第4話 誕生! 後編
「いだだだだだだ! 腕が痛いのじゃぁ――――!」
「ははは、指先が向いては行けない方向に曲がっていますぞ……ひはははっ」
「こ、こ、
「み、皆さん大丈夫ですか――――?!」
老骨船達は少なからぬダメージを負って口々に痛みを漏らしています。まだ若い方の老骨であり多少の損害で済んだアーレイは、そこで「はっ!」と天井を見上げました。
「なっ、なんてこった。幼生体が天井にぶつかってる!?」
「ぬぅ、速度がありすぎて、上に突っ込んだのか……でも、大丈夫じゃ! 幼生体を包む保護膜は連合基準のアーマークラスに換算して9もあるのじゃ! もしかして10はあるかもしれん!」
「う、うむ。防護膜の中に衝撃を吸収するジェルも入っておるのだ。我らの子どもは戦車砲すら跳ね返すのだよ」
「ですが、そ、その保護膜が解けていますぞ……」
常識人ゴルゴンはその言葉を聞いて「なにぬっ?!」と驚きました。そして彼の眼には幼生体を包んでいるはずの保護膜がハラハラと降り注ぐのが映り、まるで天使の羽が舞うような幻想的な光景が映っているのです。
「エ、エンジェル………」
「うるせい、なにがエンジェルじゃい!」
「あ、幼生体が落ちてきますぞ⁈」
「大丈夫とは思うのですが……」
結構よくわからん事態になり老骨船達の言葉がおかしいことになっているのですが、とまれ彼らは生きている宇宙船なのです。フネとしての本能的な生態がゆえに、おじいちゃんズは幼生体に向けて電波測定を行います。
「損傷は……なさそうじゃな。じゃが、なにか違和感を感じるぞい。あ、測距データがめっさおかしな数値になっとる。衝撃で眼が歪んでしもたか? それとも老眼のせいかのぉ」
「えーと、幼生体って大体10から15メートル程度で産まれるのが相場ですよね? でも、遠近がおかしい――まさか私も老眼に……」
「老眼は40代から成り始めるものだから、アーレイの目も立派な老眼ですぞ。まぁ、遠くの物はよく見えるから――――あるぇ? おかしいですぞ」
「ああ、おかしいな。幼生体の大きさはどんなに大きくても最大でも50メートル位のハズなのに、な」
そんな彼らの目の前で、降ってきた幼生体がズドン! と音を立てて着地します。それはフネの子がかなりの大きさと質量を持っていることを示していました。
「ひゃ、100メートルもあるのじゃっ……!? 小柄な大人のフネ位あるのじゃ!」
「子どもにしては、デカすぎですぞ……」
子供の大きさは100メートルを超えたそれのものであり、あまりにも大きすぎるそれを眺めた彼らは一様に絶句するほかありません。それもそのはず、典型的なヒューマノイドでいえば、1メートルくらいの赤ちゃんが出てきたのですから、仕方がないのです。
「こんな時、どうしたらいいじゃろか?」
「わ、私に聞かないでくださいよ!」
「そうだ! ゴルゴン老ならどうすれば良いか知っているはずですぞ! この方はネストの長老的存在にして、経験豊かな常識船、そんでもって連合でもやべぇ政治的存在をやってたフネなんだから――さぁさぁ、早く教えるのです!」
「えっ?! いやまぁ、そうなんだが……」
考えても見てください、どんなにスゴイフネだって、いえそうだからこそ常識が通用しない事態にはいったん頭がパニックになるのです。
でも、そうはいってもゴルゴンはやはりそれなりの経験を踏んだフネであり、冷や汗を流しつつもこう言いました。
「いつもと同じようにするのだ……」
ゴルゴンはとりあえず、いつものように幼生体のおしりをピシャリと叩こうとします。それで産声をあげるのが幼生体というものでしたが――
「アダァッ――――!?」
ゴルゴンの手は、幼生体の体に触れる前にビリっと弾かれました。
「この子は、すでに艦外障壁が発生しておるぞっ?!」
