少年戦艦デューク~生きている宇宙船の物語~

有音 凍

龍骨の民、その子どもたち

第1話 生きている宇宙船、龍骨の民

 銀河を形づくるペルセウス腕に、共生知性体連合と呼ばれる恒星間勢力が存在しています。一般に「連合」と通称されるこの国家は、異なる種族を尊重しながら共存する思想を持つ知性体が集まって形成されていました。


 連合は有人・無人を問わず万を超える星系から構成されており、その間には広大な宇宙空間が広がっています。この空間には空気がなく、強力な放射線が飛び交い、想像を絶する距離が存在しています。


 恒星間を移動するには宇宙船が不可欠であり、これが知性生命体の常識です。これに従わなければ、窒息や放射線に晒され、足場のない宇宙で孤立してしまいます。


 でも、常識は絶対の真理ではありません。


 例外的存在――体内に循環する再生器官を備え真空中でも呼吸でき、強靭な皮膚で危険な宇宙線からカラダを保護し、強力な心臓で莫大なエネルギーを生み出して、血液である液体水素を加熱して亜光速のプラズマを放出し宇宙を自由に移動できる存在だっているのです。


 それが生きている宇宙船「龍骨の民」です。


 彼らは大きな体をもつ艦船であり、大きな目で相手を見つめるでしょう。「やぁ、こんにちは。お初にお目にかかるな」などと挨拶し、舷側にあるクレーンで握手を求めてくる生き物で、温和で穏健でコミュニケーションが取りやすいという生き物であるとの、定評を得ていました。


 そんな彼らは龍骨星系システム・キールを公転する直径3,500キロほどの小天体――”マザー”と呼ばれる星を母星としています。マザーの地表にはネストと呼ばれる集落が12個ほども点在し――大きさはまちまちで数も種類も様々ですが、一番奥の方に大変巨大なドーム状の空間が広がっているところが共通しています。


 ドームの底には直径50メートルほどの丸い扉がついており、固く閉ざされてピクリとも動きません。そして周囲にはしわさびが浮かんだ龍骨の民が錨を下ろして横たわっているのが常でした。


 それは母星で老後を過ごす老骨船――瞑目しながら扉の前で待ち続けている彼らに何をしているのかを聞けば、このような答えが返ってくるでしょう。


「星の中から子供が産まれてくるのを待っているのだ。年経た老骨にとって、それだけが楽しみなのだ。本当だ、扉が開くと、子どもが出てくるのだ」


 生きている宇宙船は星から産まれてくるという事実は、多くの種族からすれば驚愕の事実です。そしてそのシステムは全くの未知のものであり、マザーの奥には想像を超えるような秘密が眠っているはずなのですが、その実なにも分かっていないことだらけでした。


 だって、「マザーの秘密について教えてください」と、生きている宇宙船に尋ねたとしても――


「よくわからんな。だが、間違いなく私たちの母なのだ。ただの星だから何も話してくれんが。なに? 調べたことがあるかって……馬鹿な、そんな罰当たりな事ができるものではない」


 というような回答が返ってくるのです。


「とにかく、生きている宇宙船は星から産まれてくるものであり、それは老いたフネにとっての最高の楽しみなのだ」


 だから彼らはそれを何時間も、何日でも、下手をすれば何週間にわたって待ち続けるのです。そして待ち望んだ時が訪れば――


「むっ、きたか!」


 ドォ――――ン! とした音がしてガタガタとネストと老骨船を揺らすのです。


 扉が開くとなにかの合成樹脂のような保護膜に覆われた物体が飛び出でてきます。それを上手い事キャッチした老骨船は、巨大なクレーンである金属質の指を動かし、保護膜をペリペリと丁寧な手付きで剥がし始めました。


「おお、良き幼生体赤子だ」


 保護膜の中には10メートルほどのフネ――”生きている宇宙船の子ども”が収まっていました。動くこともピクリとも動かない小さなフネの姿を眺めた老骨船は満足げな笑みを浮かべながら――


「さて、起こしてやるか」


 クレーンを振り上げ、小さなフネのお尻でペシン! という小気味いい音を響かせました。すると――


「ぴぎゃぁ~~!」


 フネの赤子である幼生体が元気な産声を上げるのです。


「元気な子だな。よしよし、よしよし」


 老骨船たちは幼生体の甲板背中をさすりながら、電波の声を使ってあやし始めました。次第に幼生体の鳴き声は「ぴぃぴぃ……」とした落ち着いたものとなり、老骨船の腕の中でスヤスヤとした寝息を立て始めるものなのです。


「良く眠れ、起きたらご飯だ。たくさん遊んでもやるぞ」


 マザーにいる大人の龍骨の民は老骨船だけですから、幼生体はこれから老いたフネに育てられることになります。そして老骨船とは「子らの成長を眺めるのが、誠引退後の楽しみ」という、おじいちゃんやおばあちゃん達ですから、幼きフネ達はすくすくと成長していくのです。


「大きくなれば、星の世界に飛び出し、沢山の荷物を運んだり、乗客を移動させたり、小惑星の掘削をしたり、新たな航路を探査したりと、生きている宇宙船らしい仕事をするだろう」


 成長した船は星の世界に飛び出し、共生知性体連合のあちこちで様々な仕事をすることになるものです。


「艦船型に成長すれば共生知生体連合宇宙軍の軍人だな」


 龍骨の民には船舶型と艦船型の二つのタイプが存在し、前者の多くは民間へ就職し、後者は軍人となることが定められています。


「世に名を残すフネ、二つ名ネームドと呼ばれるデカイ仕事をするフネになるかもしらんな」


 共生知生体連合に多大な功績を残したフネは他種族から多大な賞賛と共に――華麗な二つ名を得ることになるのです。


 それは見通す眼光ザ・インサイト韋駄天ザ・スピード華麗なる手管ザ・マジック魔船ザ・デビルといったシンプルなものだったり、漆黒の天翔艇、皚皚たる白雪舶、燦然の炎輝船、疾風すなわち蒼穹艦といった大仰な呼び名かもしれません。


「大いなる先達、共生知生体連合の歴史を彩る綺羅星たちか。そして最も強い光を放ったのは――やはり彼だろう」


 老骨船は古い時代の記録を紐解き「その者、銀河を縦横無尽に駆け巡り、ただ一隻で艦隊を相手取り、巨大な宇宙要塞を単艦攻略し、全ての知生体の歴史を――」などと言ってから「くどい伝承だが、二つ名はシンプルだ」と続けました。


「その名は大戦艦ビッグ・ワン


 この物語はその大戦艦が産まれるところから始まるのです。

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