第143話 待ち受けて、弄られる

「とにかく赤外線センサとレーザー測距で観測するんだ!」


「わかった~~赤外線で観測を続行~~!」


「電磁波をカットして、視覚素子で確認するわ!」


 正体不明の相手から、大規模な電子撹乱を受けたデュークたちが、視覚素子やらセンサやらを使って前方を確認しようしました。


「熱源がまっすぐ近づいてくるよ~~とっても速いよ~~!」


「レーザー測距――おっと、対策されてる。姿を捉えきれないぞ」


 相手の姿はよくわからないものの、ものすごい勢いで真っ直ぐに近づいてくるのがわかりました。


「どうしたものかな……」


 近づいてくるのが、敵なのか味方なのか判別がつかないので、デュークは困ってしまいました。


「真っ直ぐ来るなら、待ち構えていればいいのよ!」


「おお~~グッドアイデア~~!」


 ナワリンが勇ましい調子で言いました。ペトラはクレーンをポンと叩き、賛成の様子です。


「そうするしかないか、目視できるところまで来たら――」


 目視できるところまで待機し、もしもそれが敵性のものであったら「撃っちゃてもいいよなぁ」とデュークは思いました。


「受けて立つわ――! さっさとかかってらっしゃい!」


「かも~~ん! かも~~ん!」


 ナワリンとペトラは、デュークの背後――やや後ろに位置取りを変えながら、「さっさと来やがれ」と言わんばかりの調子を見せています。


「僕を盾にしながらね――」


 ニンゲンとの戦いのときや第四艦隊の演習などと同じく、デュークを盾にするのが彼女たちの習い性になっています。戦術的に意味のある行動なので、デュークには文句もありませんが、彼は「――いつもの通りだなぁ」などと思いながら、接敵に備えるのです。


「最大望遠――うう、うっすらぼんやり見えてきたぞ」


 龍骨の民の視覚素子は、幅広い波長の電磁波を視認することが可能です。いまは電磁的障害を残して、共生知性体連合の平均的な種族の可視光部分と赤外線しか見えていませんが、十メートル以上もある彼らの目は望遠鏡のようなものでした。


「遠すぎて調整が難しいけれど……戦艦サイズの大きさだな。うん、戦艦サイズ? それにしては加速力がありすぎるぞ……」


 デュークが遠目に見た相手方は、それなりの大きさを持つようです。でも、これまでの加速力を考えると、彼は違和感を感じるのでした。


「細かいことは気にしない~~!」


 最大望遠で捉えたデータを、艦首をなじりながら処理していたペトラが、「画像処理、もうすぐ終わるからね~~」と言った時――


「あれぇ?」


「えええ?」


 ――近づいてきた不明艦が、バラバラに砕け散り、9つの塊に分解したのです。


 ◇


 それから、しばらくした頃――


「目がっ、目がぁ~~!」


「くっ、センサが動かないわ――! 何も聞こえない――!」


「うぐぐ、頭痛が痛い――!」


 ――デューク達は視覚素子を押さえながら、悶えていました。


「わ~~ん、目が~~~~~!」


「耳が痛いのよ――!」


「副脳が軒並みダウンしたよぉ!」


 ペトラの視界は真っ黒にブラックアウトし、ナワリンの聴覚はおかしな事になって、デュークのカラダには鋭い痛みが走っていました。大変な様相――阿鼻叫喚の有様です。


 そして、そんな彼らの周囲では、白銀の装甲を纏った”生きている駆逐艦”たちが、包囲していたのです。



「訓練用の光電磁反応弾を受けたくらいで、こんなに痛がるなんて、なんて弱いフネかしらぁ? 超巨大戦艦なのに、龍骨が残念なフネですこと! オ――ホッホッッホッホ!」


 高飛車な物言いをする駆逐艦が、口にクレーンを当てて、小気味よい高らかな哄笑を上げました。


「ふむ、龍骨の民用にちょっとばかり弄った特性の弾頭だったからね。ふむ、実弾よりもキツかったかもしれないね。ふむ、それにしてもこの白い装甲――珍しいね。ふむ、ふむ、ふむ」


 視覚素子用矯正具メガネを掛けた駆逐艦がクレーンを伸ばし、デュークの装甲板をグリグリといじりくりました。


「もっと熱くなれよ! もっともっと熱くなれよ! でっかいカラダに、でっかい|龍骨、でっかい縮退炉が泣いてるぞ! もっともっともっと熱くなれよぉ!」


 甲高い声の駆逐艦が何故か涙目になりながら、激励するかのようにレーザーをペシペシと放ってデュークの装甲を赤熱化させました。


 「あうぅぅ」と、デュクーが痛むカラダを押さえながら、3隻の駆逐艦に弄られている脇で、ナワリンも同様の状況に陥っています。


「おぅおぅおぅ、おめぇさん、ずっと隠れてやがったなぁ? 戦艦のくせにそれでいいのかぁ? あぁん? 聞こえてねぇってか?」


 口の端を三角に釣り上げべらんめぇ調で話す駆逐艦が、ナワリンの視覚素子に向けてマフィアの親玉がするようなガンを飛ばしました。


「龍骨の民の端くれなら、それくらいなんともないだろう? さぁ、さっさと聴覚素子を再生しろ! 装甲板にナノマシンを這わせて聴覚器官を構築しろ! 砲塔の測距儀を使って音源を拾え! ハリーハリーハリー!」


 反対舷では、切れ長の目に赤い光を灯した駆逐艦が、とんでもない無茶振りを口ずさみ、両のクレーンを振り上げて、不気味な笑みを浮かべました。


 言葉のいらないコミュニケーションに「ひぃぃぃ」と、ナワリンが怯えた目をしている同時刻、ペトラも別の駆逐艦に絡まれています。


「「私もあなたも戦争と言う病気なのです。巡洋艦、それがあなたの病名なのです! あなたが前衛に出なくてどうするのです! 巡洋艦、前にクルッツァー・フォーなのです!」」


 片目に眼帯をつけた2隻の駆逐艦が、実に可愛らしい声をあわせて、戦争の狂気に駆られたようなセリフを投げかけるのです。


「そうだ――! 臆病者――! 臆病者だから臆病者――証明完了QED――! 異論は認めない――!」


 同語反復トートロジーで論理破綻的なセリフを吐く駆逐艦が、「修正してやる――!」とペトラのお尻を叩きました。


 「ひぇ~~」とペトラは声を上げます。そして、思い出したように「目が、目が~~」と視覚素子をまた覆いました。


 デュークたちを包囲する8隻の龍骨の民――生きている駆逐艦――それが襲撃を仕掛けてきた不明艦の正体でした。


 駆逐艦群は一つの艦のように結合し、推進機関を合わせて大加速を行い、デュークらの鼻面で散開しました。そして、訓練用の光電磁反応弾で感覚素子を麻痺させたのです。


 そんな8隻の駆逐艦らは、全く同じカラダ付きで、装甲はすべて白銀の同色、推進器官の配置やノズルの動きも同様で、同型の放熱板が伸びています。そして口調や態度こそ違うものの、”彼女”達の声音は同質のものでした。


 そう――この龍骨の民は同型艦姉妹だったのです。

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