第3話 誕生! 中編 

「ぐぅ…………」


 龍骨の民は睡眠をとり夢も見る生き物であり、不貞寝に入ったオライオはすでに夢の世界の中に入り込んでいました。


「なんじゃ、夢の中におるのか。それにしても視界がハッキリとしておるのぉ」


 夢の世界は本来曖昧模糊なものですが、まどろみの空間で彼が目を開けると、視界が随分とクリアで遠くがよく見える状態――明晰夢だと気づきます。


「なにかが近づいてくる……あれはフネか?」


 何かが近づいてくる気配があるものですから、老眼で少しばかり霞む目を凝らしてそちらの方を眺めると、一隻のフネが近づいてくるのが分かりました。


「おん? …………ははっ、夢の中とは面白いものだのぉ。あんな古びたフネがいるとはな。ひさしぶりじゃな。」


 そのフネは彼の昔彼が小さかった頃に見たままの姿をしています。だから彼は、昔そうしたように親しみを込めて――


「おじいちゃん」


 と呼ぶのです。


 オライオは大変嬉しそうな笑みが浮かべながら「いつ見ても大きなカラダじゃのぉ」と言いました。彼の目に映るそのフネは、随分と大きな体をしています。商船オライオの体長は200メ―トルばかりの大きさがあるのですが、目の前のフネの姿はその数倍はあるのです。


「しかし、死に目に会えなかったあんたが、夢に出てくるとはのぉ……ハッ、まさかお迎えか? いやいや、まだワシには寿命が残ってると思うんじゃが」


 龍骨の民には、死期が近づくと過去の記憶が走馬灯のように蘇るという生理的現象があるのですが、目の前のフネは「違う違う」というほどにクレーンを横に振っていました。


「だよなぁ、ワシャあと40年は生きるつもり――で、ワシに何か用かのぉ?」


 オライオが尋ねると、大きなフネは「……」と無言のまま口元を抑えました。


「ははぁ、死人に口なしってことじゃのぉ」


 死後の政界には独特なルールがあるのですが、大きなフネは二本のクレーンサッと上げると、パッパッパッパ! と振り始めます。それはフネの通信で使う手旗信号のようなものでした。


「なになに死人は喋れず、なれども手旗を振りさえすれば、地獄の閻魔も欺ける――――じゃとな。はははっ、トボけた爺さんじゃのぉ……」


 大きなフネが行う手旗信号にオライオは苦笑するほかありません。そして続けて手旗でオライオに質問が届きます。


「フネは産まれたか? …………いや、全然産まれて来ないのじゃ」


 オライオが斯々然々かくかくしかじか、マザァぶっ殺す! などと答えると、大きなフネは「ふぅむ」と何かを案じるような仕草をしてから、今度はその大きな手を上げてなにかを捕まえるような仕草をしました。


「今から産まれて来る幼生体を捕まえろ? そして、名前を付けろと――それは、あんたの名前をか?」


 不思議そうな顔をしたオライオが「どういうことじゃ」と尋ねるのですが、大きなフネはそれっきり何もせず、ただ大きな口元に笑みを浮かべて――


「うっ?!」


 オライオの夢はそこで終わり、彼の眼がパチリと開きます。


「夢から覚めたか……おや?」


 夢の世界から戻ってきた彼は周囲が慌ただしく動いているのに気づきました。ネストにはズゴゴゴとした音が響き、大きな振動も起きています


「きた――――!」


「きましたぞ――!」


 アーレイとベッカリアが嬉しそうに声を上げていました。ゴルゴンは何時もとは違うその様子に、龍骨がざわめくのを感じます。


「ま、まさか――――」


「まさかもなにも! そのまさかだ! 早く位置につけっ!」


「お、おおぅ!」


 オライオは半年間以上も起きなかった現象が、今、始まろうとしていることに気づき慌てて扉から降りました。


「あ、開き始めましたぞ! くぅ、長かった、実に長かったですぞ……」


「私にとっては、引退してから初めての子どもなんですよ――!」


 ベッカリアとアーレイは明滅する白い光が扉の奥から溢れ出す光景を眺めて嬉々とした声をあげています。いつもは落ち着いている常識人のゴルゴンなのですが、「上げ潮じゃぁ――!」などと言いながら崩れた顔をしているのは、多分老骨船特有の出来事なのでしょう。


 ですが――


 ズゴゴゴッゴゴゴオッ! ズガンッ! ベキベキッ――! 