艦外障壁は電磁波と重力波を用いたフネのバリアであり、龍骨の民はコレを用いて、宇宙空間でデブリ避けに使ったりします。同様の技術は共生知生体連合では当たり前のものですが、赤子がもつものではありません。
「そんな出力は幼生体に有るはずがありませんぞ――――いでぇっ?!」
ベッカリアが手をのばすと彼の手もピシン! と弾かれることから、幼生体のカラダには電磁波と重力波を用いたバリアが確かにあることがわかります。
「なんて子どもだ、産まれた時から艦外障壁を使えるなんて……」
「このカラダのサイズからして、強力な熱核融合炉が機能している。そして無意識にバリアを発生させているのか、そうとしか考えられん」
ゴルゴンが見たところ、幼生体が主として持ち合わせているエンジンの出力が高すぎるて、その上無意識に艦外障壁を発生させているようでした。
「ええい、じゃったらワシに任せい!」
船のバリアでの使い手であるオライオが自らの手にバリアを貼り「必殺ぅ――バリア張り手っ!」と、ベシベシベシと叩くのですが――
「いっでぇ…………だめじゃ、なんて強いバリアなのじゃ!」
「つ、次は私がやってみます!」
おじいちゃんとしては若手のアーレイ、しかし軍艦として修羅場をくぐった猛者である彼が「えいっ!」っと、強めにクレーンを振るえば子供のバリアなぞ――
「うげげげげげげげっ⁈ は、弾かれた……嘘だろ……」
ビキビキビキ――――! と艦外障壁が干渉しあうだけなのです。
「くっ、これは宇宙格闘技奥義を使わざるを得ないですぞ!」
次に軍船でもないのですが、格闘技には造詣の深いベッカリアが拳を使って謎の拳法を繰り出しますが――
「ははは、また指先が曲がってはいけない方向に向きましたぞ……ひははは」
客船の指先を犠牲にしても幼生体のバリアは一向に貫けませんでした。
「むぅ、埒が明かん……これでは龍骨が起動せんぞ」
ゴルゴンが言う通り一度ピシャリとお尻を叩かないと、幼生体の龍骨が正常に起動しないのです。
「なら、頭じゃ! 頭を使って解決じゃ!」
「頭っておい、お前、まさか――」
ゴルゴンが止めるのも聞かず、オライオは縮退炉の熱を上げ、舳先に電磁波と重力波を集中させます。
「うおりゃぁぁぁぁぁっ! 艦外障壁全開ぃ――――
オライオは舳先を正対させて幼生体のお尻に向けてぶつけます。バリバリバリバリ――――! 艦外障壁同士が干渉しあい、激しい火花が飛び散りました。さらにオライオはバリアとバリアの隙間に舳先を差し入れ「天元突破――――!」などと子供のお尻に向けて激突したのです。
すると――
「あ、目が開きましたよ!」
オライオの舳先がちょっとだけ当たった衝撃で、ようやく幼生体の眼がパチリと開きました。目を開けた幼生体は眼をキョロキョロと巡らせて、「?……」という感じで艦首を傾け、老骨船たちの姿を眺めてきます。
「あれ……? 全然、泣き出しませんよ」
「多分、大人しい子なのですぞ」
普通はここで「ぴぎゃぁ!」と泣き出すのが幼生体ですが、そいつは泣きもせずにクリクリとした目を動かすだけで、なにかモゴモゴと口を動かすだけでした。
「なんじゃぁ、なにか言いたげに口をパクパクさせておるのぉ? ん~~? どうした、どうした。ほぃれ、ジィジに何か言ってみろい」
こういう時だけは、おじいちゃんとして正しい言葉を使うオライオが、ほんとうに優し気な口調で幼生体に語り掛けるのです。
「いや、そうはいっても、流石に言葉は話さんだろう」
などとゴルゴンが突っ込むのですが、オライオは「知るかい!」と突っぱね、幼生体の口元に耳を傾け続けます。
すると――
「びぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「ぎゃぁあぁぁ、
「ぐげっ、
「
「のげぇ!
