第244話 目的達成、その対価

「ここが踏ん張りどころだ!」


「はいっ!」


 ラスカー大佐は愛らしい顔をクシャクシャにしながら「征け、デューク!」と叫び、対する少年戦艦は「大佐殿! 指揮官代行殿! 艦長代理! 砲術参謀殿!」と龍骨に覚悟をブチ込みながら砲撃を続けます。


「敵戦艦に直撃弾――――っ!」


「反撃くるぞっ! 縮退炉緊急出出力――っ!」


「いきますっ、艦外障壁全っ開ぃ――――ぐがっ――――たかがマニュピレータの一つや二つ――っ!」


「よし、その意気だ! やり返せっ!」


「はい、主砲冷却完了、撃ちますっ!」


 やる気、本気、それは無敵――――デュークは、そのような心持ちのまま、縮退炉をガンガン燃やし、艦外障壁をバリバリ全開にし、ガンマ線をドカドカと吐き出し続けました。


「うぐっ、第二砲塔の電路がオーバーフローしました。砲身も相当加熱してます! でも、まだやれます!」


「おおよ、まだまだいけるさ少年戦艦っ!」


 デュークは「火力。火力。火力!」とばかりに、ポジトロニウムを炸裂させ、強力なレーザーをぶっ放すものですから、冷却が追いつかずに焼け付く砲身が続出します。ラスカー大佐は「気張れよっ! 艦載AI、修理ドローンを展開、ダメコン急げっ!」とデュークを応援しながら、継戦能力の維持に努めました。


「敵艦、中距離で並航中――――!」


「ミドルレンジに入ったなっ! 主砲射撃継続しつつ、副砲群オールウェポンズフリー! 一切合切を投げつけろっ! 手数だ、手数で勝負だ!」」


「わかりました。全部撃ちますっ!」


 更に距離が近づくと、電磁速射砲やX線レーザー砲の有効射程に入ります。デュークは固定されているそれや、大型多目的格納庫に入っている副砲たちを全力で投入するのです。


 そしてそれは相手方も同じでした。雨霰と打ち込めば、同じだけの砲弾が熨斗のしをつけて返されるのです。


「ぐがっ――――うぐぐぐぐぐぐ……装甲に食い込んできた……」


「怯むな、敵も苦しいはずだっ!」


 中距離の打ち合いにより、お互いの砲塔や兵装を相殺しながら、二つの超大型戦艦は更に距離を近づけます。それは外殻はもとより、内部構造まで貫徹する砲弾が出始める頃合いでした。


 メカロニアの超大型戦艦――すでに艦体に記された機械帝国語からプロメシオンと判明したそれも、艦体の各所にある中型以下の砲を起動させて対抗しているから当然のことなのです。


「左舷副砲群、半壊っ!」


「10秒後に艦首軸線を中心に180度回転」


 大小の砲弾がバッキバキに打ち込まれた左舷側は有り体に言って、ズタボロの状態です。ラスカー大佐は比較的被害の少ない右舷側を敵に志向するため、デュークの中心軸を重心として艦体を振り回しました。


「右舷副砲群射撃開始っ! おい、こっちは残存する荷電粒子砲があったな?!」


「はい、二門あります!」


「何発撃てる――っ?!」


「あと一発です! 直結するコンデンサが足らなくて、それ以上は無理です!」


「かまわん、エネルギーを回せ! セキュリティを解除してやるから、砲を捨てるつもりで撃ち続けろ!」


 ラスカー大佐は、デュークの副脳に向けて緊急射撃コマンド――龍骨の民のカラダに作用する一種の電子ウイルスをぶち込みます。合わせて艦載AIが「ファイト――!」と緊急動作用のナノマシンを展開させました。


「イッパァァツ! ヴォォォォォォォォォォンうおりゃぁぁぁぁぁぁぁx――――ッ!」


 大佐の命令とAIのドリンク差し入れというサポートを受けたデュークは、残った大型の荷電粒子砲――すでに消耗しきりダメージが蓄積したそれを全力射撃させるのです。すると強力な重粒子がブワリと放たれ、同時に砲が耐久力の限界を迎えて砲身ごと炸裂しました。


「腔発かっ! だが、この一発は重いぞ!」


「あっ、直撃です!」


「抜けたかっ?!」


「あ、微妙だ……艦載AIさんが、エネルギー貫徹率45%だって言ってます!」


「なにぃ……」


 デュークのビーム攻撃は敵の超大型戦艦に対してかなりの効果を生んでいるのですが、ラスカー大佐が期待したほどではありません。


「ぐぁっ、また直撃弾がっ!」


 デュークの粒子砲攻撃に対して、戦艦プロメシオンがありったけの兵装をぶちまけて、何度目かわからなくなった反撃を行うと――――


「艦外障壁避弾経始20パーセントに低下」

「いまの被弾で、装甲金属5パーセント損失、残り65パーセント!」

「第三砲塔バーベットに異常発生、砲塔旋回に支障がっ!?」


 デュークの戦闘力は次第に危うい気配を見せ始めるのです。装甲は赤熱化どころか融解し失われ、彼の生体兵装や各種の機器はそこかしこで弾け飛んでいました。


 対してプロメシオンの様子はというと、こちらも戦闘力を大きく減じていますが、まだまだ意気軒昂というほどに火力を展開しています。


「ちぃ、敵さんの方が余裕がありやがるかっ―――こちらはこれまでの疲労もある上、敵さんはド新品だから……な」」


 メカロニアの超大型戦艦はこれが緒戦ですから余力がありありで、対するデュークはこの数週間の間、次元超獣とのバトルやら、敵の戦線への突撃――アーナンケの推進など疲労が溜まっているのです。


