第324話 実習先の途中で

「このルートが最適解なんだな」


「うん、航路はまかせてよ。最新の星域情報もダウンロードしたから万全だよ」


 どん詰まりの星系を抜け、辺境方面に進出したデューク達は一路実習先へ進んでいます。士官候補生実習隊を率いているのはスイキーでしたが、航路の設定についてはデュークが一任されていました。


「おフネ様に航宙技術で勝てるのは一握りのエリート船乗りだけなのよ」


 司令部ユニットたる高速機動艇の艦橋で、エクセレーネは「まったくもって安心ね」と言いました。


「だがなぁ……最適で……安全すぎる航海ってのは味気がしねぇなァ」


「安全すぎるくらいでいいのよ」


「エクセレーネさんの言う通りだよ」


 共生宇宙軍の船乗りは原則として安全航宙を心がけるものであり、生きている宇宙船もその例外ではありません。デュークは安全に支障のでるような航路設定は全くとらないのです。


 僚艦として士官候補生でもあるナワリンとペトラなどは「安全一番、電話は二番、三時のおやつは……って何を言わすのよ」とか「ぶんめいどぉ~~!」やら、著作権一歩手前な発言をするのでした。


「まぁそうなんだが……ここはもう辺境なんだ。辺境っていったら、悪辣非道な宇宙海賊とか、謎の宇宙怪獣やら、星系を牛耳る犯罪組織とか、そういう危ない奴らが蔓延っているところだぜ」


 確かに辺境とはそのような無法者――「てめぇらに明日を生きる資格はねぇ」と言われても仕方がないような輩が跋扈しているところした。


「深宇宙に眠る太古の支配者に他種族の生贄をささげる外道の宗教蛮族やら、星から星を渡って武力で惑星を支配して叩き売る宇宙の地上げ屋とか、そういうのがいるのよね」


 エクセレーネは「でも、宇宙怪獣って通常空間でも生きられるようになった次元超獣のことよね。本当にいるのかしら?」などと首を傾げました。


「まぁ、とにかく、そういうやつらの一つや二つ現れてくれたら、俺っちの航宙戦闘機でビシバシしばいてやるんだがなァ」


 スイキーは厳寒の氷海を潜水する生き物から進化していますから、少しばかり厳しい環境の方がお好みな上に、好戦的な部類の宇宙戦闘機乗りなのです。彼は「せっかく超大型の宇宙戦艦に載ってるんだぜ。重ガンマ線レーザーの一つや二つぶっぱなしてぇもんだ!」とクワクワとした鳴き声を上げました。


 それに対してデュークはこう言います。


「まぁ、敵対するやつらに出会ったら、そうするしかないけどさ……やたらめったらレーザを撃つのはどうかなぁ……」


 辺境における共生知生体連合の利権を護るため戦争行為を行うのも共生宇宙軍の仕事ではありましたが――基本的に生きている宇宙船は温和な生き物なのです。


「お前……」


 生きている宇宙船としてデュークが心優しい奴だと、新兵訓練所での数か月でまざまざと知っていたスイキーは「すまん」というべきか否か悩みつつ、言葉を重ねます。


「まぁ、なんだ――――」


 と、スイキーが次の句を告げようとしたその時です。視覚素子を通してデュークの龍骨にパチパチとした刺激が入り込み、指揮ユニット内に警報が鳴り響きました


「量子レーダーに感あり! 縮退反応多数。ある程度距離はあるけれど、こっちに向かってくるよ」


「縮退炉反応だと? 通常のレーダーと光学系にはなにも映っとらんぞ」


光学迷彩カメレオン中の宇宙船だと思うよ」

 

「光学迷彩だと。おいおい、どこぞの正規軍か?」


 光学迷彩とは、各種波長の光電磁波を捻じ曲げたり吸収したりすることで視認性を下げる装備のことであり、有力な恒星間勢力の正規軍レベルでしか実用化されていない、それなりにハイレベルな技術です。


「ちょっと探査してみるね」


 そういったデュークは「僕の目に合わせて」とナワリンとペトラに告げました。


「わかったわ。視覚素子を同期するわね」


「こちらもおっけぇ~~!」


 するとナワリンとペトラの視覚素子に入る情報がデュークの龍骨に滑り込みます。航宙中の彼らはそれなりの距離――100キロ単位で離れていますから、超巨大な合成開口レーダーのごとく、しかもリアルタイムで精密な観測を行うことができるのでした。