幼生体は溜め込んだパワーを泣き声に変換し、それは強力な電波となって老骨船の感覚機器を直撃したのです。
「ぐぉ…………こいつは軍隊時代でも味わった事がないレベルの電磁波だ!」
「よ、予備センサ稼働じゃ――――、ぐぇ、ほとんど死んでるぞい! はぁはぁ、な、何て元気な泣き声なんじゃ! すっごく、効いたのじゃぁ。視覚素子のネジがいくつかぶっとんだぞい……」
「ああ、なにも聞こえません、見えないのです。現役時代はジャミングなんて受けたことはほとんどないのですぞ……それに私は予備なんて持ってません」
「私の視覚素子はもう感度が落ちてるから大丈夫……でもないな、イタタタ」
電磁波を感知するための視覚素子、目であり耳でもある器官に一時的な異常をきたした彼らはそれぞれの歳とフネの種類に合わせた感想を漏らしました。そして幼生体はまだまだ元気に鳴き続けるのです。
「だぁぁぁ、とにかく。あやしてやるのじゃぁ――!」
これ以上感覚器官を破壊されてはかなわないので、老骨船たちはいつものとお以上のの力で幼生体をあやし始めます。
「よしよしよし」
「どうどうどう」
「皆さん…………それは馬の……。まぁいいや、なでなでなで」
「ううむ、見た感じは幼生体そのもの――ポンポンポン」
そして、なで
「はぁ、この子ホントに幼生体ですかぁ? 鳴き声は間違いなく幼生体ですけれど」
「それを考えてもしかたあるまい、間違いなくこの子はわれらの子ども」
「否定は、絶対にしませんな」
そんな感じで、規格外の子どもを受け入れたおじいちゃんズは、「まずはこの子の名前を考えねばならん」などと言いました。
「では……アーレイ、お前が引退してから初めての子どもだ、何か案を出してくれ」
ゴルゴンは幼生体が産まれた時のルールを言いました。
「ええ……それでは――ライオン、モナーク、エイジャックス、センチュリオンとかはどうでしょうか。リヴェンジ、レゾリューション、ラミリーズ、オーク、ネルソンなどもいいかと思いますね。ロドニー、ジョージ、ウェールズ、ヨーク、アンソン、ハウ、ヴァンガードっていう方向性もありかと」
「ほっ、お前さん。結構考えていたのだな。だが、そりゃ戦艦に多い名前だぞ。まぁ、なんとなくそれでよい気がするが……」
「では、メリー、ソブリン、エリザベス……などはどうでしょう?」
「それは巡航戦艦の名ですな。だがそれは女性形、この子は男の子ですぞ」
ベッカリアは幼生体の電波の質、カラダつき、眼のカタチなどから「この子は男の子」なのだと言いました。
「ふぅむ……何が良いかな? どれもピンと来ない。名前なんぞはいつもすぐに閃くものなのだがなかなか思いつかん、な」
たくさんの子どもを取り上げてきたゴルゴンが龍骨を捻ります。そんな時、オライオがこんなことを言い始めました。
「なぁ、さっき見ていた夢の中で……久しぶりにあのデッカイ戦艦の爺さんに出会ったんじゃが」
オライオが斯々然々と夢の中で出会った大きなフネの事を皆に話します。それは他のフネもしっている、身内のフネでした。
「現役時代より老骨時代の方が長いという極めて稀な長寿のフネでしたな。私もお世話になりましたよ。艦齢120歳まで生きたとか、なんとか」
「違いますな。私の子どもの頃に老骨船だったのだから……先の大戦時に逝った時は、125歳位ではありませんか?」
「もっとじゃろ。ワシの爺ちゃんだからのぉ。130歳ではないか?」
「いやいや、私のオシメを変えてくれたのだ……とすると、140歳近くまで生きたのか……?」
龍骨の民の寿命は結構長生きですが120歳を超えることは稀ですから、彼らの言うフネは相当に長寿の龍骨の民だったようです。
「それに、最後まで
「まったくあやかりたいものですな」
「死に目に会えなかったのが残念じゃよ……」
「んなことは、置いておけ。で、夢の中の爺さんがな、産まれて来る子に我が名を与えよと言ってたのじゃ」
オライオは、夢の中で再会したフネが、これから産まれて来る子どもに、自分と同じ名前を付けろと言ったのだ、と皆に告げました。
「大きなカラダに長寿を得たフネの名前か……」
「なるほどねぇ……龍骨の民らしい」
「私は、否定しませんよ。それって、運命ってやつですね」
「皆がそういうのなら、それでいいな」
ゴルゴンはオライオの話を聞いてどこか納得が行ったように頷き、アーレイもベッカリアも異論はないようです。そして彼は、久方ぶりに産まれた子どもの名をそれに決めました。
その名も”デューク”。その名こそこの物語の主人公の名前なのです。
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