「な、なんですこの音は?! 何かが破壊されるような音が聞こえますぞ!」


 扉の奥から、ズガン! とした金属が激しくぶつかる音や、ベキベキドカン! などと、何かがへし折れる音が聞こえてくるのです。 


「ッ――! ゴルゴン老、最近の子どもはこうやって産まれてくるのですか⁈」


「違う! 私もこんなものは始めてだ!」


 古株のゴルゴンも、このような経験はありませんでした。普通、幼生体が産まれる時は、トンネルから白い光がシュパッとして、サクッと出てくるだけなのです。


 ドゴォォォォォオォォォォォォォォォォォン!


「ば、爆発音も聞こえますぞ?!」


「隔壁を爆破している――な、何かが内部を破壊している!?」


「なんじゃぁこりゃぁ?! なにが起きとるんじゃぁぁ!」


 結構経験豊富なオライオが驚くのは仕方がありません。扉の奥からはズゴゴゴゴォオオォオン! という明らかな爆発音――マザーの奥底にある隔壁が連鎖的に爆発しているようにしか聞こえません。


 そして音はドンドン大きくなり、扉から漏れる光の量も急激に増してゆきます。


「ぐあっぁぁ、眩しい――!」


「これは通常の何倍もの光量ですぞ!?」


 まぁまぁ古株のベッカリアが「冗談きつすぎですぞ――!」と叫ぶのですが、それは仕方がないことでしょう。幼生体が産まれる時のお約束――扉からは光がほとばしるのですが、この時のそれは何時もの数倍の光なので、今日のそれは明らかにレベルが違いました。


「だが、幼生体が産まれてくるのは間違いないだろう……」


 ネストの常識人かつ、共生知生体連合では結構ヤヴァイ実力者だったゴルゴンが落ち着いた風情でそう言いました。はっきり言ってそういう人が「ふぅ、素数を数えて、落ち着こう……」なんて時は、本当の異常事態なのですが。


「ゴルゴン老――――! ネストの他のフネを呼ぶべきではっ?!」


「もうそんな時間はないのじゃ!」


「うむ、やるほかないな」


「ええ、ここにいる四隻で、やるしかありませんぞ!」


 老骨船四隻は、それなりどころか相当の場数を踏んだおじいちゃん達なので「腹くくれよ」「覚悟完了」「わかりました……」「やるしかないのじゃ」などとクレーンを合わせてトンネルの入り口で合わせます。


「あ、音が近づいてくる……」


「き、きましたぞ……」


 爆発音が近づくとともに、ネストが崩れんばかりに震え、漏れ出る光は身を焦がすような閃光となりました。そしてズバッ! とした衝撃とともに――――


「慣性制御って知ってますか? 縮退炉や重力スラスタを上手く使って、物の勢いを止めるんですよ。私はそれが得意でね、良く軌道上から戦闘軌道降下をしたものです。え? それでどうしたって? ああ、あれは無理でした」


「私はこう見えても格闘術には自信があるのですぞ。目に見えない速さのパンチであっても、龍骨で感じれば受け止める事ができるのですぞ。え? それでどうしたって? ああ、あれは無理でしたぞ」


「わしゃぁ、その昔な、海賊どもからガンマ線レーザーを100連続で直撃された事があるのじゃ。それよりひどいと……ああ、重力子弾頭の至近弾を受けたこともあってなぁ。そん時は必死で痛みに耐えたもんじゃよ。え? それでどうしたかって? ああ、あれは無理じゃよぉ!」


「私は龍骨の民としては珍しく執政府の仕事をしていてな。それなりの大事を経験したこともある。なんというか……ふむ、無理を通して道理が引っ込む感じ仕事をしていたものだ。え? それでどうしたって? ああ、無理なものは無理なんだ」


 後日この様な証言をすることになる老骨船四隻は、幼生体を包む白い防護膜を受けとめるどころか、「ぐはぁっ!?」と声を上げるほどに跳ね飛ばされたのです。

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