第246話 吶喊
「て、提督っ?!」
「カークライト少将!」
扉が開くと、負傷して治療ポッドに入っていたはずのカークライト提督が姿を現したのです。彼は硬質宇宙服を身にまとっていますが、フルフェイスのヘルメットを外して、青ざめた顔を晒し口元からはわずかに血を漏らしています。
「提督、治療中では……っ!」
「ふぇぇぇ、大丈夫ですかぁ!」
「気遣い無用っ……」
身にまとった宇宙服のパワーアシスト能力を使っていても、提督の足どりは危うげなのですが、彼の言葉は力強いものであり、誰も彼を制止することはできません。
「ぐ……」
提督は司令部ユニットの中心に向かい、空いていた自分の指揮官席に座り込むと席の端末に備わっている生体認証機器に手をかざします。すると脈拍や血圧などのバイタルデータが司令部ユニットの中央電算機に流れこみ「指揮統制の任、能わず」という表示が現れます。
「指揮権を回復されるおつもりですかっ?! 無茶ですぞ!」
共生宇宙軍の指揮統制システムは、指揮官が重症を負った際には自動的にその指揮権を別の士官に渡す仕組みになっています。ラスカー大佐は、そのフェイルセーフ機能が未だ機能していることを告げました。
「し、しかも提督。こ、この状態では……」
一時的に指揮権を移譲されているラスカー大佐のコンソールには、カークライト提督の生体データが克明に浮かんでいます。その状態は有り体にいって「酷い……」という他ないものであり、意識を保っているのが不思議な位だったのです。
「かまわん、システムを上書きする」
「システムをっ?!」
肺にダメージを負った提督は「ゴブリ……」と、湧き出る血潮を飲み込みながら、震える手にテレキネシス能力を通して、バイタルサインを上書きするのです。
「ぬぅん……」
「U、
カークライト提督の干渉能力は、強固なセキュリティを持つ艦載AIの防壁を軽々と抜け、電子的存在に「ほんげ――!」というほどのうめき声を上げさせました。重症を負いつつもの彼のサイキック能力はいまだ健在だったのです。
「あっ、提督の指揮権が回復しました」
「な、なんとっ――⁉」
指揮統制システムのセキュリティは、スパコンや量子コンピュータをフル稼働させても、簡単にはハッキングできるものではありません。ですが、デュークの副脳がつながる司令部ユニットのネットワークでは、最上位にあるマーカーがラスカー大佐からカークライト提督に置き換わっています
「おおぅ……なんて人だ……」
そのようにして艦の指揮権を取り戻した提督の能力に、ラスカー大佐が驚きを隠せないのは当然です。
「よろしい……」
司令部ユニットの機能が指揮下に戻った確認した提督は手元の端末を操作し、スクリーンに画像を投影してから「これを見よ」と言いました。
「これって――」
「この進路を取るのだ」
提督の示した画像は、デュークが進むべき進路を現しています。コースの先を眺めると、その未来予測位置には――――
「えっと、敵の超大型戦艦……ふぇぇぇぇぇぇっ?!」
「まさか、あれに――突っ込むのですかっ?!」
メカロニアの戦艦プロメシオンがあったのです。そして提督はギラリとした目つきで、端的な言葉を発します。
「舳先を叩きつけろ」
「なっ……」
「ふぇぇぇ……」
それはあまりにも明確な指示ではありましたが、その行動がもたらす結果について周囲は「戦艦に戦艦をぶつけるだってっ⁉」「ら、
惑星上の海軍、それも中世時代であれば衝角攻撃は有効な戦術ですが、恒星間宇宙で戦う宇宙の軍隊は、そのような戦術を取ることはおおよそありえないことなのです。
「だが、火力も推力も不足している――」
すでに砲撃戦では相当に不利な状況にあり、大出力粒子砲による攻撃がヒットすれば最早なんの手段も取ることができなくなる状況でした。
「だから、これが最善手、だ」
