幼生期
第2話 誕生! 前編
生きている宇宙船のネストで普通数日に一隻ほどのフネが産まれてきます。そして産まれたばかりの子どもたちというものは、泣いたり騒いだりして、老骨船をてんやわんやとさせるのが常でした。
老骨船はそんな子どもの世話するのが大好きです。彼らは笑みを浮かべ、嬉々として幼生体の世話をするものでした。でも、何事にも例外はあるのです。子どもたちの喧騒の代わりに、老骨船の
「今日も産まれてくる気配がない。前の子どもはもう旅立ったというのに……」
大きな視覚素子――生きている宇宙船の目をゴシゴシとこすった工作艦ゴルゴンが、ひっそりとした溜息を漏らしました。
「はぁ、やる事がないのですぞ……暇ですぞ、実に暇ですぞ」
ゴルゴンの横では老いた巡航客船ベッカリアが
「どうなっとんじゃ、マザァァ!」
引退した商船であるオライオが大きな扉の前に立ち、自分を産んだ
「まぁまぁ、あまり
高速輸送艦アーレイ――まだ皺の少ない初老の彼が、憤りを見せるオライオをなだめながら、老骨船としての先輩であるベッカリアにこう尋ねました
「うちの氏族――テストベッツのネストでは、他と比べて幼生体の産まれる数がかなり少ないのですよね?」
「うむり、1ヶ月に1隻生まれれば御の字ですぞ。ま、気長に待つしかありませんぞ。こればかりはマザーの腹積もり次第ですからな」
豪華客船上がりのベッカリア曰く、テストベッツと呼ばれている氏族では子どもが産まれて来る数がたいへんに少ないようです。
「ああ、待つのだ、そう、龍骨を伸ばすのだ、気長に気長にな」
氏族テストベッツの最年長者であるゴルゴンがゆったりと構えて鷹揚に――
「マザァァァァァ! どうなっとるんじゃぁぁぁぁ! 早く子どもを寄こせマザァァァァァッ! 半年以上も待っておるんじゃぞ――!」
言っているにも関わらず、扉の方からゴンゴン! という音が響いています。気長に待てない短気なおじいちゃんであるオライオが、母星に繋がる扉を激しく叩いていたのです。
「なにをやっておるんだ! 母を叩くな!」
誕生の扉は生きている宇宙船のお母さんの一部と言っていいでしょう。それをゴンゴンゴン! と、金属製の手で叩くのはいかがなものでしょうか。とはいえ――
「ちっくしょう、相変わらずの頑固な扉じゃ……」
扉は200メートル級商船なオライオが叩いても、ヒビ一つ入ることのない装甲板で出来ています。実のところそれは戦艦の主砲を使っても、ほとんど傷一つ付かない強固な材質で出来ていました。
「くそっ! いつになったら、子どもが産まれてくるんじゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「気持ちは分かるんですけれどね……」
周りのフネから同意を得ているのですが、ダンダンダンダン! と、手が痛くなる母親をほど叩いたオライオは「ザッケンナァゴラァァァァァッ!」という感じの言葉を吐いています。
「叫んでも”マザーは何も教えてくれないもの”でしょう?」
「我らの母は天体ですからな。普通はしゃべりませんぞ」
「話す星……あることはあるのだが、我らが母は……」
騒ぎ続けるオライオをしり目に、他の三隻が漏らした通り、マザーという存在は電波も何も発せずただひたすらに沈黙を保ちフネにも理解することができない天体なのです。
「はぁはぁ――――よし、そっちがその気なら、ワシにも考えてがある。アレを使ってやるぞい!」
叫び続けて息が切れて来たオライオがお腹についている格納庫をないやらゴソゴソと漁り始めます。
「アレって、なんのことですか?」
「さぁ? 切れた老骨の考えることはわからんな」
「たしかに。私達も老骨とはいえ――」
もはや「お前、勝手にしろ」モードな三隻が傍で「このジジィなにやっとるんだ」と眺めていると――
「けっけっけ、これだァ!」
おなかのポケットから黒くて三角の形状をした10メートルほどの物体を取り上げたオライオが「こいつは効くぜぇ!」と、いささかの狂気に満ちた表情で言いました。
「共生宇宙軍謹製の”重力子弾頭”だぞい! ゲエッへっへっへ!」
重力子弾頭は縮退物質を起爆剤として時空間爆縮現象を引き起こし、周囲の物体をマイクロブラックホールに落とし込むことで破壊するという極めて強力な兵器です。
