました。


「そしてカークライト殿の別働隊、ペンギン帝国の予備隊を合わせれば、2万。その上我らは防御側――――やつらが来たとしても、ただ撃てばよい。とはいえこちらの統制はいまだ不十分じゃがニャァ」


「うわぁ、やっぱり大変なんですね」


 和尚が率いるのは1万5千隻の傭兵集団であり、かなり雑多なフネで構成されています。共生宇宙軍の艦隊ネットワークに準じた指揮統制ネットを構築し、各集団をリンクしていますが、その統制は困難なものでした。


「まぁ、このトクシン和尚にお任せあれ。なにせワシは共生宇宙軍元中将チャールズ・ラトウィッジじゃからニャァ……ふっふっふ」


「ふぇぇ……」


 デュークが不安げにしていると、和尚はいつもの福々しい笑顔ではなく、なにか得物を捉えた時の肉食獣のような薄ら笑いを見せました。それは大変な自信に満ちたものでありデュークは龍骨がゾクッとするのを感じます。


 そしてトクシン和尚は、両の猫手を合わせて肉球をプニプニさせながら目をつむり「敵スターラインの分布、我が方の隊形、各傭兵集団の練度の差、艦のレーザー出力の偏り――」と呟き始めます。


 チタデレ星系に伸びてくるメカロニア艦隊のスターラインは今にも外縁部に到着してその実体を顕にしようとしているというこの時――和尚が何をしているのかを直感的に感じ取ったデュークが「レーザーが最大の効果を発揮するタイミングを読み切ろうとしている?」と思った時――


「あそこに集中しよう」


 和尚は淡々とした表情でそう言いました。この時の和尚の顔はいつも笑顔でニャァとも鳴く猫のそれの中に、冷徹な計算能力を持つ指揮官の色が混じっています。


「前方集団5千隻に伝達。敵到着予想位置に重ガンマ線レーザーを叩き込む」


「残りの集団はまだ両翼で展開中ですけれど、砲撃させないのですか?」


「あれらは練度も指揮も低い。後回しじゃ」


 トクシン和尚は砲撃能力に優れた5千隻のフネを前方に集中し、直率する指揮艦艇の数をあえて制限していました。これにより雑多な組織で構成されている部隊の統制能力を一時的に高めスターラインを終えたところを狙い撃ちにする作戦を立てていたのです。


「それより、第二砲塔は使えるかニャ?」


「は、はい。まだ精密射撃はできませんけれど。大雑把でよければ、撃つだけなら」


 デュークの答えを聞いた和尚は「よろしい」と軽くフンス! と鼻息を漏らしました。デュークの第二砲塔はその基部が歪んで回転できなくなっていましたが、体内ナノマシンのお陰で最低限の動作が可能なまでに回復していたのです。


「合図に合わせて、あのエリアに主砲を放て。旗艦の射撃が合図となるのだぞ」


「は、はい!」


 坊主で指揮官な和尚の言葉を受けたデュークは、「なんていうか、これが大部隊を率いた歴戦の猛者ってやつなのか」などとした感想を覚えます。この時の彼はカークライト提督に指揮を受けたときよりも安心感を覚え、龍骨がピシッと固まるような感覚を得ていたのです。


「砲撃開始まであと20秒――――」


「いつでも行けます!」


 デュークは砲撃に備えて砲身を冷却しつつ、いまかいまかと和尚の顔を覗き込みます。その彼の視線に気づいた和尚は少しばかり面白げな色を目に浮かべ「……ほっほっほ、気張っとるニャ」と呟きます。


「旗艦、発砲用意――――放て」


 発砲命令が下ると同時に、デュークは「行きます!」と叫びながら、重ガンマ線を放つことのできる最後の砲身からレーザーを撃ち放ちました。


旗艦発砲、砲撃部隊同調Flagship firing, artillery synchronization


 元分艦隊の司令部ユニットに搭載されていた艦載AI――いまはデュークの副脳に潜り込んでいる口数の少ない機械知性がシグナルを発すると、5千隻におよぶ艦艇が一斉に射撃を開始したのです。

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