「そんなの関係ありません! いけます! やれます!」


「くっ、そうだな……」


 デュークは強がりを言うのですがその差が大きなビハインドとして、戦艦同士の戦いに影響してきます。中年のアライグマは、少年戦艦の状況を冷静に分析しつつ、基幹的な戦闘力をなんとか保とうと奮闘します。


 ですが、戦闘が継続するにつれ、デュークの力はじわりじわりと失われ、敵側の有利が確実なものとなってきました。そして、とうとう司令部ユニットにも被害が生じるのです。


「装甲帯二番区画に直撃、艦外障壁発生機に異常発生だとっ! ええい、外周部装甲帯冷却開始、ハードディフェンスモード発動!」


 デュークのバリア以上に堅牢無比な能力を誇る司令部ユニットの艦外障壁がダウンしたのを確認したラスカー大佐は、外周部にある装甲帯の物質としての防御力を増加させるため緊急冷却を命じました。


「司令部ユニットを影にします!」


 デュークは艦体に微妙な角度をつけて、司令部ユニットが直撃を受けないように姿勢制御しました。


「いかん、お前の装甲が持たなくなるぞデューク!」


「だめです! 僕が全部を引き受けます!」


「くっ――すまん」


 龍骨の民というものは、自分自身よりも乗艦している船乗りを守ってしまう傾向がありました。それについて命令しても、聞かないことを知っているラスカー大佐は、デュークのやりたいようにやらせる他無いのです。


 そして、巨大な戦艦同士が、ただただ殴り合いを続けるうちに――


「うぎゃ!? 左手がやられた――――! お尻に火がついた――――!」


「ぬぐぅ……推進器官にまでダメージがはいったか」


 デュークの被害は外殻を中心として相当なレベルに達していました。自己完結型の生体兵器である龍骨の民ですから、中破以上大破未満というところですが、普通のフネであれば共生知性体連合基準で大破どころか撃沈していたはずです。


「うぐっ……まだまだ……」


「耐えろ――――あと少しだ、あと少し持たせろ!」


 敵の攻撃を耐えるデュークは、体内構造物にまで相当なダメージが入っていますが一歩も退きません。ラスカー大佐は手をスリスリすぎて火事場のような有様になりながら「目的を果たせ!」と心を鬼にして叫びました。


 そして―――― 


「アーナンケ残存駐留部隊からレーザー通信が来ましたっ!」


「こちらでも確認した。よしっ、スターライン可能、開始時刻は120秒後かっ!」


 戦艦同士の殴り合いを突ける旗艦に向けて「アーナンケ、擬似スターライン航法ポイントまであと60秒」という報告がもたらされたのです。小惑星とその推進部隊は巨大ガス惑星と、近傍の恒星に存在する量子的なつながりを利用した超光速航行に移ル準備が完了していました。


「アーナンケ、スターラインに……乗りました!」


 デュークとラスカー大佐の目的は、敵の超巨大戦艦を討ち果たすことでも、撃退することでもありません。


「はっ、目的を達したぞ!」


 小惑星を救助ボートとして、数十万の将兵を安全地帯に送るという彼らの戦術目標は完全な成功を収めたのです。


「これで――――うがががががっ!?」


「大丈夫かッ?! うぐぉっ――――――っ!」


 同時にデュークの流体生体金属装甲の一部に重ガンマ線レーザーが集中し、艦内の構造物まで被害を及ぼす大爆発が巻き起こりました。その衝撃は司令部ユニットの慣性制御を乗り越え、内部に強力な振動を伝え、ラスカー大佐を始めとするクルー達を大きく揺さぶります。


「くっ、避退準備――っ!」


「駄目です。敵の攻撃が激しくて、艦体を戻せません――! うぎゅ――――――ッ!」


 艦体に連続した直撃が生じ、デュークの装甲はあちこちで弾け飛び、その効果は最早十全たるものではありません。本来であれば尻に帆をかけて逃げ出すところですが、それすらもままならぬ状況です。


「まずいな、なんとか凌いでどこかに紛れを見出すか。いや、一か八かで――」


 ラスカー大佐は今なお続く砲撃戦をしのぎつつ、撤退の機会を図るのですがなかなかそれを見出すことができません。そして「余力があるうちに損害を無視して」と、避退を判断を下そうとしたその瞬間――


「あっ、敵艦にまた高エネルギー反応です!」


「なにっ!?」


 プロメシオンの艦上に備わる大型――いえ、戦艦そのものを砲身とした超大型の粒子砲でエネルギーの充填がはじまります。


 デューク達が目的を達成するために支払う代償は元から大変に高いものでした。そして、メカロニアの戦艦が投げつける支払請求書にはまだ残りがあったのです。

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