第325話 宇宙海賊の高笑い

「これって停船命令だわ⁈ か、海賊よ!」


「な、なにぃ――――っ!?」


 距離が迫ったとことろ光学迷彩を解いた海賊船から入った通信を聞いたスイキーとエクセレーネが慌て声を上げています。


「あいつら、宇宙海賊組織バクーの特務部隊ですって!」


「な、なんだって――――っ!?」


 バクーは宇宙機動要塞都市バクーを根拠地として、辺境全体を荒らしまわる巨大な犯罪組織であり、謎のバクー空間技術を操ったり、創立以来2万6千年の歴史を誇るという由緒正しい宇宙海賊でした。


「逃げるんだ、こっちには速度がある!」


「ああ、ダメよ! 後ろにも表れたわっ。完全に進路を抑えられてるわ! 動いたら、撃つって言ってる」


「な、なんだとぉ――――っ!?」


 スイキーがフリッパーをバタバタと振り回して慌てふためきます。彼らの乗る宇宙船は、すでに海賊どもの網に完全にかかっていたのです。


「もうおしまいだわっ……」


 エクセレーネはさめざめと泣きだし、スイキーは「な、なんてこった――――っ!?」と絶叫したのですが――


「…………なぁ、なんていうかさ。この芝居生成AI、大丈夫か? バレてないだろうな?」


「まぁ、民間人が混乱しているなら、こんな感じじゃないの?」


 実のところ、彼らの醜態は仮想人格型芝居生成AIが作り出した虚像でした。


「ナワリンちゃんとペトラちゃんからもらったものなのよね。どこぞの惑星の蚤の市で拾ってきた年代ものらしいけれど、逆にいい感じなのかも」


「あの嬢ちゃんら、違法なコピー品とか持ち込むからなぁ」


 などと、民間船のような特徴を持つ高速機動艇内では、当の本人たちはいたって冷静に状況を分析しているのです。 


「再確認するわね。敵艦がで光学迷彩を外してこちらに向かってきているわ」


「あれはエネルギーを喰らうからなぁ」


「で、こちらシンビオシス・トーア重工所属、貨客船さじたりうす。前方の不審船、国籍、艦籍を示せって、通信波を放ったら、恒星間共通信号で停船命令がきたわけだ。で、ここで泡食って逃げ出そうとすると――」


 スイキーは後方の避退進路を確かめました。


「後方に反応がでたわけだ。仮に逃げ出したら、その先でキャッチアップされるって寸法だったんだな。横流しだろうが軍用の光学迷彩を使ったり、伏兵を置いたりと、なかなか巧みな作戦じゃねーか。さすがに辺境ってところだな。ある意味洗練されてやがる」


 海賊たちは前方の集団を勢子のように扱い、網にかけるようにしてスイキーたちのフネを漁どる腹積もりだったようです。


「それに艦艇運用数も10隻を超えてるわ。こいつはまぁまぁ有力な海賊団ねぇ。でもそれなら、規模の大きい船団でも襲えばいいのに。このフネ見た目はただの民間フリゲートクラスの貨客船なのよ」


「多分あれだ、ここんところ時化てんだろ。漁に出てもなかなか魚に出会えないときもあるってことさ」


 エクセレーネが「あなた詳しいわねぇ」というと、スイキーは「魚とりは

ペンギンの十八番だからな。お、前方集団が散開したな」などと答えました。


「側方への進路を抑えつつ、相対速度合わせてくるな。頭を押さえられて、後ろも横もじゃ二進も三進もいかんか。まぁ、それがデュークの策なんだが。で、当の本人はどうしてる?」


「ステルス状態を維持――完全にカメレオン状態を維持してるわ。完全に熱源を落とした上で、共生宇宙軍の最新式を使っているから。100メートルまで近づかなきゃ、海賊どもにはわからないわ」


 デューク達は「…………」と口を固く閉ざして、縮退炉の熱源まで絞ったうえで、最新式の隠れ蓑に身を隠しています。


「海賊、距離数光秒まで接近――こちらを拿捕するつもりだわ」


 通常の宇宙戦闘ではその距離は指呼の間と言うべきもので、近接射撃火器が受け持つような極短距離と言えるものでした。


「はっ、本来の宙戦なら目と鼻の先だぜ。ここまで近づかないといかんとはな」


「デュークの作戦がそれを必要としているからね」


 そういっている間に海賊たちは相対速度を合わせながら、宇宙船さじたりうすを完全に囲み、拿捕のために艦載艇を次々と放ちます。


「ううむ、ちと距離が離れすぎているか?」


「デューク達のパワーならなんとかなるんじゃないかしら」


 エクセレーネは「いけるかしら?」と尋ねます。するとデュークは回答がわりに縮退炉の熱を上げ――


 一方そのころ、海賊船の中では、船団長のサン・バルドーが高笑いしていました。


「こいつは共生知生体連合のフネだ。良い縮退炉を持っているに違いない」


「それはそうだけれど」


 バルドーの傍らでは、参謀役かつお目付け役のバーキが「怪しいねぇ」などと漏らしていました。


「母上は心配性に過ぎるのですぞ。久方ぶりの獲物なのです。一隻だけというのが気に食わないですが。なかなかな獲物であることは間違いありません」


「それはそうだけど――」


 縮退炉技術にもレベルの差というものがあり、共生知生体のそれは既知宇宙でも最高峰であり、商品価値としては最上級の物でした。宇宙海賊組織バクーは辺境でも名の知られた海賊でしたが、共生知生体連合レベルの縮退炉は数える程しか所有していないのです。


「こんなに簡単につかまってくれるとは思えないのだよ」


「なに、うまいこと圧を掛けております故」


 息子であるバルドーがそのように断言するのであれば、ちょいとばかり甘い母親であるバーキは「あやつら無防備すぎやしないかい?」という言葉を封じざるを得ませんでした。


「ほれ、手下どもがとりつきますぞ。グハハハ!」


 バルドーが高笑いするなか、バクーの艦載艇がデューク達を完全にとらえます。それを援護するように海賊船群はさらに距離を詰めてゆきます。


「グハハ! グハハハハ! グワッハッハッハ――――!」


 ドスの利いたバルドーの高笑い三段活用が響いたその瞬間のことでした。

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