「うーん、フリゲートクラスのフネが10隻くらいかな」


「一度見つけたら、もう位置はバレバレだわね」


「噴射パルスの残滓を隠しきれてないよ~~!」


 共生宇宙軍の装備として考えた場合、デューク達の観測能力はかなりのものであり、プラズマ機関の放つ熱や噴射を捉えれば光学迷彩中の艦艇の位置特定など簡単なものです。


「光学迷彩は優れているが、宇宙船そのものの性能は高くないということか。だが、こちらは捕捉されているな?」


「まず間違いなくされてるね。司令部ユニットは素のままだもの」


 デューク達の本体は共生宇宙軍製の光学迷彩装備で覆われ高い秘匿性を保っていましたが、航海の安全のため実習船はそのままだったのでした。


「ということは、見た目は民間船に似た宇宙船が独行してるってことだな」


「まぁ、そうだね」


 高速機動艇は速度性能と居住性を兼ね備えた共生宇宙軍の艦種であり、フリゲートクラスの艦体を持っているのですが、外見は武装を持たない民間船のような仕様を持っています。


「なるほど、今まさに民間船に襲い掛かろうとしている――宇宙海賊だな!」


「そうだねぇ、そういうことになるねぇ。あーあ、航路設定を間違ったかなぁ」


 そういったデュークは「この航路には出ないハズなんだけどなぁ」と艦首をねじりながらぼやきました。それを横目にスイキーは「さてと……どうしたものかな。ナワリン、ペトラはどう考える?」と、実習中の候補生でもある両艦に尋ねました。


「回避する一手じゃない? こちらの加速性能なら、楽々逃げ切れるもの」


「あれってレベル低そうだもん~~! ボク達を隠した状態でもまったく問題ないよぉ~~!」


「ほぉ……? 意外に控えめなご意見だぜ」


 そんな答えに、スイキーはちょっとばかり意外な顔をするのですが――――


「だけど、航宙法のどこかに、宇宙海賊は見つけ次第縛り首だ! って書いてあった気がするわね。ものすんごい意訳だけども、私は好みよ!」


「全然同意するのですぅ~~! 宇宙海賊に慈悲はないのですぅ~~!」


 などと、ナワリン達はやけに好戦的な発言をかましました。ナワリンは脳みそまで武装するアームド・フラウ氏族ですし、民間船が多いメルチャント出身のペトラは「海賊を見たら逃げるんだ……だけどお前は軍艦型だから……やるときはヤレ」などとおじいちゃんたちに言い含められていたのです。


「そう来なければなァ! クワカカカカカ!」


「まったく……その高笑いやめなさいよ。教官が見てるわよ」


 と言ったエクセレーネですが、否定はしないようです。そして、それを聞いていたリリィ教官もなにも口出しはしないのですから――


「んじゃぁ、海賊退治といきますか!」


 スイキーは「いつやるの?」と言いながら「いまでしょ」とデュークの背中をたたきました。でも、「たしかにそうだけどさぁ……」と言ったデュークは艦首に皺を寄せると、なにかを考えているように押し黙りました。


「なんだよ、お前の主砲なら3分もたたずに殲滅できるような相手だぞ」


 デュークの主砲がうなりを上げれば、海賊王と呼ばれるような存在ならばともかく、フリゲート10隻程度の海賊など鎧袖一触です。ただ、それは正当行為とはいえ、ある意味一方的な殺戮ともいえる行為であり、気の優しいデュークがためらうの仕方がありません。


「そうか……」


 ですからスイキーは「まぁ、なんだ。威嚇射撃だけで拿捕できるだろ。そしたら、近場のパトロール艦隊に引き渡すだけさ。それで始末をつけよう」と提案をするのですが――


「それもいいけれど、やり方は僕に任せてくれない?」


「ほぉ?」


 と、デュークが艦首を縦に逆提案をしてくるのです。それを聞いたスイキーはなにか面白いものを見たような顔をしながら「どうするんだ?」と尋ねました。


「ええとね……」


 デュークはスイキーの耳元に艦首を寄せ「ごにょごにょ」と説明を行ったのです。

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