第245話 軍の伝統

「た、大佐ぁ、あれはマズイですっ!? 装甲もバリアも限界なのにっ!」


「ならば回避だ、高機動回避いけるか――っ?!」


「無理です! 推進剤の残量が足りませんっ、推力も落ちてます!」


 デュークの装甲は敵の攻撃によりズタボロになっており、その上艦外障壁用のエネルギーは一時的とはいえ底をついていたのです。そのうえ大量の推進剤を冷却材代わりに使用していたため、最低限の機動しか行えない状況でした。


「ならば、火力で――」


「で、でも、第一砲塔は壊滅、第二砲塔は旋回不能で、第三砲塔もエネルギー流路が変なことに――――って、いだだだだだだっ! 痛みが、ぶり返してきたぁ!」


 デュークはそれまで我慢していた痛みがグワリと戻って来るのを感じています。ラスカー大佐は「くそっ、もう砲が持たんかっ!」などと罵っていると、司令部ユニットのスクリーンにポーン! となにかのメッセージが浮かび上がりました。


「な、なにこれ?」


「むっ、敵艦からの通信だとっ?!」


 今まさに大出力の砲撃準備を整えつつある敵艦からの通信が入っています。その内容は――


「10分間まってやるから、降伏か死を選択しろって……ふぇぇ」

 

「ぐぬぬぅぅぅぅ――ば、馬鹿にしおって!」


 双方の戦力差を確認したメカ達は「もう抵抗できんだろう?」とばかりに、端的に降伏勧告を示してきました。その間にも敵艦の艦上では巨大なエネルギーがチャージされています。


「こ、降伏を選択したらどうなるんですか?」


「脳ミソをチップにされてカラダを機械化されて――やつらの奴隷になるだけだ! お前の場合は、龍骨をハッキングされて奴隷船だっ!」


「ひ、ひぃぃぃ――――っ!」


 機械帝国に降伏すると、そのような取り扱いを受けると言われています。龍骨の民であるデュークは機械生命体の一種ですから、龍骨はそのままかもしれませんが、強力な洗脳ハッキングにより自由意思を封殺されるでしょう。


「そして共生知性体連合を侵略する尖兵となるのだっ!」


 ラスカー大佐は「なーんてこったぁ――っ!」と叫び、デュークは「ひ、酷いなぁ……」と嘆きます。そして降伏という選択肢がなければ、あとはただ叩かれ続けて、最後には撃沈されることでしょう。


 そういう事情を完全に理解しているくせに、プロメシオンは「機械のカラダは良いぞぉ?」とか「来る者は拒まず、去るモノはけして許さないけどね」などと煽りをかけてきます。


 デュークは龍骨をゾワリと震わせながら「こ、このままじゃ……」とこの先に起こりうる事態について考えます。すると彼の龍骨の民としての本能――それも軍艦としてのそれがザワザワと盛り上がってきました。


「皆を護らなければ…………!」


 軍艦の存在意義というものは、何かを護ることなのです。デュークの龍骨にしまわれているご先祖さま達も「護れ、護れ、護れ!」「使命を果たせ!」と、喝を入れてくるのです。 


「でも、今の状態で撤退したら、後ろから撃たれて全員死んじゃう……」


 デュークの状況は壊滅的なものでした。被弾箇所は数百箇所に及び、火力は20パーセントを切り、推進器官も推力を失いつつあるのです。


「それにもう……」


 デュークは自分に残された力を見つめ直して、逃げられないと本能的に判断しました。そしてまた「だけど――」と、ある可能性に気づくのです。


「……大佐、こうなったら、皆だけでも逃げてください!」


「なにぃ?」


 龍骨の民の軍艦型知性体がもつ何かを護るというという信念に従い、デュークは「総員退艦をっ!」と、乗組員の脱出を求めました。


「艦載艇で、司令部ユニットから脱出してください!」


「だめだ、もう敵艦の射程に入っている」


「だから、僕が食い止めます。ビーム攻撃を食らっても、数分間は戦えるはずです!  やれます、やらせてください!」


 司令部ユニットに積載された艦載艇はいまだ無傷のまま残されています。非常時の脱出用に設定されているそれを使えば、司令部要員は退避できるかもしれません。そしてそれらが脱出する時間は、デュークが盾となればひねり出すことができるでしょう。


「バカモンっ! 何をいうか!」


「で、でも、大佐っ!」


「デモもストもあるか。誰もお前を置いて逃げるようなことはせん――! 周りを見ろ!」


 ラスカー大佐はデュークに司令部内を見回すようにいいました。ユニット内の複合監視カメラを通して、デュークに視界に100名ばかりのスタッフ達から視線が集まっています。


 合わせて200と53個ほどの眼を持つスタッフ達は――


「お前はアホか! 共生宇宙軍は、仲間を見捨てないのだっ!」

「少年一人置いて逃げたら、末代までの恥だねぇ。その選択肢はありえない」

「ははは、俺たちは軍人――すでに覚悟は完了済みなんだ」


 と、異口同音に退艦拒絶の意思を告げてきました。共生宇宙軍は艦と共に死ぬという伝統はこれっぽちもありませんが、仲間である知性体を置き去りにするという伝統もありません。


「仲間を見捨てるくらいなら、最後まで一緒に戦う――ここにいるのは、そういう奴らばかりだからな!」


 分艦隊司令部に集められたスタッフ達は、カークライト提督が選りすぐった優秀かつ戦意に溢れる猛者どもなのです。


 加えて司令部のスクリーンでは、艦載AIが「ずっと一緒、君と一緒、死ぬのも一緒」というメッセージを流してもいます。電子的存在である彼は、通信レーザーで自分の意識データを逃すこともできるのですが、その選択肢を排除していたのです。


「でも、このままじゃ無駄死にですよぉ」


「いや、無駄な事ではない」


「ふぇ?」


「降伏や逃走、その他の選択肢をすべて排除し、最後まで戦う。そしてあのメカロニアの新鋭合体戦艦との戦闘データを味方に送り届ける!」


 大佐は、敵の新鋭艦データは共生宇宙軍にとって得難いものとなり、それを利用すれば今後の戦いが有利になり味方の助けになると説明しました。


「共生宇宙軍がある限り、無駄なことはなにもないのだ!」


「あぁ……」


「だが、すまんなデューク。俺が不甲斐ないせいで……皆もすまん――」


 ラスカー大佐がサッと頭を下げました。それは司令部ユニットの全員にも向けられています。


「ふぇ……謝らないでください」


 司令部ユニットにいるクルー達も「やるべきはやった、悔いはない」や「アーナンケを無事に逃がせましたしなぁ」というほどの諦観に満ちた表情を見せていました。


 デュークの物言いや、司令部スタッフ達の表情を受けた大佐は「そう言ってくれると助かる」と苦笑いを浮かべ「残った通信回線を全開放しろ。暗号化は無用だ。ありったけのデータを味方に送り届けるぞ」と命じます。


 司令部ユニットに存在する通信回線を全開放すれば、敵の大部隊と交戦中の味方艦や、星系外縁部に到達しようとしている援軍にもデータを届けることができるでしょう。


「では、諸君――」


 と、大佐が「最後の戦闘に移れ」というほどの命令を下そうとしたその時でした。 戦闘状況にあるため厳重なロックが施された司令部ユニットの扉が、ガシャリと音を立てながら開いたのです。

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