「うわぁ、なんて物騒な、危ないですぞ――!」
「ちょ、ちょっと! やめてくださいなオライオさん! というか、なんでアンタそんなもん持ってるんですか!」
「昔くすねたんじゃ! さぁ、やってやるぅ――!」
引退前にかっぱらってきた剣呑な兵器を自分を産んだ母星に対して使おうとするオライオですが、半年も子供が産まれないということで結構なフラストレーションが溜まっているのでしょう。
「「それが言い訳になるか! 止めろ――!」
ベッカリアとアーレイが素早く浮かび上がり暴走船たるオライオの行動を阻止しようとするのですが、激高したオライオはそれらを無視して安全装置をカチカチと外し――
「そら、ポチッとな――!」
起爆ボタンをガッチリと押し込みました。すると縮退物質が爆縮し、全ての物質を飲み込むマイクロブラックホール弾頭が起爆――
「…………あ、あれ? あれ? なんで起爆せんのじゃ」
することはありませんでした。
「そいつは絶対起爆せんぞ。消費期限切れというやつだ、古びた我らと同じでまったく役にはたたんのだ」
「く……くそっ!」
事情を知っているゴルゴンが冷ややかに「というかお前、知っててやってないか?」言うと、「そんなことは、わ、わかっておるのじゃ」と、オライオの手から古びて気の抜けた兵器がポロリとこぼれ落ち、ゴロンゴロンと転がりました。
「ちっくしょーめぇぇぇぇぇ!」
そしてオライオはゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴン! ゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴン! ゴゴンゴンゴンゴンゴンゴゴン! と、残された寿命をかなぐり捨てるが如き力で扉を叩き始めます。
「子どもをよこさなければ、殺す! この糞ばばぁァアァアッ!」
「ひどいもの言いだなぁ……おじいちゃんの母だから、確かにばばぁだけど」
「数億年の歴史を持つ天体ですからな。しかし、見苦しい」
「扉のそのものの材質はそこまで古くはないのだがね。だが、私達の何千倍、何万倍の過去をもっていることは間違いないな」
自分のお母さんにそれはないと思うのですが、子どもが生まれないということは老骨船にとって殺意すら覚える事実なのでしょう。そしてマザーの扉は彼の腕より強固な装甲板で出来ているということもまた確実な事実なのです。
「いででででぇっ、突き指したぞっ!? ええい、なら、頭を使うのじゃ!」
指をくじいたにもかかわらず、諦めが悪いオライオは今度は自分の船首でガツンガツン! と、頭突きを始めます。
「もぅ、いい加減にしてくださいよ……」
「本当に煩いですなぁ……」
「そのうち黙るから、勝手にやらせておけ」
ゴルゴンの言う通りオライオの頭突きは全く効果がなく、しばらくすると疲れ切った老骨船が「グハッ……」っとばかりに扉の前で崩れ落ちるの必定でした。
「おお、天に召されたか…………」
「惜しいフネをなくしたものですなぁ。うん、惜しくもないか?」
「今日は通夜として、明日は葬式だな」
呆れかえった老骨船たちがそれぞれ冷たい言葉を口にするのも仕方がないことでしょう。それを聞いたオライオは「勝手に殺すな!」と思いましたが、疲れ果ててしまって力なく横たわり他ない彼は、この様なぼやきを漏らすのです。
「ああ、幼生体が産まれてこないんじゃ、生きてる意味がないのぉ……」
「「「…………………」」」
幼生体が産まれてこないということは、老骨船にとっての最大の楽しみが無いということ――生きている意味がないのと同じでした。実のところ、他の三隻も同じような思いを感じています。繰り返しますが、このネストでは半年近くも子どもが現れないのです。
「なぁ、かぁちゃんよ。一体全体どうしたというのじゃ?」
オライオは自分を産み出した母星に電波の声をで話しかけました。でも、”マザーは何も教えてはくれないもの”という成句のとおりだ沈黙を守るただの天体でした。
「はぁ、疲れたのぉ……」
このようにして疲れ切ったオライオは昼寝を始めるのです。それが彼のこのところの日課だったのです。
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