提督は大加速によるダメージを負い一時的に昏睡状態に陥りつつも、無意識下で情報収集を行い現状を正しく認識し、起死回生の作戦を練っていたのです。そこで提督が導き出した答えは、デュークそのものを質量兵器として使うという手段だったのです。
「ああ、でもこれなら、あの戦艦に対抗できるかも……」
デュークの龍骨の中では「衝角攻撃」というコードが展開されています。それは彼のご先祖様も経験したフネとしての最終手段の一つなのです。彼は「やれるかも、いや、やれますっ!」と龍骨を震わせながら叫びました。
「ぬぅ……たしかにこの手ならば」
次々と状況が悪化するなか、弥縫策やら対処療法で対抗して来たラスカー大佐ですが、状況を打破するための起死回生の妙手だと認めざるを得ませんでした。
「理解したらならば、大加速態勢を準備せよ……」
「大加速ですと、しかしっ……」
大加速という言葉にラスカー大佐が反応します。現在の提督の容態で大加速を行えば、取り返しのつかない状況に陥ることは明白なのです。ただ、敵艦にゆるゆると接近するような余裕が無いのも事実でした。
「すでに命令は発した」
「うっ……了解しました」
提督は怒るでも叱るでもない端的な言葉を飛ばして、ラスカー大佐を叱咤しました。そうなれば大佐はギリギリと歯を食いしばって言葉を飲み込み、彼が行うべき行動に移るしかありません。
「全部署に発令、大加速――大加速戦用意、10秒で仕上げろっ!」
ラスカー大佐はこの戦の空いの短期間とはいえカークライト提督の右腕として副官を務めています。その彼が覚悟を持って、指示を出す姿に司令部ユニット内のスタッフ達は「機関回せっ!」「電路直結いけるな?!」「推進剤再配分っ!」「安全装置確認――!」などと、全力で応じます。
「おらっ、デューク! お前も急げっ!」
「は、はい! 縮退炉の熱を上げます!」
デュークも提督のことが心配ではありましたが、明確な命令がガッツリと出ていれば、生真面目な龍骨の民としてはそれに従うのが本能というものです。彼は「明確な命令だ、命令だ! やるぞ、やるぞ、やるぞ!」と龍骨を捻じりながら、縮退炉の熱を跳ね上げました。
「即時オーバーブースト準備完了です! 推進器官も全力稼働用意良し! 艦首艦外障壁は蓄電池が潰されまくってますけど、直接エネルギーをブチ込みます!」
「いいぞっ! よし――全部署、準備完了を確認!」
カークライト提督の命令はこの時、共生宇宙軍全体で見てもトップクラスといえる恐るべき速度で実行されていました。よく使い込まれた艦と練度の高いクルーが優れた船乗りに率いられれば、この様になるという実例と言えるでしょう。
「提督、いつでもいけます!」
「よろしい」
ラスカー大佐の言葉に、提督はわずかに笑みを浮かばせながら頷きました。そして彼は、戦艦プロメシオンの姿を睨みながら「目標、敵の超大型戦艦」と言葉を発し――カッと目を見開きつつ、断固たる口調でこう命じます。
「
提督の命令の下、デュークは「う、うぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」と重力子の声を放ち、ラスカー大佐以下の司令部要員も「ぶちかますぞぉぉぉぉぉ!」「メカロニアがなんぼのモンじゃ――――!」「共生宇宙軍を舐めるな――ッ!」「グルルルルルルルルルルッ!」などと雄叫びを上げました。
同時にデュークの推進器官には残り少ない推進剤が惜しげもなく投入され、縮退炉からのエネルギーの奔流が叩き込まれると、Qプラズマジェットが爆発します。
このようにして、覚悟を決めた軍人どもとその乗艦たるデュークは、敵の超大型戦艦目掛けてまっしぐらの突撃を始めたのです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます